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リアル


第5話 Fake&Truth
「とりあえず、一番疑わしい星江さん、あんたには署の方で話を聞こうか」と佐伯。
「え?」星江は訝(いぶか)しげな顔をする。「どうして?」
「ノゾミさんを犯人やて思てんねやろ?」
「ん?」佐伯は声のした方を向く。烈馬と知之が居た。「叉お前らか…邪魔をするなと言ってるだろうが」
「邪魔じゃないっスよ」と知之。「事件の真相が分かったんっス」
「な、何だって?!」一同にどよめきが起こる。
「ノゾミさんは犯人じゃないっスよ。だって、例のダイイング・メッセージの100円玉に、ノゾミさんは何の関係もないじゃないっスか」知之は続ける。「それに、ノゾミさんの本名とも関係ないっス」
「ほ、本名?」佐伯ら刑事はきょとんとした顔である。
「通報したつかさちゃんが、被害者のペンネームしか知らんかって電話で"月ヶ瀬 さおり"って名前で言うたからやろけど、刑事さんらはみんな彼女を"月ヶ瀬さん"って呼んでた。でもそれはあくまで彼女のペンネームやから、幾ら自治体探しても彼女の素性なんて分かるわけない。ここで微妙なすれ違いが起きてたっちゅうこっちゃ」
「それに気付いたのは、金田刑事が矢吹君のことを"千尋さん"って呼んだ時っス」と知之。「ノゾミさんが、千尋さんとつかささんのことを"仙那""しずく"と言ってたのと、僕が矢吹君と千尋さんの方を向いて"千尋さん"って呼んだのを聞いて、矢吹君が"千尋"って名前だと勘違いしてたって訳っスよ。"千尋"って名前は男でも女でも居るっスから」
「せやから、俺はあの100円玉が示すのは本名やないかって思て、同人誌の巻末の発行者名んトコに書いてある本名を全員分見たんや。死んださおりさんの本名は犬飼 小夜子さん。ノゾミさんの本名は五条 光さん。古井さんの本名は双海 慎吾さんや。そして…」少し間を置いて言う。「南江子さんの本名は、桜木 朋乃…」
「さ、桜木?」と金田。「確か、100円玉の表の模様って桜…」
「そ、それじゃあ…」
「ああ、犯人は桜木さん――川戸 南江子さん、あんたや!」
一同の視線は南江子に向けられる。しかし、南江子は大きく顔色を変える事無く言う。
「ちょっと待ってくださいよ…それって、単にわたしが桜木って名前だからってことですよね?それだけで犯人扱いしないでくださいよ…」
「いや、そもそもあのダイイング・メッセージが本名を指してるんやったら、その時点で犯人はあんたしか考えられへんねん。だってさおりさんはみんなペンネームで呼んでたから、本名知ってる可能性があるんは、高校時代からの友人やっちゅうあんただけやからな」
「そうね。確かにわたしも、ノゾミさんや仙那ちゃん達の本名なんて今初めて知ったけど」と南江子。「じゃあ、そのわたしはどうやってさおりに毒を飲ませたって言うのかしら?今日わたしがさおりに会ったのは、トイレの中での数分間だけなのよ?」
「勿論、その数分間を使ったに決まってるじゃないっスか」知之が言う。「それもたった1つ、コレを手渡しただけっスよね」
知之が取り出したのは、(つかさの)口紅だった。
「く、口紅…?」
「口紅に毒を塗っておいて、それを何か理由をつけてさおりさんに渡すだけっス。あとは何か飲んだり食べたりした時にその毒が体内に入るのを待つだけっス」
「でも、そんな毒のついた口紅が入ってたら警察の人が分かるんじゃ…」古井が言う。
「だから警察が来る前に、ハンドバッグの中の口紅をどさくさに紛れてすり替えたんや」と烈馬。「ハンドバッグのチャックが開けっ放しになってたんは、その時閉めれんかったからや」
「じゃ、じゃあ、」少し焦った表情の南江子。「その毒つき口紅をわたしはどうしたって言うの?わたしの口紅にも毒なんてついてないでしょ?」
「それは、そのブーツの中、やろ?」
「え…」鋭い烈馬の指摘に、南江子は言葉を失う。
「その衣装、千尋とおんなじのやろ?てことは千尋のと同じでポケットなんか無い筈や。てことは隠す場所言うたら、胸に挟んだりせん限り、ブーツの中って考えるのが妥当やろ?あんた足首さすってたし」
「…ちょっと拝見させてもらいますよ」金田は南江子が脱いだブーツを取り、逆さにした。次の瞬間、ブーツの中から1本の口紅が落ち、床に音を立ててぶつかった。
「…決定的ですね」金田は口紅を拾うと、鑑識員に渡した。
「……どうして、分かったの?」
徐ろに口を開けたのは人の良さそうな川戸 南江子ではなかった。1人の女性を殺めた殺人者、桜木 朋乃だった。
「バスの割引チケットに口紅がついてたじゃないっスか」と知之。「でも南江子さんの持ってた口紅は勝手に蓋が取れるようなタイプじゃなかったっス。てことは、あの他にもう1本別の口紅が入ってたんじゃないかって思ったんっス」
「…そう」完全に敗北の色を顔に示す桜木。
「でも、どうしてだよ」権藤が言う。「どうしてお前が、サヨを…」
「…サヨが、あんたを奪(と)ってったからよ」
「え…」権藤の顔に戸惑いが広がる。
「わたし、あんたのこと好きだったのよ、ずっと…」鬱向く桜木。「あんたを前のコミケに呼んでサヨに紹介したのは、告白の仕方とかサヨにアドバイスしてもらおうって思ったから。あの後サヨに相談したのよ。なのにサヨ、1ヶ月もしないうちに屈託の無い笑顔で言ってたわ。"私ハンタに告白しちゃった"って…だから、わたし…」
「違うんだ、朋乃」権藤が言う。
「何が違うって言うのよ」
「俺の方から、サヨに言い寄ったんだ」
「…な、何ですって…?」桜木の顔を驚きが充たしてゆく。
「俺、朋乃がそんな気持ちだったなんて知らなくて…お前に何も言わずサヨに告ったんだよ」権藤の顔が曇る。「サヨはお前が俺のことを好きだって言ってたから、サヨの方から言い寄った事にしてくれって、サヨに頼まれたんだ…それが、こんな事になるなんて…」
「…嘘よ」
搾り出すような桜木の声は、震えていた。
「そんなの…じゃあわたしは…!」
ロビーに、桜木の嘆きの声が響き渡った。

桜木 朋乃は、警視庁の車に乗り込み場を後にした。権藤も連れて行かれた。
「…なんやむっちゃ後味悪いな」烈馬がぽつりと呟く。
「…人が人を憎むのなんて、どんな場面だっていいもんじゃないわよ」
「え?」烈馬は、隣で煙草を銜えるノゾミの方を向いた。
「人が人を愛する事も、本当はいいもんなんかじゃないのかもしれないわね」煙を吐き出すノゾミ。「誰が誰を愛してるかなんて、分かったもんじゃないもの」
「も、もしかしてノゾミさんも…?」烈馬の言葉を逃れるように、ノゾミはその場を去って行った。

「へー…じゃあノゾミさんも権藤さんが好きだったってこと?」
金田刑事の運転する車で家まで送ってもらっている中、普段着に着替えた千尋が言う。
「多分な」背凭れに凭(よ)りかかる烈馬。「ホンマ、やりきれん話やで」
「あ、そう言えば…」湊が言う。「千尋先輩たちってこれから同人やってくんですか?」
「…それなんだけど、どうしよっかなーって思ってるのよね」車窓を眺める千尋。「合コンの時(「Sleepless Mystery」参照)も仲間失っちゃったし…呪われてんのかな、わたしら」
「そ、そんなことないって…」つかさが言う。「現に、あたしもあんたも死んでないじゃない…不吉なこと言わないでよ」
「そうっスよ」と知之。「千尋さんのイラストすごく上手いし、止めちゃったら勿体無いっス」
「…よし、決めた」
千尋が真剣な顔で言う。
「わたし、漫画家目指そうっ!」
「…はい?」目が点になる一同。
「だって、このまま同人やってくのはちょっと自信ないし、かといってイラスト描きは止めたくないから」と千尋。「こないだ出たコミックエッジ(マンガ雑誌)でマンガ大賞の応募やってたし」
「…何を言い出すかと思ったら」ため息をついて顔を背けるつかさ。
「えー、本気だよわたし」
「…ったくしょうがないわね、アシスタントくらいならやってあげるわよ」
「ほ、ホント?!」
「あ、じゃあ私もお手伝いさせてくださいっ!」と湊。
なんか自分達は取り残されたまま話が進んでいくのにびっくりしている知之と烈馬であった。
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