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ライヴァル

第2話 嫉妬と受難
そして12時。
「くぁー、疲れたぁー」
8人もの人が囲む丸テーブルの椅子に半ば凭れかかりながら伸びをして祥一郎が言う。
「ホンマ、思たよりかき氷って疲れるモンなんやな」軽く嗤(わら)いながらも、烈馬の手は肩にいっていた。「大日向先輩達が変わってくれへんかったら俺ら倒れてたな」
「烈馬ったらぁ」紙容器に入ったラーメンを食べながら笑う千尋。
「それにしても千尋ちゃんにつかさちゃん、わざわざ皆の分のお昼買いに行ってもらってゴメンね」と汐里。
「いいですよ、どうせ暇だったんだし」カレーを片手に言うつかさ。「後でお金は下さいね」
「そゆとこちゃっかりしてんな…」最近ツッコミばっかりな(笑)時哉。
「そー言えば麻倉先輩、」うどんを啜(すす)りながら言う湊。「先輩達って1時半まで暇なんですよね?」
「そうっスね、それまでブラつこうと思ってるっスけど」焼きそばを食べつつ言う知之。「何だったら色々案内してもいいっスよ」
「そうね、やっぱ生徒に聞くほうがいいしね」とつかさ。「あたしも連いてっていい?」
「じゃあ俺も行くさ」時哉が言う。
「あ、じゃあわたしも」と千尋。「烈馬も来るでしょ?」
「うーん…俺まだちーっと疲れとるからここでのんびりしとくわ」
「オレもパス」と祥一郎。
「あたしも篁君達と一緒に居るわ」汐里が言う。
「それじゃご飯食べ終わったら行こうっス」

一方、野球の試合は結局秀文高校の負けとなった。弥勒達部員は野球部室に居た。
「ったく、何であそこで振らなかったんだよ、弥勒…」
「す、すみません、菅野先輩…」項垂(うなだ)れる弥勒。
「まぁまぁ菅野、そこまで怒鳴りつけることもないだろ?」キャプテンの八雲が言う。
「でも八雲先輩」2年の松本が言う。「あそこで逆転打が出てたら、間違いなく勝てたんですよ?」
「確かにそうかも知れないな…」副キャプテンの神保が汗を拭いながら言う。「だが、それはあの場に居た他の8人にも言えること、そうじゃないか?」
「……」言い返せない菅野と松本。
「ま、他人のことをどうこう言う前に、自分のことをどうにかしろってことだ…特に松本、お前は一刻も早くその腕を治すことに専念しろよ」松本の右腕にされたギブスを見ながら言う神保。
「神保先輩、そこまで言わなくても…」と2年の大牟田。
「ま、まぁ、そうピリピリするなよ…」八雲が笑顔を作って言う。「6時から打ち上げの焼肉なんだからさぁ…な?」
「あ、そう言えば穂積、打ち上げの予算は足りてんのか?」3年生の磐田が言う。
「それは大丈夫です」マネージャーの穂積が書類を見ながら言う。「予算なんとか削ってみましたから」
「負けて打ち上げってのも、道理に合わない気もするけどね」
声と共に部室に1人の男性が入ってきた。顧問の逆井だ。
「逆井先生…」
「さ、こんな重苦しい空気はよそう。着替えて文化祭を満喫してきなさい…」
「は、はい…」部員達は徐に着替えを始める。
「あ、そうだ弥勒」逆井が振り向き様に呼ぶ。
「な、何ですか…?」
「一応、君には反省の意味を込めて後片付けやってもらうよ。今グラウンドは別のイベントで使われているから、5時半頃から片付けをやってくれ。1年の黒木も一緒にやってもらうから」
「は、はい…」部室を出てゆく逆井の姿を、弥勒は目で追っていた。

体育館でのイベントなどを覗いたり、色々廻り廻った一行。
「あ、もう1時20分だってー。そろそろ行かないと先輩ヤバいんじゃないですかぁ?」時計を見ながら言う湊。
「もうそんな時間っスか?随分早いっスねぇ…」
「千尋はこの後どーすんの?あたし3時からバイト入れてんだけど…」
「うーん…大して何もないからイベント系見ていこっかなぁ…」千尋はふと、喫茶店をやっている教室の中を見た。そこには、見覚えのある1人の青年が独りコーヒーを飲んでいた。「あれ?」
「ん?どしたさ?」
「あれってさ、確か弥勒ってヒトじゃない?」
「あー、ホントだ、ちょっと色黒で長い髪は確かにあの時のヒトね」つかさも覗き込んで言う。
「あれ?2人とも弥勒と知り合いだったのさ?」と時哉。
「知り合い…っていうか、ココに来た時ナンパされたの」
「ナンパぁ?」湊が驚いて言う。
「随分懲りないヒトっスねぇ…」と知之。「参観日の時に来てた生徒の母親にまで声掛けてたってウワサっスよ」
「…そうなんだ」益々幻滅する千尋。「でもさぁ、なんかどっか哀し気じゃない?」
「きっとさっき試合でヘマやっちゃったからでしょ。あれはやっぱ痛かったんじゃない?」とつかさ。
「ヘマって?」
「さっきたまたま試合見てたのよ。すっごいチャンス逃しちゃって、結局負けちゃったんだ」
「へぇー…」そう言った時哉は、千尋が見るともなしに弥勒の様子を見ているのを知った。「…千尋?」
「…ふぇ?な、何?」千尋は虚(うつ)ろいでいた視線を戻す。
「何、じゃなくてさ」やっぱりツッコミ役似合うなぁ、と作者も思ってきた(笑)時哉が言う。「なんかじーっと弥勒のこと見てっからさ。もしかしてオメー、アイツのこと…」
「バっ、バカなこと言わないでよっっ!わたしには烈馬が居るんだからぁっ」仄(ほの)かに顔を朱(あか)らめる千尋。
「ま、そうよねぇ」とつかさ。「だって千尋と烈馬クン、キスまでしちゃう仲だもんね」
「…見てたの?」更に朱くなりつつつかさを睨み付ける千尋。(ちなみにそのキスシーンは「共犯者」に掲載)
「まぁまぁ二人とも…」仲介に入る湊。「それより急がないと時間が…」
「あ、そうだったっス!あと5分しかないっスよ」
「そんじゃ俺らはもう中庭行くから、じゃあ」知之と時哉は走り去って行った。その後を、「ちょ、待ってくださいよぅ」と言いながら湊がついていった。
「ホント大変そうねぇ…」笑いながら言うつかさ。「じゃ、あたしもバイトに遅れるといけないからそろそろ帰るわね」
「うん、じゃあね」手を振りながら千尋は、つかさの後ろ姿を見送った。そして、何気なく叉教室を覗いた瞬間、偶々(たまたま)弥勒と眼が合った。「あ…」

知之たちの出店は午後から急に賑(にぎわ)い始めた。同じ中庭で、"美男子コンテスト"なるイベントが始まり多くの人が集まりだしたからであった。
そのため、かき氷を削っていた烈馬とたこ焼きを焼いていた時哉の持ち場が入れ替えられた。烈馬はたこ焼き器をここまで持ってきただけあってかなり焼くのが巧いからであった。
入れ替えを命じられた時、時哉は「なら最初(ハナ)っからそうしとけよ」と心の中でツッコんだのだった。

で、暫く経って叉忙しさが和らいだ頃、烈馬が知之に言った。
「そういえば麻倉君、千尋達はもう帰ったんか?」
「うーん…多分まだ帰ってないんじゃないっスか?色々イベント見てくって言ってたっスけど…」
「…にしては今のイベント客の中にはおらんかった様に見えたけどなぁ…おったらここ来てるやろ?」
「あんまり彼氏が居るのに"美男子コンテスト"に来る様なシュミは千尋さんには無さそうっスけど…」
「ま、そらそやな」そう言うと烈馬は次のたこ焼きを焼き始めた。

その頃千尋はというと。
「へぇー…それでグランドの後片付けやる羽目になったんだぁ…」
「そ。最近サボってばっかだった黒木ってヤツと一緒にな」千尋の正面に座っていたのは、弥勒だった。「ホント遣(や)る瀬無ぇよ、オイラたった1回しかミスしてねぇんだぜ?」
「そーゆーのってよくあるんだよねぇ、不条理っていうか何ていうか」紙コップに入った冷めかけのコーヒーを啜りながら言う千尋。「わたしもバイト先の店長とかによく怒られてさぁ」
「はぁー…オイラの気持ち解ってくれんの、千尋ちゃんだけだぜ、ホント」
「またまたぁ、そんな大袈裟な…」
「満更大袈裟でもないんだ、これが」コーヒーを飲み干して言う弥勒。「部活のメンバーも、クラスメートも、今中2の妹さえもオイラの事ぁよく解ってくれないんだよ」
「…そう、なんだ」
「…あ、ゴメンな、なんか暗ぇ話しちまってさ」弥勒は笑顔を繕って言う。
「ううん、大丈夫」そう言って千尋は席を立つ。「さてと。そろそろイベント始まる頃かな」
「なんかさ、千尋ちゃん…」と弥勒。「オイラ達、案外気が合うかもな。矢吹よりもオイラの方がよかったりとか…」
「それは、無いかな」千尋は踵を返して教室を去る。「グラウンドの後片付けガンバってね」
「…ちっ」弥勒は、千尋が出て行った後も教室の出口を強張(こわば)った眼で見つめ続けていた。

「おーい麻倉君、テントのそっち側持ってくれ」
「あ、うん」
午後5時40分。中庭では出店の後片付けが行なわれていた。文化祭は5時で終了し、一般客が帰った後生徒達と教師が後片付けを行なうことになっているのだった。翌日は生徒も教師も休みなので、その日中に片付けなければならなかった。
「矢吹、麻倉、そのテントは体育館の裏の倉庫まで持ってってくれ」
「あ、はい、わかりました保原先輩」

2人は畳んだテントを持って目的の場所に向かって行った。残って居た千尋もついていく。
「それにしてもホント大変そうねー…」軽く20kgは越えようかという程のテントを見て言う千尋。
「そう思うんならっ、少しは手伝えやっ…」フラつきながら言う烈馬。
「女のわたしに持てる訳無いでしょー?」
「…ケンカするのは勝手っスけど…」烈馬以上にフラついている知之。語調もやや怒り気味である。「ちゃんとそっち側持って下さいっス」
「あ、ゴメン…」烈馬はテントを持ち直した。その時、ふとグラウンドの方に視線が行った。「…ん?」
「痛っっ!!!」烈馬が叉手を離してしまったので、テントは知之の足の上に落下した。「矢吹君っっ!!!」
「あれ…何や?」
「何や、じゃなくってっっ…」知之の怒りは、彼の眼にも飛び込んできたグラウンドの光景が打ち消した。「…あれ?弥勒君…?」
「アイツ、何やってんねん?グラウンドのイベントの管轄は厚生委員の筈やけど…」
グラウンドには、汗水垂らして後片付けをしている弥勒 秀俊の姿があったのだった。当然彼は厚生委員ではない。
「ああ、なんか野球部の顧問の先生に言われてやらされてるみたいよ」と千尋。
「あ、そっか、野球部の逆井先生って厚生委員もやってるんやったな…」烈馬はその時、或る事に気がついた。「…って、何でお前んなこと知ってんねん?!」
「え?」千尋はすぐ"しまった"と思った。その話を聞いたのは、さっき弥勒と会った時である。烈馬が勘違いしない様そのことは秘密にしていたのであった。「え、えーっとねぇ、さ、さっき噂に聞いたのよ、野球部員っぽい人達が話ししてたのを偶々聞いてね」
「ふーん…俺はてっきり、朝の件からお前が弥勒君のコト意識してんのかと思ってしもたわ」
「そっ、そんなことぉっ…」
「だーかーらーっ、ケンカしないでくださいってばっっ!!」まだテントに足踏ん付けられたままの知之が言う。
「あ…ゴメン」

「そんなにケンカばっかりしてたの?嫉(や)けるわね」
足の怪我の事を聞き保健室に駆けつけていた汐里が言う。
「スンマセン、汐里さん…」謝る烈馬と千尋。祥一郎達はまだ後片付け中で此処には居ない。「宮塚先生、麻倉君の怪我の具合は…?」
「只の打撲ですね」少し長い髪を後ろに結わえ、眼鏡を掛けた校医の宮塚が知之の足に薬を塗りながら言う。「心配要りません、2、3日もすれば痛みは失くなりますよ」
「ありがとうございます」と知之。「あ、痛っ…」
「痛いのは当然ですよ」足に包帯を巻く宮塚。「只の打撲と言っても、無理をすれば骨折などにも継ながるんですから…とりあえず、激しい運動は控えて下さい」
「はーい」

「ホンマごめんな、麻倉君…」
汐里の乗って来た車の助手席に座る知之に、窓越しに言う烈馬。
「ううん、これくらい平気っスよ」笑って言う知之。「じゃあ、叉明後日っス」(翌日は休みなので)
「大事にねー」去り行く車に向かい千尋が言う。
「ふー…もう6時半か…道理で空が朱いと思たわ」腕時計を見ながら言う烈馬。「…ん?」
「どしたの?烈馬…」
「あ、いや…今逆井先生が学校に入っていったから…」
「それがどしたの?」
「なんか逆井先生の様子がおかしかった様に見えたんやけど…気の所為かな」
「ふーん…っていうかそろそろ戻らないと先輩達に怒られるんじゃないの?」
「あ、ホンマや、何か忘れてると思たら」二人は校門に凭(もた)れていた背中を放すと、中庭に向かった。

「ただいまぁー…」
ヘトヘトになった祥一郎が、麻倉家の玄関に現れた。
「あ、お帰りっスー」リビングから出てきた知之は、慣れない手つきで松葉杖を突いていた。
「足大丈夫か?松葉杖まで突いて…」
「うん、只の打撲だって宮塚先生言ってたっス」
「ま、メシでも食えば早く治んだろ。晩飯まだなんだろ?」
「ううん、もう母さんと食べたっス」
「あっそ…」最近似た様な事があったような、と思いつつ祥一郎はリビングに雪崩(なだ)れ込んだ。

「皆さんこんばんは、神奈川のお得な情報をお届けするハナマルエイト、司会のらくごろうです」
リビングのTV画面では、県内では人気のローカル番組をしていた。
「ったく…もう8時かよ」ご飯粒を頬張りながら言う祥一郎。「吉良のヤツ部下遣い荒すぎだぜ…」
「まぁまぁ兄さん…」ソファーに座っている知之が言う。その時、リビングの電話が鳴る。麻倉家の電話に祥一郎が出るわけにも行かず、汐里は食器洗いで手が離せなかったので、躰(からだ)を捩(よ)じらせながら知之が電話に出た。「はいもしもし、麻倉ですが…」
「あ、マクラ?俺、時哉」
「羊谷君?どしたんっスか?」
「悪いけど、今すぐ学校に来てくれ」
「学校?何でっスか?」
「弥勒が、殴り倒されたのさ」
「…え?」
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