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雪月花

第3話 the Beginning
午後7時。
「すみませーん」祥一郎と弥勒の居る部屋のドアがノックされ、女性の声が聴こえる。
「な、何んですか?」少しびっくりして弥勒が言う。祥一郎もふと目が覚めた。
「あの、夕食の準備が出来たんで呼びに来たんですケド…」
「あ、はい、今行きます」弥勒はそう答え、ドアを開ける。祥一郎は、いつの間にか自分に纏(まと)わりついていた毛布をどけるのに少し苦戦していた。部屋の前には、ショートカットの女性が立っていた。「あ、えーっと、あなたは…」
「えっと、あたし神山 文香っていいます。一応此れでも女優やってます」
「あ、坂野先生の今度のドラマの主役をやるっていう…」と弥勒。その後ろからは、ようやく祥一郎がのそのそと出てくる。
「はい、そうですけど…」神山は二人の服装を見て言う。「…お洋服、大葉さんに言って貸してもらってきましょうか?」
「え?」二人は何のコトだか一瞬分からなかったが、自分達の服装を見て気がついて言った。二人とも、スキーウェアのままだったのだ。
「あ、すみません…何せ荷物なんて殆ど持ってないモンで…」と祥一郎。
「それじゃああたし、大葉さんに言って来ますね」
「あっ、す、すみません…」弥勒が神山を呼び止める。「あ、あのオイラ、背とか小っこいし、大葉さんのだと合わないかも知れないんで…よ、よかったら、神山さんの服を貸してもらっていいですか…?」
「え…?」ちょっと驚いた表情の神山。「べ、別にいいですケド…男性用の下着はないですよ」
神山が部屋を出て行った後、祥一郎は"弥勒が其処までドスケベだったとは…"と思ったやら思わなかったやら。

「すみません大葉さん、無理言っちゃって…」
大葉の持ってきた白シャツに着替え終え、手許の釦(ボタン)を留(と)めながら言う祥一郎。
「いやいや、全然構わないよ。サイズとか趣味とか、合わないかも知れないケドね」
「そんなコトないです、サイズ測ったみたいにピッタリですよ」と祥一郎。「こういう服も、嫌いじゃないですし」
「それはよかったですね」微笑んで言う神山。「ところで、は…」
「今トイレで神山さんから貸してもらった服着てます」釦を留め終えて言う祥一郎。「あ、来た」
廊下を歩いてくるのは、神山から借りたノースリーブのセーターとジーパンを着た弥勒であった。
「思ったよりぴったりでしたよ」と弥勒。「ありがとうございます、神山さん」
「あたしも思ったより似合っててびっくりしてますよ」神山が言う。
「ホント、マジで合ってんな、それ」と祥一郎。「髪が長いからかな、女みてぇに見えんぞ」
「え…」弥勒はちょっと複雑な表情を見せた。
「ま、兎(と)に角(かく)メシ喰おうぜ」と祥一郎。「もう腹ぺこぺこだぜ」
「あ、ちょ、ちょっと待てよっ」弥勒は焦りながら彼の後をついていった。

「へー、それじゃあ君達は神奈川の高校に通ってるのか」
夕食の席で坂野が言う。
「はい」と祥一郎。「秀文高校って私立の男子校なんですケド」
「それは奇遇ね」と長谷。「私も神奈川で生まれ育ったのよ。場所は横浜だけど」
「へぇー…」弥勒が言う。「そう言えばこの料理って、長谷さんが作ったんですか?」
「ええ。こう見えても私、栄養士の免許も持ってるのよ。大学くらいまでは本気で栄養士になるつもりだったから」
「そうなんですか」と祥一郎。「神山さんは何かやってたことってあるんですか?」
「あたしですか?」突然話題を振られて驚く神山。「あたしはどうしても女優をやりたかったから、高校中退してずっとバイトしながらオーディションとか受けてましたよ。地方でしかやってないドラマとかにも出たりして。で今回たまたま坂野先生に使ってもらえることになったんです」
「大変なんですねぇ…」弥勒が言う。
「オホン」水谷が咳払いをする。「…ちったぁ静かに食事出来ねぇのかよ」
「あ、す、すみません…」恐縮する神山。
「ったく、水谷君」と坂野。「折角のお客さんなんだから…それとも何かね、嫁さんが亡くなって一人で食事してる自分の姿でも重ね合わせたのか」
「……」そっぽを向き、胸ポケットから取り出した煙草に火を点ける水谷。「そんなんじゃ…っ」
「そうだ、先生」大葉が言う。「後で、一寸(ちょっと)お話があるんですケド、いいですか…?」
「ん?今言えばいいじゃないか」
「いえ…お客さんの前で言う様なコトじゃないですから…」
「…そうか」と坂野。「後で部屋に来なさい」
「……?」祥一郎は怪訝(けげん)そうにその様子を見ていた。

「…あの、先生」
坂野の部屋。椅子に座っている坂野と、その前に立っている大葉。
「何かね」
「今度のドラマ、"真夜中のヴァンパイア"の脚本を僕も読ませてもらったんですが…」
何も言わない坂野。大葉は続ける。
「あのストーリー、僕が先生に見せたのとそっくりだと思いました。人物名とかが変わった以外は、殆ど…」
「だから、何だって言うんだ」
「僕、先生を信じていたんですよ。なのに、あんなコトされたら…僕は」
「"真夜中"の脚本は、私が自分で考えたモノだ。可笑しなコトを言うのは已(や)めてくれ」坂野は煙管(キセル)に火を燈(とも)して言う。
「先生…」
「それに、もし万が一君の思ってる様なコトがあったとしても、それはそれでいいじゃないか」煙を吐き出して言う坂野。「どっちみち、君の書いた本が皆に観てもらえるんだぞ」
今度は大葉が何も言わなくなる。
「…それでいいんじゃないか?」部屋には煙が舞う。「…それでね」

そして、坂野の部屋の前には一人の女性が立っていた。彼女は、大葉が出てくる前に自室に戻っていった。

風呂場に、シャワーの水がタイルを弾く音が響く。
短めの髪と真っ白な裸体をシャワーに向け、その人物は躰中に湯を浴びていた。
「…ふぅ」
その人物は、湯を躰に浴びせながら、"あの男"のせいで自分が置かれたややこしい状況に、ただ溜め息をつくだけであった。そして、
「…何んでこんなコトになっちゃったんだろ」
と小さく呟いたのだった。

翌朝。
未だ眠りに全身を委ねている祥一郎をよそに、弥勒は部屋を出てトイレに行った後、1階のリビングに降りてきた。
「あ、おはよう、弥勒君」キッチンに立つ長谷が言う。「コーヒー淹れようか?」
「あ、お願いします…」弥勒は食卓の椅子に座る。正面には神山も居る。「おはようございます、神山さん」
「おはようございます」笑って言う神山。「よく眠れました?」
「ええ、まぁ…」と弥勒。「坂野先生達は未だ寝てるんですか?」
「坂野はな、長谷の姉ちゃんが起こしにいかねぇと起きねぇんだよ」水谷がリビングに入ってくる。「大葉の兄ちゃんは外に居るのを見かけたぜ」水谷も椅子に座る。
「外に?」
「大方空模様でも見てんだろうよ」水谷は、胸ポケットから何かを出そうとしたが、その胸ポケットをちらと見た瞬間、その手を止めた。
「…?」弥勒はその様子をちょっと怪訝そうに見たが、長谷がコーヒーを差し出したのですぐに目線はそちらに行った。「あ、どうも…」
「ところで…」と長谷。「あのもう一人の子…篁君、だっけ?…は未だ寝てるの?」
「ええ、まぁ…」弥勒が言う。「朝、弱いみたいなんで…」
「あのー、美佳子さん…」と神山。「そろそろ、先生起こしに行った方が…」
「あ、もう8時前ね」長谷が左手首の腕時計を見ながら言う。「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね」
長谷がリビングを出て行く。10秒ほど後、彼女が出て行ったのと反対側から大葉がリビングに入ってくる。
「あ、おはようございます」弥勒が言う。
「おはよう。吹雪、多分正午には止むと思うよ」大葉が着席しながら言う。
「そうなんですか?」
「うん、今は未だ風強いけどね」
その時であった。突然、耳を劈(つんざ)く様な女の悲鳴がリビングに届いた。
「な、何んだ、今の…?」と大葉。
「坂野に何かあったのか?」水谷が言う。
「とっ、兎に角長谷さんのトコに行ってみましょう」リビングに居た4人は、長谷が向かったであろう坂野の部屋に向かった。

坂野の部屋の前に向かうと、長谷が震えながら部屋の前に座り込んでいるのが見えた。
「ど、どうしたんです、長谷さん」大葉が言う。
「さ、さ…」長谷は震える指先で部屋の中を指しながら言う。「坂野、先生が…」
「い、一体何があったんですか…?」神山が部屋に入ろうとする。その時、
「入るな!」部屋の中から声がした。
弥勒は部屋を覗き込むと、其処には何故か先刻まで眠りに堕ちていた筈の篁が居た。そして、彼の傍らには、電源の入ったままのパソコンが置かれた机に血の気の引いた頭を置いている坂野の姿があった。
「ひっ…」虚ろに一点を見る目、床を染める血、それらの恐怖に目を見開く弥勒。「ま、まさか…お前が坂野先生を…?」
「阿呆」何処から取り出したのかハリセンで弥勒をどつく祥一郎。「オレは長谷さんの悲鳴聞いて此処に来ただけだよ」
「さ、先刻まで寝てたのに…」祥一郎のミステリマニアぶりに驚き呆れる弥勒。
「お、おい、篁君…」と大葉。「坂野先生は亡くなって…?」
「…残念ながら」祥一郎は坂野の背中に刺さったナイフを指さし言う。「背中を刺されての失血死、死んだのは恐らく昨夜の12時から1時頃だな」
「おい、お前何んでそんなコトまで分かるんだ」と水谷。「警察じゃあるまいし」
「オレ、こう見えても幾つか実際の殺人事件を解決したことあるんですよ」祥一郎が言う。「それにこの吹雪、警察呼んだって駆けつけるまでには相当のタイムラグがある…初動捜査は此処に居る人間がすべきですしね」
「あ、あたし、警察に電話してきます…電話は今朝通じてた筈なんで」神山はその場から立ち去った。
「し、しかし…背中を刺されたとなると完全に殺人、ですよね…」と大葉。「誰が、こんなコトを…」
「さぁ…ん?」祥一郎は、坂野の頭のすぐ脇にあるパソコンのディスプレイに眼を遣った。「これは…?」
「何か、書いてあるのか?」弥勒が尋ねる。
「これは、脚本の原稿みてぇだが…」祥一郎はその文章の最後に注目する。「もしかしたら、ダイイングメッセージかも知れねぇぜ」
「だ、ダイイングメッセージ?」
「ああ…こんな文章は普通の脚本にしちゃ可笑しいだろ」祥一郎は、コードが引き千切れない様にディスプレイを一同に見せる。
「えーっと何ナニ…」一同はディスプレイに覗き込む。「"矢石(やいし):し、静(しずか)…どうしてお前がそんなとJun"…?」
「じゅ、"ジュン"ってまさか…」神山は驚愕しながら、大葉を見た。
「…え?」それ以上に驚いた表情で、大葉 純はその文字を見た。
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おまけ
此処にも伏線多いです。最後に何処らへんが伏線だったのか書いときましょうかね(笑)。

弥勒ってば女の子の服もイケるのねん、と。「リアル」然り、お前はキャラにコスプレでもさしたいのか、というツッコミは禁止です(笑)。

脚本の中の「矢石」「静」という名前の由来は僕か火内氏しか知りません(爆)。

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