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ライヴァル

第8話 Lastgame
「何?!この事件の犯人がわかっただと?!」
陽が落ちかけ、ライトアップされたグラウンドに呼び出された野球部のメンバーのひとり、神保が言う。
「ええ、そうです…」と祥一郎。「松本サン、磐田サン、そして菅野サンの3人を殺害した犯人は、この中に居るんですよ」
「こ、この中に…?」同じく呼び出された教師の逆井が思わず周りを見渡す。他のメンバーも同じような表情を示す。――只一人、宮塚 祐一を除いては。
「で、でもちょっと待ってくださいよ…」と黒木。「犯人がこの中に居るとしたら、どうやって菅野先輩の部屋に火を点けたんですか…?」
「そ、そうだ、確か聞いた話だと、菅野先輩が焼死したのは僕らが学校に居た時間の筈…」と大牟田。「僕らにそんなこと出来るわけ…」
「それが、出来るんや」と烈馬。「コイツを使えばな」
「そ、それは…?」八雲が烈馬の持つそれを見て言う。「…懐中電灯?」
「ああ、懐中電灯は菅野サンの部屋からも見つかってたんや、但し…」そう言うと烈馬は、懐中電灯を解体(バラ)していう。「こういう状態でな」
「え?そうやってバラバラにしておいて火がつけられるんですか?」と穂積。
「…っていうか寧ろ、この状態でこそ火がつけられるのさ」時哉がポケットから1本の線香を取り出して、烈馬に手渡して言う。「ほら、矢吹」
「おおきに」烈馬はそれを受け取ると、解体した懐中電灯の上部を持って言う。「使うんは、こっち側や」
「この部分は、中の電球の光を多く反射させて外へ向かう光が強くなるように出来てるっスよ」と知之。「てことは逆に、ここに外から光を当てると、その光の熱は電球のあたりに集中して、その部分が著しく熱くなっちゃうんっスよ」
「じゃ、じゃあまさか…」
「ああそうや」烈馬は、元々電球のあった部分に線香を入れ、ライトの方へそれを向けた。「これに充分な光を当てておけば…」
少しの時間を挟んで、線香から淡い煙が立ちだした。
「ホントだ、火がついた!」驚く大牟田。
「現場からは煙草やらくしゃくしゃになった新聞紙やら、この線香の代わりになるモンは幾らでもあった」と祥一郎。「予め睡眠薬でも入れておいたジュースを飲ませておけば、ちょっとやそっとのことじゃ起きないしな」
「菅野先輩の部屋の窓は南東に向かってたから、窓辺にこれを置いておけばいつ頃火がつくかも予想できて、アリバイを作ることも出来るってことっスよ」
「それじゃあ、誰にでも菅野を殺せたってことか…」と神保。
「いや、誰にでもって訳でもないさ」時哉が言う。
「え?」
「目撃者が居たのさ。昨夜の午後10時頃、あのマンションから不審な人物がマンションの鍵らしきものを持って出てくるのを、しっかり見てたさ」
「午後10時ってことは、昨夜11時まで会議に参加していた逆井先生と宮塚先生にはマンションに行くことすら出来ないっス」と知之。「それに、磐田先輩のグローブに毒針を仕込めたのだってそう多くないっス」
「他の1年生と一緒に来て練習の準備をしていた黒木君には無理やし…」烈馬が言う。「来た時点で他の人が居たっていう大牟田サンや穂積サンも不可能…一番怪しいのは最初に部室に来ていて、鍵も持ってた八雲サンやけど、せやったら絶対自分に真っ先に疑いのかかるこないな方法を使うわけないからシロや…」
「え?…てことは…」
「そう…」祥一郎が言う。「この中で自動発火のトリックも毒針のトリックも可能だったのは一人だけ…つまり、3人を殺した犯人は、神保 堅次、あんただよ」
「……!」神保の表情には、一瞬戸惑いのような物が映ったように見えた。祥一郎は猶(なお)も続ける。
「この自動発火のトリック、キャンプをする時とかによく使われるモノなんだろ?キャンプが趣味だって言うあんたにはすぐ実行できた筈だよな?」
「ちょ、ちょっと待てよ篁…」と神保。「お前さっき、"八雲が犯人だったらこんなトリック使わない"って言ったけど、もしそれが八雲の計画だったとしたらどうだ?そう思わせて自分への疑いを反らす為だったとしたら?」
「いや…」と時哉。「犯人は神保サンとしか考えられないのさ」
「何?」
「じゃあ、犯人じゃないって言うんなら、あっち見てみて下さいっス」
「あっち?」神保は怪訝そうに知之の指さす方を向いた。そこには、スポットライトの様な灯りに照らされた、野球部のユニフォームを纏い、腰まである縛った長い髪を揺蕩(たゆた)わせる身長150cm程の人物が居た。「…弥勒…?」
「え?今何って?」
「だから、アイツは弥勒だろ?いつの間に退院したか知らねぇが…」神保は背後から聴こえた声に答える。
「呼びました?」
「え…?」神保は振り向いた。そこには、頭に包帯を巻いた、長い髪が腰まで伸びた背の低い男が立っていた。「み、弥勒…?!」
「おーい、もうええでー」烈馬は25m程向こうに居た人物に声を掛ける。"その人物"は一行の元に駆け寄った。
「そ、そいつは…」神保の顔には驚愕が滲み出ていた。彼の目の前に駆け寄った人物が、明らかに女であることは彼にもよくわかった。彼女は被っていたカツラを脱いだ。古閑 つかさであった。
「まったく、失礼しちゃうわね…」つかさはユニフォームを脱ぎながら言う。「そりゃあたしも背は低い方だけど、弥勒クンほどじゃないわよ…(ちなみにつかさは154cm、弥勒は147cm)はい、ユニフォーム」
「どうも」弥勒はそう言ってユニフォームを受け取る。
「今ので分かったろ?」と祥一郎。「恐らく此処に居た他の人たちは、あそこに居たのが弥勒じゃないってことは分かってた筈だ」
「うん…顔まではっきり見えたしね」と八雲。
「つまり、神保サンは物凄く視力が弱いってことさ」時哉が言う。「恐らく、今の俺達の顔も少しボヤけてるかも知れないさ」
「で、でも…」と逆井。「練習の時とかの様子だと、何らそういう感じは見られなかったが…?」
「そりゃそうっスよ」知之が言う。「普段は、コレをつけてたんっスから」
知之が取り出したモノに皆は釘付けになった。小さなビニール袋の中に入っていたのは、若干形が残る程度に砕けたガラスのようなものであった。
「これは…」と黒木。「コンタクトレンズ、ですか…?」
"コンタクトレンズ"――この言葉で神保の表情は全く堕したものになった。
「これは、松本サンの死体のあった公園で見つかったんや。弥勒君の時の"見立て"でビニールシートを死体に被せたのに、ガラスのコップなんかをわざわざぶち撒けたのは、落として踏み潰してしまったこのコンタクトレンズを隠す為やったんや」
「神保サンがコンタクトを使ってたことは、学校の定期検診や眼科の資料から分かったっスよ」知之が言う。「八雲先輩も大牟田先輩も穂積先輩も黒木君も逆井先生も、誰も他にコンタクトを使ってる人は居なかったんっスよ」
「つまり」と祥一郎。「コンタクトを落としガラスまでぶち撒けて隠そうとする人物なんて1人しか居ないってわけだ。何なら、家宅捜索でもしてあんたの家にコンタクトがあるかどうか捜してもいいけどな」
「でも、どうして神保が目が悪いなんて知ったんだ?」と八雲。「僕達でさえ気づかなかったのに…」
「保健室で、俺達に時間を聞いてきた時さ」と時哉。「あの時、机の上には置時計があったから、それを見れば時間は分かる筈なのにわざわざ俺達に聞いたってのは、その置時計が時計である事に神保サンが気づけなかったからさ。それに気づいた俺達はオヤジらにガラスの散らばったトコを探してもらって、コイツを見つけたってわけさ」
「…やっぱり、悪い事したらバレちまうんだな…」暫くの沈黙の後、神保はぽつりと言った。それは、自分が犯人であると告白したも同然であった。「あいつらの悪い事はバレなかったのに…」
「あいつら…?」
「ああ…あれは、去年の6月のことだよ。あの日、俺は風邪を引いて学校を休んでいたが、病院に行った帰りにふとフェンス越しに練習を覗いてみたんだよ。3年生も逆井先生も八雲も居なくて、何か仕出かしそうな予感がしてな…そして、その予感は運悪く的中しちまったんだ…」
「村西 大輔のことか」と祥一郎。
「ああ…それも、俺の目の前で村西の意識が失くなったんだ。血のついた金属バットを持って焦る菅野、"誰が悪いんだ?"と何度も繰り返す磐田、そして、他の1年連中が救急車を呼びに行ったのを撥(ばつ)が悪そうに睨んでいた松本…」その情景を思い出したのか顔色を蒼くする神保。「正直、あの時は鳥肌が立ったぜ…なんせ、人が死んだんだ。それも、死に至らしめた奴らは反省しているような様子もなかったし…
暫く俺は、村西が死んでゆく夢ばかり見てたんだ。眠る度に、罪悪感のようなものに囚われるようで、頭がどうにかなりそうだったぜ…村西が死んだのは俺の所為でもある、そう思って…」
神保の表情は悪寒と苛(さいな)みに充ちていた。しかし、次の瞬間彼の表情は一転した。
「だけど…一昨日の弥勒の事でそれは全部怒りに変わっちまったんだ…。あいつらは、本当に反省なんてこれっぽっちもしてない上に、おんなじ事を叉繰り返しやがった…俺は気がついたら松本を殺し、磐田のグローブに毒針を仕込み、菅野の家に火を点けていた…俺は、村西の代わりにあいつらに制裁を加えてたんだ」
神保は硬い表情のまま、淡々と語った。その時であった。
「何よそれ…」
神保は突然聴こえた声に言葉を止めた。鬱向いていた顔を上げると、目に涙を浮かべ細かく体を震わせている人物が居た。宮塚 祐一であった。
「え…?」
「そんなことして、大輔が喜ぶとでも思ってるの?大輔はね…」"彼"は神保に詰め寄った。その勢いで、かけていた眼鏡と少し長い髪を縛っていた紐が落ちた。其処に居たのはもはや"宮塚 祐一"ではなかった。「大輔は、貴方が血まみれになるのを見たって、ちっとも嬉しがったりなんてしない、寧ろ貴方に絶望し涙するに決まってるわ!」
"彼"は今にも殴りかかりそうな勢いで神保の襟首を掴んだ。
「やめるんだ、宮塚サン!」祥一郎が制しようとする。「いや、村西サン!!」
「む、村西…?」神保やその場にいた全員が驚きの表情を見せた。"宮塚"――いや村西は、神保の襟首を掴んでいた手を離し言った。
「…やっぱり気づいてたのね…薄々感づいていたわ、麻倉君達が去った後保健室の机の中の物の配置が変わっていたから」
「ど、どういうことだ…?」神保は恐る恐る尋ねる。
「彼は――いや、彼女の本名は村西 蓮、村西 大輔のいとこだよ」
「何…?!」祥一郎の言葉は、神保の眼を大きく見開かせた。
「…おかしいと思っていたのよ、週に1度大輔に逢う度、大輔の体に痣(あざ)がどんどん増えていくんだもの…」腕を組んだまま語る村西。「そして、大輔は死んだ…警察は事故死だなんて言うけど、どうにも信じられないからここに潜りこんだの…そしたら…、こんなことになるなんて…」
「……ごめんなさい、村西さん…」神保の瞳にも、光るモノがあった。
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