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トライ・トーン

File1 まっすぐな正義感
「うわぁー…」
11時53分。新横浜駅。大きめのボストンバッグを抱えるのも忘れるほど、自分の目の前に広がる光景に眼を奪われていたのは、青紫色の長い髪を後ろ手に縛った、碧(あお)い色をたたえた瞳の少年であった。
「深穂さん深穂さんっ、東京ってすごいですね!なんていうかこう…何もかもが大きいといいますか、氷上島とは規模が違うといいますか、もうなんか想像を遙かに凌(しの)ぐような」
「…一応此処は神奈川県だからね?悠樹君」
深穂と呼ばれた少女は、ちょっと茶色がかったショートヘアを気だるそうに掻き揚げながら言う。
「ていうか、そんな田舎者丸出しみたいなセリフをそんな大声で喚(わめ)き散らさないでよ…恥ずかしいなあ」
「あ、す、すみません…こういう、大都会っていうんですか、場所に来るの初めてなもので…」
悠樹と呼ばれた少年は、バツの悪そうな苦笑いを浮かべる。
「そうね、わたしも初めてよ」深穂はため息混じりに言う。「全く…わたしまで田舎者みたいに見られちゃうじゃない。わたし来月から高校生なのに…」
「あ、でも…バッグから観光のガイドブックが2、3冊はみ出てますけど…」
悠樹に指摘され、深穂は自分のキャリーバッグを見る。確かに、“横浜”とか“東京”とかいった文字が派手にプリントされた旅行雑誌が、数冊顔を覗かせていた。
「あっ…こ、これはっ…そ、それよりー…」
深穂は顔を赤らめバッグに雑誌を押し込めながら言う。
「えっと、麻倉さんは、此処に迎えに来てくれるんだよね?」
「あ、はい…」
ボストンバッグから悠樹が取り出したのは、丁寧に三つ折りされた跡がついた便箋であった。
「12時に新横浜駅の南口で待っていれば分かるようにしておく、って手紙に書いてあります…」
「ふーん…」
案内板を見上げる深穂。其処には“新横浜駅(南口)”の文字がしっかりと表記されている。
「場所は、此処であってるみたいね。時間も…ちょうど11時55分だし」
「でもボク、麻倉さん達に会うの久しぶりだから、すごく楽しみですよー」
嬉々とした表情で話す悠樹。
「まぁ、悠樹君が久々ならわたしも久々なんだけどね。あれは…6月だったかしらね」(「守るべきもの」参照のこと)
「はい、だから9ヶ月くらいぶりになりますね。春休みを利用して遊びに来たらどうか、って麻倉さんから手紙で聞かれて、折角だからということで来てみたんですが…なんかどきどきしますねー」
「あんたは出会い系サイトの客か」
呆れ顔でツッコむ深穂。と、その時。
「…ん?」
悠樹と深穂は、ふと背後から少女の泣き声らしきものを聴いて振り向いた。
そこには、コンコースの整然とした床の上に腰を下ろして泣いている少女と、かがんでその少女に話し掛けている少女とが居た。泣いているほうは顔は見えないが茶色く長い髪を2つに束ねており、もうひとりは黒くて短い髪をしていて、やや大人びて見えた。
「…どうしたんですか?」悠樹はふと、彼女達に歩み寄り腰を下ろして声を掛けた。
「あ、いえ…別に、なんでも…」黒い髪のほうの少女が言う。
「なんでもないようには見えないですけど…ボクたちで出来ることなら何かお手伝いしますよ」
「ちょ、ちょっと悠樹君?!」驚いた表情の深穂。
「え?何ですか、深穂さん?」悠樹は振り向いて言う。
「お手伝いしますよ、なんてそう簡単に言うけど、もうすぐ麻倉さんたちが迎えに来るんでしょ?あんまり此処を離れるようなことだったりしたら…」
「でも…」深穂の眼をしっかりと見据える悠樹。「こんなに困ってる様子の人たちを放ってなんておけないじゃないですか」
「そう言ったって、麻倉さんの連絡先とか聞いてないんでしょ?ケータイの番号とか…」
「手紙があります。住所を辿(たど)って行けばなんとかなると思います。それより…」再び2人の少女の方を向く悠樹。「彼女達のほうが多分深刻なんだと思うから…」
深穂は悠樹を見ながらしばらく黙り、そして徐(おもむろ)に口を開けた。
「…分かったわよ、気が済むようにすれば?」
「…ありがとうございます」再び深穂の方を向いて言う悠樹。
「礼なんて、言われるようなことじゃないよ」深穂は少し顔を赤らめながら顔をそらす。「…それで?あなた達はそんなとこで泣いてどうしたの?」
「……」黒い髪の少女はうつむき、とても言いづらそうにしていたが、何かを決心したように顔を上げ、悠樹に顔を近づけて囁(ささや)いた。「…聞いて驚かないで下さいね。実は…」

「ええっ?!ゆ、ゆうか…っ」

思わず大声を出しそうになった悠樹の口を、少女は急いで押さえる。往来する群衆のスピードが落ちる。
「…あ、あはは、やだなぁ、そんな大声で私の名前言わないでよー…」少女は引きつった笑いを浮かべて、心持ち大きな声で宣言するように言った。
そして、群衆のスピードが通常の高速に戻ったのを確認した少女は、再び小声で悠樹に言う。
「驚かないでくださいって言ったじゃないですかっ…!!」
「す、すみません…」悠樹の声も小さい。「で、でも、今確かに、“誘拐”って…」
「はい…」少女は肩からかけた小さい鞄を探りながら言う。「私は桜本 美弥子(さくらもと・みやこ)。この子は妹の美園(みその)というんですけど、実は今朝、私達の家にこんな手紙が届いてて…」
「手紙?」美弥子が鞄から出した手紙を受け取った悠樹は、それを開いて読み上げる。新聞の見出しを一文字ずつ切り抜いた、いかにも“脅迫状”といった様相である。「えーっと何ナニ…“お前達の姉、由希亜(ゆきあ)は預かった 返して欲しくば本日12時に新横浜駅まで来い”…って、ホントに誘拐じゃないですかっ!」
「うわー、わたしこういうの初めて見たわー…」多分驚くポイントがちょっと違う深穂。「この“由希亜”っていうのは、あなた達のお姉さんなの?」
「はい…確かにゆうべ家に帰ってこなかったので、どうしたんだろうとは思っていたんですけど…」と美弥子。
「ということは、3人姉妹で一緒に暮らしてるんですか?」悠樹が尋ねる。
「そうです…両親は或る企業の重役をしていて、私達とは離れて暮らしています」
「企業の重役ってことは、身代金とか狙いなのかしら」
深穂がそんなことを口走った、その時だった。

“桜本 美弥子様、桜本 美園様、お連れ様がお待ちです。至急、東口改札前までお越しください。”

「えっ…今、あたし達の名前…」ずっとうつむいて泣いていた少女、美園が顔を上げる。その顔は涙に赤くなっていた。
「お連れ様って、お二人以外に誰かついて来てるんですか?」
「いえ…」訝しげな表情の美弥子。「…もしかして、犯人からだったりとか…?」
「そうかも、知れないですね…」悠樹はふっと立ち上がった。「それじゃあ、その東口まで行きましょう」
「え、待って悠樹君、わたし達も?」呆気に取られた表情の深穂。
「そ、そうですよ…そんな見ず知らずの方にそこまでして戴(いただ)くなんて…」遠慮がちな表情の美弥子。「警察にも連絡してないのに…」
「いえ、一度足を突っ込んでおいて此処で引き下がるわけにいかないじゃないですか」悠樹の眼差しから真剣みがにじみ出まくっている。「お姉さんを助ける手助けを、どうかさせてください」
「い、いいんですか…?」美園は恐る恐る悠樹を見ている。「お姉ちゃん、この人に頼ってみようよ…あたし達だけじゃどうにもならないだろうし…」
「…そう、ですね…お願いして構わないでしょうか…?」
「勿論ですよ。さぁ、行きましょう!」
駆け出す悠樹と姉妹。そして、取り残される深穂。
「…もうっ、どうなっても知らないわよ」
彼女も仕方ないという表情で3人のあとをついて行った。
その後ろから、彼らを見つめている眼があることにも気付かずに。

12時14分。東口の改札の前。相変わらず人通りは多い。
「此処に来いって言われたけど…誰も居ないし何もないじゃない」不服そうな表情の深穂。
「んー…確かに此処だって言ってたと思ったんですけど…」悠樹は首を傾(かし)げつつ辺りを見渡す。
「あっ、あれ!」美園が、ふと改札の横にある伝言板を指差した。「何かある…!」
「え?」伝言板に近づいてみる悠樹。「これは、封筒…?」
“桜本様へ”と書かれ伝言板に貼り付けられた茶封筒を引き剥がすと、悠樹は中身を取り出した。
「何が入ってるんですか…?」美弥子たちも便箋を覗き込む。
「“この路線図に示された駅の中で、せの最も低い駅に来い”…?」そこに記されたワープロ打ちの言葉を読み上げる悠樹。「これって…どういう意味…?」
暗号1


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おまけ
はい、第1話です。久々の悠樹&深穂です。
瀬戸内の海に浮かぶ島から遙々上京(神奈川だけど)してきました。
いや、でも書いてて楽しいですよ。若干こいねこのよーじ&美菜緒に似てるし(笑)。
なおこの路線図は基本的に架空のものです。架空じゃないのは新幹線と新横浜くらいか。
まぁきっと同じ名前の駅なんて全国探せばそこそこ見つかるとは思いますが、そのへんは全く確認しておりませんので(爆)。
ていうか今回の話、文字書くのと同じくらいの労力で画像作ってたなぁ…(苦笑)。

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