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リアル


第4話 Name
「佐伯警部、被害者と関係者の売り子に話を聞いて来ました」
1人の刑事が佐伯に近寄る。
「そうか島立」と佐伯。「で、何か分かったか?」
「ええ、ずっと月ヶ瀬さんの所に居た、月ヶ瀬さんの売り子の鳴戸さんの話だと、毒を盛ろうとするといった不審な行為をしていた人は見ていないそうです」島立と呼ばれた刑事が手帳を見ながら言う。「ちなみに鳴戸さんの隣、星江さんの所にも売り子の春田さんがずっと居ましたので、鳴戸さんが何かをしたとは考えにくいと思われます」
「でも…」と知之。「月ヶ瀬さんはずっとあのスペースに居たわけじゃないっスよ」
「え?」佐伯が振り向いて言う。「どういうことだ?」
「売り子っちゅうんは本人がそこに居らんから居るモンやろ?」烈馬が言う。「さおりさんは色々出歩いてたんや。その証拠に、さおりさんが死んだんやって飲み物を買いにホールを出た時やったしな」
「あ、はい、確かに鳴戸さんの話だと、月ヶ瀬さんは飲み物を買いに行ったのを除くと3度席を離れていたそうです」島立が言う。
「3度?」と佐伯。
「ええ、1度目はコスプレの衣装に着替える為――10分程度だったそうですが――、2度目はトイレに行く為――これも10分程度だったそうです――、3度目は権藤さんが来た時に彼と共に出て行った時――これは15分くらいだったそうです」
「それが確認できる人は?」佐伯は一同に向かって言う。
「あ、着替えに行くのを僕見ましたよ」古井が言う。「たまたま更衣室の前を通り掛かった時に、紙袋を持った月ヶ瀬さんが入って行くのを見たんです」
「何時頃でしたか?」金田が尋ねる。
「えーっと、あれは9時半頃だったかなぁ…あと、権藤さんと一緒に僕のスペースにも来ました。あれは11時頃だったと思います」
「ああ、大体それくらいだったな」と権藤。
「あ、トイレであたし、さおりに会ったわよ」ノゾミが言う。
「本当ですか?」
「ええ、あたしがトイレを出ようとしたらさおりが入ってきたのよ。そこで少し話してたら今度は南江子が入ってきて、南江子と話し出したからあたしはトイレを出たの」とノゾミ。「ねぇ南江子」
「え?え、ええ…」突然話を振られ驚いたような南江子。「ノゾミさんが出て行ってから少し話して、で2人でトイレを出ました」
「それは何時頃?」
「えっと…10時半過ぎくらいだったと思います…」南江子は足首を押さえながら言う。「ちなみに権藤さんと一緒に古井さんのトコに来た時、わたしはスケブを描いてて気づきませんでした」
「ふむ…」
その時、金田が言った。
「佐伯警部、一応被害者のハンドバッグの中身を全部出したんですが」
「そうか、じゃあとりあえず見てみるか」

「財布、携帯電話、家の鍵、コンパクト、口紅、マンガ本2冊、ペンにインクにピアス…か」
「さおりさんは車では来てへんのですか?」烈馬が言う。
「さおりもあたしも、売り子のなるちゃんの車で来たのよ」とノゾミ。「彼女の車はワゴンで、荷物を多く運べるから」
「この口紅は?」口紅の蓋(ふた)を取って見る烈馬。
「それはさおりのだと思います」南江子が言う。「トイレで塗ってたのを見ました」
「ピアスってさおりさんつけてなかったと思うっスけど…」知之が言う。
「彼女がコスプレしていたルシアがピアスをつけてなかったからじゃないですか?」と古井。「着替えに行く時にはつけてたと思うんで」
「…というか、何でお前らが見てるんだ」佐伯は烈馬と知之を追い払う。「一応、他の人たちの手荷物も見させてもらいます」

「川戸さんの手荷物は、財布、家の鍵、携帯電話、バスの割引チケット、コンパクト、口紅、グッズ類多数、ペンとインクですね」
「バスで来られてるんですか?」と金田。
「ええ…だからグッズやペンもハンドバッグの中に入れて、紙袋には商品や衣装だけ入れるようにしてるんです」
「他にこれと言って怪しいモノは…」佐伯は口紅の中身を押し上げたりインクの蓋を開けたりしている。「…おや、バスのチケットの裏に口紅が…」
「え?」南江子や烈馬らもそのチケットを見る。「あ、確かにこれ口紅やな…」
「だからお前らは入ってくるなって言ってるだろうが」と佐伯。「多分蓋が取れてしまったんだろう」

「古井さんの手荷物は、財布、携帯電話、家と自転車の鍵、折り畳み傘にペン…随分少ないですね」と島立。
「ええ、自転車で来てるんで…」古井が言う。「商品は自転車の後ろに積んで、手荷物は減らしてるんです」
「それ程曇ってもないのに折り畳み傘なんて用心してるんっスねぇ…」知之が言う。
「昔から用心深い性格なもので…もしかしたら家から此処までで天気が変わってたら、とか思ってつい持ってきちゃうんですよね」

「星江さんの手荷物は、財布、携帯電話、家の鍵、コンパクト、ペンとインク、煙草の箱とライターと携帯灰皿…あとこれは、何かの薬ですか?」
「ええ…ちょっと持病があって」と星江。「別に毒じゃないわよ」
「そう言えば星江さんは口紅持ってないみたいですね」と金田。
「忘れて来たのよ…まぁそれ程塗る方じゃないからいいんだけど」
「煙草はよく吸うんですか?」島立が聞く。
「ええ、だから携帯灰皿も持ち歩いてるの。本当はホールの中は禁煙なんだけど、我慢できなくてね」

「権藤さんの手荷物は、財布、携帯電話、家と車の鍵、煙草の箱とライター、手帳…特に怪しい物は無いようですね」
「当たり前だよ」と権藤。
「権藤さんはさおりさんと一緒には来てへんかったようやけど…」烈馬が聞く。
「ああ、俺は仕事があったんだ。で、終わり次第来たんだ」
「…お前ら」声に怒りが滲み出ている佐伯。「いい加減にしないと、公務執行妨害でしょっ引くぞ」
2人は輪から外に弾かれてしまった。

「ったく…あの佐伯って刑事頭堅過ぎやっちゅうねん」と烈馬。「あの頭ダイヤモンドで出来とんとちゃうか」
「すみません千尋さん…」金田が声を潜めて言う。「正直な話僕らも困ってるんですよ」
「…え?」烈馬はきょとんとする。「今、何て?」
「え…」訳がわからないと言う表情の金田。「あれ?千尋さんって名前じゃないんですか?」
「はぁ?千尋はあっち…」その時、烈馬は何か思い当たる事があった。「…もしかして…」
その時、金田の後方に居た島立の言葉が聞こえてきた。
「佐伯警部、都内の全自治体に確認したんですけど、"月ヶ瀬 さおり"という名前の人は何処にも居ないようなんですが…」
「…もしかしたら…!」烈馬はその場を勢い良く走り去り、ホールの中に入っていった。
「ちょ、ちょっとどうしたんっスか、矢吹君…」知之も後を追って行く。つかさもついて来る。

烈馬が来たのは、『風虹明媚』のスペースであった。
「なぁつかさちゃん」烈馬が言う。「さっき、あの連中の同人誌買うて来てたよな」
「え?」突然思っても見なかった事を言われ驚くつかさ。「う、うん…」
「それ、何処にある?」
「何処って、机の下にあるあたしの鞄の中に…」
つかさの言葉を聞き終わる前に、烈馬はその鞄を取り出し、中からビニール加工のされた本を数冊取り出す。そしてビニールを剥がし、全ての本の後ろの方を見る。
「ちょ、ちょっと…」あたふたするつかさ。
「あっ、もしかして…」と知之。「矢吹君のしようとしてることって…」
「そうや」烈馬はページをめくりながら言う。「えっとこれが…五条 光(ごじょう ひかる)か。で、こっちは…双海 慎吾(ふたみ しんご)」
「こっちは…犬飼 小夜子(いぬかい さよこ)さんっス」烈馬の意図が分かった知之は、彼と同様の行動を取る。「で、これが…」
「桜木 朋乃(さくらぎ ともの)…ビンゴやな」
「え?ど、どゆこと?」つかさは一人訳が分からず、烈馬が本を取り出すのと同時に鞄から出てしまったグッズやペンや口紅などを仕舞う。
「あ…」その様子を見ていた知之が言う。「もしかして、あれを…」
「…なるほど」と烈馬。「あの人がああしてたんは、そういう意味があったっちゅうことか」
「え?え?」全く事態の飲み込めていないつかさをよそに、2人は声を合わせて言う。
「犯人は、あの人や」 「犯人は、あの人っス」
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