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ライヴァル

第1話 ナンパ
いつもは生徒ばかりで溢れる秀文高校の敷地も、この日だけは違っていた。
近くに住んでいるらしい婦人、息子がココに通っているのであろうと思われる男性、携帯電話片手にはしゃぎ合っている女子高生の2人組、その他様々な顔触れが、この秀文高校に集まっていた。
そんな中に、千尋とつかさは居た。
「うわー、すごい人の量ねぇ…さすがは文化祭だわ」半ば揉みくちゃにされながら、つかさが言う。「知之クンたち何処に居るんだろね」
「生徒会の出店やってるらしいんだけど…」千尋は入口でもらったパンフレットを辛うじて拡げながら言う。「あっ、この中庭かな」
「よし、じゃあさっさとそこ行こう。もう服も髪もメイクもぐっちゃぐちゃになっちゃうから」
2人は人混みを掻き分け中庭を目指し始めた。と、その時。
「ねぇねぇキミたち…」
「え?」2人は、明らかに自分達を呼んでいるらしかった声に何とか振り向いた。しかし、2人にはその声の主が見当たらなかった。聞き違(たが)えたのだと認識した2人は、そのまま何とか人混みを抜け出し、置いてあったベンチに座り込んだ。
「はぁ…なんかまだ烈馬達にも会ってないのに疲れたなぁ…」ため息をつく千尋。
「ホント、思ったより秀文って広いのねぇ」もはやくしゅくしゅになってしまったパンフレットを団扇代わりに扇ぐつかさ。
と、その時、2人の元に近付いてくる人物が居た。彼は、2人を見てはっきりとこう言った。「ねぇ、キミたち、今ヒマ?」
「…え?」2人は、先程の声の矛先を知ると同時に、その声の主が制服を纏っており、明らかに秀文高校の生徒である事を知った。しかし、2人が驚いたのはそれらではなく、見た目短髪の割に長い髪を後ろに縛っていたその相手の身長が高校生にしてはやけに低かったことであった。千尋は、一応相手にとっての対象が誰であるか確認した。「わ、わたし…ですか?」
「他に誰が居るっていうの?」相手は言う。実際は周囲に多数の客が居るのだが。
「なっ、何の用よ?」ちょっと強気に応えるつかさ。
「いや、オイラは怪しい者じゃないよ」充分怪しい、と心の中で2人にツッコまれつつも、彼は言葉を継なげる。「ちょっと一緒にお茶でもしようかと思ってさ」
「えぇっ?」一瞬自らの耳を疑(うたぐ)った千尋。なんせ今から恋人である矢吹 烈馬に会いに行くのだ。ナンパなんかに構っちゃいられない。
「残念だけど…」つかさが"このコは売約済みよ"と言葉を継ごうとした瞬間、相手の後ろに、長身の男が現れた。
「あれ?何やってんねん、弥勒君」
「やっ、矢吹?!」弥勒と呼ばれたその青年は、振り向いた途端驚きの表情を見せた。「なっ、何だよ、驚かすなよ」
「別に驚かしたつもりはないんやけど…」彼は次の瞬間、弥勒の前に居る2人の女性に気づいた。「なんや、千尋につかさちゃんやないか」
「烈馬!」千尋とつかさも彼に気づいた。
「えっ?」弥勒の驚きは更に上昇する。「ま、まさかキミたち、矢吹の知り合い…?」
「知り合いも何も、このコは烈馬クンの恋人よ」つかさのその言葉が、弥勒に大打撃を喰らわせた。
「ま…マジで?」
「どないしたんや弥勒君、野球部の連中が探しよったで?梧桐(ごとう)高校との公式試合あんのに、こんなトコで女の子にちょっかい出してる暇なんてあんのか?」
「……」弥勒の額には汗が滲む。「…じゃ、じゃあな」彼はそのまま雑踏に紛れていってしまった。
「ったく…」烈馬は弥勒の背中を見送ると、千尋達に向き直った。「大丈夫か?彼になんかされてへんやろな」
「な、なんかって…?」
「あぁ、彼、弥勒 秀俊って言うてな、俺と同じクラスで出席番号も1つ違いやからよう知ってんねけど、相当なナンパ野郎なんや」
「ナンパ野郎…?」
「何でも、気に入った女の子には見境無しに声掛けまくってるらしいで。あれでも一応、野球部の期待の新星やのに」
「あっ、そっか、道理で見た事あると思ったんだ」とつかさ。「高校野球の県予選の時、秀文のファーストが1年生で小柄なのにスゴく活躍してるからってローカルニュースで取り上げられてたわ」
「そうや、それがあの弥勒君や。結局県予選は3回戦で城北に負けてしもたんやけどな」
「ふーん…」と千尋。「あ、そう言えばさ、烈馬はどーしてココに居んの?生徒会の出店は大丈夫なの?」
「あっ、せやせや、早よ行かんとまた吉良センパイに怒鳴られてまうわ…ほな、ついて来」
そう言うと烈馬は颯爽と雑踏へ紛れていった。千尋とつかさは、彼を見失いそうになりながらも何とかついていった。

3人は人混みに揉まれながらも何とか中庭に辿り着いた。さっきまでよりは幾分人は減っているが、それでもまだ多く感じた。
「ココで俺らかき氷とたこ焼き売ってんねん」と烈馬。
「へぇー…あっ、知之クンと時哉クンだ」つかさの視線の先には、額に汗してたこ焼きを焼く時哉と、それを客に売っては礼を言う知之の姿があった。「おーいっ、知之クン」
「あっ、つかささんと千尋さん…」丁度行列が絶えた知之は、すぐに彼女たちに気がついた。「来てくれたんっスね」
「当ったり前じゃない」とつかさ。「ちゃんとバイトの休み取ったんだから。あっ、あたし達もたこ焼き食べよっかな。ねぇ千尋」
「うん、そうだね。えーっと、8個で240円ね」千尋とつかさは互いに120円ずつ出し合って知之に渡した。「はい」
「どもっス(^^)」知之は焼き置きしておいたたこ焼きのパックを取って手渡そうとした。
「あっ、マクラ、どうせならこっちさ」焼くのも一段落ついた時哉が、知之にパックを渡して言う。
「わぁっ、10個入ってる♪」喜ぶ千尋とつかさ。「サービス?」
「まぁ本音はたまたま2個入りきらなかったのがあっただけなんだけどさ」と時哉。「あっ、篁達はあっちでかき氷売ってるさ」
「え?"達"って、烈馬はココに…」振り向いた千尋は、その時初めて烈馬がかき氷の出店に行っていたことに気づいた。

「いちごとみぞれ下さーい」
「400円になります」祥一郎はかき氷にいちごとみぞれのシロップをかけて客に手渡した。「…って、オメーらかよ」
「何よその言い草(^^;)」呆れるつかさ。
「あ、そうそう、矢吹だったら今ちょっと手離せねぇんだ。吉良センパイに叱られててな」
「あ、そう…」再び呆れる二人であった。「あ、じゃあ12時に叉ここ来るね」
「おう、矢吹達にもそう伝えとくよ」

二人は、約束の時間までの1時間、テキトウに校舎の展示とかをぶら付くことにした。
「あーっ、祥一郎くんの絵が出てるーっ!」と美術室で驚いたり、お化け屋敷でお化けの方が驚く程の悲鳴を上げたりしている内に、二人は校舎の外に居た。
「あれ?」千尋はグランドの方を指さして言う。「あれって、野球の試合?」
「あ、ホントだー」とつかさ。「そう言えばさっき烈馬クンが言ってたわね、梧桐高校と公式試合するって」
「折角だから見てこっか、時間も余ってるし」二人は観客がごった返すグランドへ向かった。

弥勒は、プレッシャーというモノを感じていなかった。譬(たと)えそれが、3点差で負けている場面での2アウト満塁であったとしても。
観客からは女の子達の声援が聞こえる (実際は勿論男女関係なく多数声援があったのだが、彼の耳に届いたのはそれだけであった)。ここだけは絶対に決めてやる、っていうか決めれるし。弥勒はそういう思考回路の持ち主であった。
1球目。彼の手には強い当たりを感じた。しかし打球は大きなファールであった。
2球目。ボールと思って見過ごした。しかし審判の判定はストライク。
さぁて3球目、かかって来い、と自信満々の彼はちらっと観衆の方を向いた。そこには、なんとさっき声をかけた茶髪の女の姿が。矢吹 烈馬と付き合ってるとか言ってたけど、ホントはもしかしてオイラのこと…
そう思った瞬間、彼の真横をボールが通過していっていた。

「おいし〜〜っ!!麻倉先輩のたこ焼き、すっごく美味しいですー!!」
だいぶ忙しくなくなってきたたこ焼きの出店の前で、麻倉の後輩である園川 湊がはしゃいでいる。
「あのなぁ湊ちゃん…それ焼いたの俺なんだけどさ…」いつの間にかタオルを捩(ね)じりハチマキ風に巻いている時哉がツッコむ。
「まーいいじゃないですか羊谷先輩」と湊。「それにしても、秀文って広いんですねー。わたし初めて来たからびっくりしちゃいました」
「そんなに広いさ?大体こんなモンだと思うけど…」
「あーあ、ここが男子校じゃなかったらわたし来年ここ入れるのになー。そしたら麻倉先輩と一緒にここでお昼とか食べれるのに」
「…はい?(^^;)」
その時、出店に2人の女性が入ってきた。
「あ、母さん…それに海瀬先生も」知之は2人に気付く。時哉や湊もそっちを向く。
「おはよ(^^)調子はどう?麻倉君」メガネを掛けた方が言う。
「もうおはようって言う時間じゃないと思うっスけど…(^^;)」呆れる知之。「売上はまぁそこそこっスよ。とりあえず黒字にはなると思うっス」
「ふーん、それじゃああたし達もそれに貢献しようかな」もう1人のポニーテールの女性が財布を取り出しながら言う。「ねぇ先生」
「そうですね」先生と呼ばれた女性も財布を取り出す。
「そう言えば麻倉先輩…」と湊が怪訝(けげん)そうに尋ねる。「このヒトたちって…?」
「あ、湊ちゃんは初対面っスよね」知之はまずポニーテールの女性を指して言う。「このヒトは、僕の母さんっス」
「えっ?!麻倉先輩のお母さんですかぁっ?!あ、初めまして、園川 湊ですぅ」深々とお辞儀をする湊。
「んで、こっちが僕の担任の海瀬先生。メガネ取ると結構美人なんっスよ」
「へぇー…随分お若い先生なんですねぇ」湊は海瀬にもお辞儀をする。
「誉めても何も出ないわよ」笑いながら言う海瀬。「そう言えば、そのコは麻倉君の妹さんとか?」
「あ、僕の中学の時の後輩っスよ」さっきから何度も"麻倉先輩"って呼んでたじゃないっスか、と言うツッコみは抑えた(笑)。
「あっ、園川 湊って言います。よろしくですっ」
「何をよろしくなのよ」苦笑しながら言う知之の母、汐里。「そうそう、たこ焼き幾ら?」
「240円っスよ」時哉からたこ焼きの入ったパックを受け取って言う知之。「そう言えば、なんで母さんと海瀬先生が一緒に居るんっスか?」
「ああ、たまたまさっき会ったのよ」と汐里が言う。「ほら、夏休みに面談したから互いに顔知ってたしね。はい、240円」
「へぇー…」と言いながらたこ焼きを渡す知之。「そう言えば、この後どうするんっスか?」
「そーねー…祥い…じゃない、篁君達とも話したいし、12時くらいに叉来るわ。それまで先生と色々ブラついとくね」
「うん、その頃には多分つかささんたちも来てると思うっスよ」
「そう、じゃあまた後でね」汐里と海瀬は校舎の方へ歩いていった。
「…はぁ、ドキドキしたぁ」ふっと胸を撫で下ろす湊。
「え?なんでっスか?」
「だってぇ、将来お姑さんになるかも知んない人と話すんだもん、いっぱい緊張しましたよぉ」
「しゅ、姑…?」知之も時哉も呆れていた。
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