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Pinch Kicker

第6話 paint black
「えーっと、今日はこれと言って連絡はないです」
土曜日の4時間目の後の1-Bの教室に海瀬の声がひびく。
「あ、それと今日は教室掃除は無しでいいよ」
「え?」生徒達にどよめきが流れる。「いっつもは土曜って大掃除やるのに…」
「わたしは午後学校に居ないからね。今日はわたしへの質問とかも禁止だよ。はい、岩代君」
岩代の号令で散り散りになる生徒達。掃除当番だった者は喜び、一部の生徒は海瀬がデートに行くのではないかなどと噂しつつ帰る中、海瀬は知之に近寄り言う。
「ガンバってね、観に行くから」
「は、はいっ」
その様子を見ていた生徒の間では、その後しばらく海瀬と知之がデートに行ったのだという誤解が流れたのだった。

そんなこんなで、あっという間に試合会場となる神奈川県総合運動場のグラウンド。青色の秀文高校のウェアを着た11名と、白色の風祭商業高校のウェアを着た11名が、向かい合っている。
「いよいよこの時が来たっス…」浅倉から託されたゼッケン11を背負う知之は、目の前に立つ風祭商の生徒の姿に息を呑んだ。自分より10cmは高い身長。どことなく圧倒されてしまう。
礼を終え、一同は配置につく。そして、遂にキックオフのホイッスルが高らかと鳴り響いた。

知之は基本的にディフェンスを担当することとなっていた。指定されていた位置に立ち、知之は練習の時に堀江らから教わったアドヴァイスを思い返しながら、自分の出番を待っていた。
そして、前半13分。テレビで見た風祭商のエース、水野 成樹がボールを奪い、知之達の元に近づいてきた。
知之は、なんとか水野からボールを奪おうと水野に立ちはだかる。しかし水野は、易々と彼をやり過ごすと、鮮やかな程のシュートを秀文のゴールに放っていた。
す、スゴイ…知之は正直そう思った。あんなに華麗なる程にディフェンスをかわしシュートを決めてしまう水野。付け焼き刃な自分など、到底敵わない…
そんな事を思っている内に前半は終了。風祭商が、3-0で勝っていた。

「ほへぇ〜…」ベンチに横たわる知之。
「だ、大丈夫?」堀江が水入りペットボトルを持ってくる。「体の調子でも悪い?」
「ふぁ、だ、大丈夫っス…な、何でもないっスよぉ…」言葉とは裏腹の本音が、顔中に書いてあることをその場の全員が分かっていた。
「ほれ水」桜庭がペットボトルの水を知之の顔にぶち撒ける。
「ぷはぁっ」とりあえず息を吹き返す知之。「…す、すみませんっス」
「いいっていいって」と堀江。「君は一生懸命にやってくれてるしね」
「で、でも…」別のペットボトルからも水を飲む知之。「僕の所為で、3点も入れられちゃったっス…」
「お前の所為だけちゃうって」と桜庭。「水野にボールを取られてもうた俺らの所為でもあるんやから」
「そうそう」ベンチに控えている浅倉が言う。「後半巻き返せばいいんだよ」
「そういうこと」立ち上がる堀江。「さ、後半行くよ」

しかし、後半になっても点差は縮まる事はなく、逆にどんどん広がるばかりであった。
「9-0、か…」ゴールポストの前に居る猪狩は、小さくそう呟いた。

ロスタイム突入直前。
再び知之の方に向かって、ボールを取った水野が駆け寄ってくる。
「今度こそ、今度こそ止めないと…」知之はそう心に誓いディフェンスしたが、呆気無く越えられてしまう。
知之は、思わずその場に立ち尽くし、自分を悔いた。
「これで、10点目っスか…」
と、その時、背後から声がした。
「こら、何してる麻倉!」
「え…?」振り向くと、猪狩が知之の方に向かい走っている。それも、ボールをドリブルしながら。
「てめぇも早く上がれって言ってんだよ!」
「は、はいっ!」知之は猪狩の語調に驚き、思わず相手のゴールに向かい走ってゆく。
そして、知之が気づかぬうちに、相手のペナルティエリア近くでファールの笛がひびいていた。
「…え?」訳が分からないという表情の知之に、後ろに居た堀江がささやく。
「フリーキックだよ。ほら、ゴールの前で選手が壁作ってるだろ?で、猪狩がシュートするのを、壁に居る味方チームの選手がアシストしたり、逆に相手チームの選手が阻止したりするってわけ」そして、堀江は知之の背中を叩く。「さ、君も行って」
「え、ぼ、僕もっスか?」
「そうだよ、ほら」知之は、半ば押し出される恰好でゴール前に向かった。

両隣を相手チームの白いユニフォームに挟まれ、知之は戸惑っていた。
(こ、こんなの聞いてないっスよ…ここで僕どうしたらいいんっスかぁ…?)
その時、ボールの前に立つ猪狩が、知之の方をちらりと見た。
怖い。
知之は思った。心臓が鳴る音を強く聞いた。パニくっていた。
そして、猪狩の蹴ったボールが、知之の顔面目掛けて飛んできた時、知之は死んでしまう位の動悸を憶えた。
視界が黒くなった。
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