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ライヴァル

第9話 そして
事件の終わりは、残暑の終わりと重なっていた。涼しげな風の吹く並木道を、祥一郎と知之とつかさ、それと羊谷刑事が歩いていた。
「ふーん、それじゃあ神保ってヒトは、素直に反省して償うつもりなんだ」とつかさ。
「ああ、どんな重い刑になっても受けるつもりだと弁護士に話しているらしい」羊谷刑事が言う。
「あ、そう言えば羊谷刑事」と祥一郎。「村西 蓮はあれからどうしてるんだ?学校辞めちまってから分かんねぇんだけど」
「今は、郊外の小さな診療所で働いてるそうだ。時々神保に面会にも行ってるらしい」
「弥勒君の怪我も回復したし、野球部も、大牟田先輩がキャッチャーに、黒木君がサードに入ったりして少しずつ安定してきてるみたいだし、これで事件は総て解決ってことっスね」と知之。
「いや…」と祥一郎。「一つだけ気に掛かることが残ってるんだ…その為に羊谷刑事を呼び出したんだけど」
「え?」羊谷刑事は不思議そうな表情を示す。
「…羊谷は、一体何があってあれだけ暗いのに怯えるようになったんだ?」
「ちょ、ちょっと…」知之が制す。勿論彼もそれは気になっていたが、触れてはいけないことだと思い聞くのを避けていたのだ。
暫く黙考する羊谷刑事。しかし、徐ろに口を開いた。
「時哉自身は覚えていないだろうがな…15年前の3月の事だ」

 あと2日で4月になるというのに、強い雨で肌を刺すような寒さが続いていた日。
 羊谷は念願の刑事になってやっと1年になろうかという新米だった為、碌に事件の捜査に参加できず苛立っていた。
 その日も、捕まった犯人の証言の裏づけを取る為色々走り廻り、心身ともに疲れ切っていた。仕事が終わり、コンビニで買ったビニール傘を片手に、古いマンションまで歩いていた時であった。
 電灯もない電信柱の横に、1つのみかんの箱があった。
 「明日はゴミの日じゃないよな…?」そう思った羊谷は、その箱に近寄ってみた。すると、中から赤ん坊の泣き声らしきものが聴こえてきた…

「あ、赤ん坊の泣き声って…」驚いた表情の知之。「まさか、それって…」
「ああ…その中に入っていたのは産まれて間もないような赤ん坊、15年後に君らの隣に居ることになる時哉だったんだよ」
「あいつが、捨て子…?」3人とも、信じられないといった顔である。
「俺は赤ん坊なんて育てたことなかったから、同じ職場の女に事情を話し、育て方を色々教わったんだ。で、なんとか彼女とともにあいつを育ててきたんだ」
「もしかしてその女の人って…」とつかさ。
「ああ、今は居ない俺の嫁、そしてあいつが母親だと思ってた可南子(かなこ)だよ」羊谷刑事は言う。「あいつが暗いのを怖がるのは恐らく、段ボール箱に入れられていた時の僅かな記憶によるモノだろうな」
「でも、どうして羊谷君にそのことを言わないんっスか?」
「本当は可南子が死んだ時に言えばよかったんだがな…可南子の墓に、本物の母親であるかのように手を合わせるあいつを見てると、なかなか言えなくてな…血液型からも運良く気づかれることもないし」
「…ったくしゃーねーなぁ」
「え?」祥一郎の思わぬ科白に羊谷刑事は驚く。
「ホントは全部あいつにバラそうかと思ってたんだけど、やめた」あっさり言う祥一郎。「その代わり、矢吹や千尋には話しちまうからな」
「篁君…」と羊谷刑事。「ありがとう…」
「礼を言われる筋合いはねーよ」
「あ、そう言えば…」知之が言う。「矢吹君と千尋さんは何処行ったんっスか?」
「さぁ…」とつかさ。「確か明日烈馬クンの誕生日だって千尋言ってたから、2人でどっか行ってるんじゃないの?」
4人は並木道をずっと歩いていった。向かい風だった風が追い風に変わった。

しかし、烈馬と千尋はその頃、大きな壁にぶつかっていたのであった。
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