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守るべきもの


第1話 〜碧(あお)い瞳の少年〜

それから2週間後、5連休の初日に、篁たちは船の上にいた。それは、広島県側から氷上島までをつなぐ連絡船で、それほどキレイな船と言うわけではなかった。が、デッキから見える景色は抜群のものだった。
「うわーっ、キレイねーっ!!」
「ほんと、来てよかったね、千尋」
「…ところでさ、なんでお前たちも来てるさ?」羊谷は、はしゃいでいる千尋とつかさに言う。「俺たちが当てたのは4人分さ。6人になったら余分は自腹さ」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ。ちゃんとわたし達の分は自分で払うから、ねっ」千尋はあどけない子供のように舌を出して言った。
「それに、旅行は人が多いほうが楽しいっスよ。ねぇつかささん」と麻倉。
「そうだよねー」
「まぁ…いいけどさ」…麻倉はつかさと旅ができる事が嬉しいんだろと心の中で呟きながら、羊谷は言う。
「ところで羊谷君、篁君はどこ行ったんや?船に乗った辺りから見てないんやけど」と矢吹。
「そう言えばいないさね、篁」
「どこ行ったんっスかね…探してくるっス」麻倉は客席の方へ行った。
「案外、船に弱かったりしてね」千尋が少し笑いながら言う。
「だとしたらその人可哀相ね…。こんな絶景を見ることすら出来ないのだから…」突然、4人の背後から女性の声がした。振り向くと、そこには割と若く見える女性がいた。
「あ、あのー…、どちら様ですか?」
「勝手に話に首突っ込んじゃってゴメンね。私は麻生 鈴香。京都で主婦やってるの。ところであなた達、若いのによくあの島に行く気になるわね」
「え?」
「氷上島は過疎化が結構進んでいてね、若い人が遊べるような場所もそれほどないのよ」
「…そう、なんや」矢吹は羊谷にささやいた。「そんなトコに5日間もいるのか、俺たち」
「しょうがないさ、俺だってまさかそんな辺鄙(へんぴ)な島だなんて聞いてなかったさ」
「それじゃ鈴香さんは何であの島に行くんですか?」とつかさが訊く。
「あぁ、私は氷上島で生まれ育ったの。だから毎年この時期は里帰りしてるってわけ」
「へー…」

一方こちらは篁を探している麻倉。
「一体どこにいるんっスか?」船内をいろいろ探すうち、麻倉は本を目の上にかぶせて寝転がっている篁を見つけた。
「もぉ、なんで兄さんこんな所で寝てるっスか?外キレイっスよ」ちなみに麻倉は、篁と2人きりのときのみ篁を兄さんと呼んでいる。
「…オレ、船が苦手なんだよ」本をかぶせたまま篁は応える。
「船酔いっスか?」
「いや、そうじゃなくて、トラウマっていうのかな、なんか心理的に船を
嫌ってるんだ」
「…ふーん」
「氷上島に着いたら起こしてくれ、悪いな」そう言うと篁はまた眠りに堕ちた。
「……(・・ι)」なんか呆れつつ、麻倉はデッキに戻った。

船は1時間ほどで氷上島に着いた。
「ふーっ、やっと着いたさ!」6人は船から降りる。
「船からの景色もよかったけど、この島もかなりキレイじゃない?」つかさたちはまたはしゃぐ。
「これからどうするんや?」
「とりあえず、"今城荘"っていう民宿を探すっス。一応そこに泊まる事になってるっスよ」
「誰かに道聞いたほうが早そうだな…あの人にでも訊いてみるか」篁はそばを歩いていた長い黒髪の若い女性に声をかけた。
「すみません、今城荘ってどこにありますか?」
「今城荘?それならこの道を道なりに10分くらい歩いたところにありますけど…」
「あ、そうですか。ありがとうございます」篁は礼を言うと、5人のほうへ戻ってきた。

その女性に言われた通り、10分ほど歩いた6人は、確かに"今城荘"と書かれた古びた民宿を発見できた。
「ここね。なんかここ大丈夫かな…」千尋が言う。
「でも今まで歩いて来た感じで言うと、この島にはここ以外宿泊施設ない<みたいやで」
「ま、とにかく行くさ」
6人は戸を開けた。そこには、少し赤みがかった髪を後ろに束ねた30代後半と思える女性がいた。おそらく主人だろう。
「すみませーん…」
「あ、羊谷さんたちだね。待ってたよ」かなり親しそうに話す女主人。「あれ?確か4人って聞いてたけどね」
「あぁ、あたし達は予約はしてなかったんですけど…」とつかさ。
「そうなの?それじゃこれに名前と住所書いて。部屋は1個しか余ってないからそこに2人でいいね」
「ええ。」そう言うとつかさは名前と住所を書き始めた。
「ここって、奥さん一人でやってるんですか?」篁が訊く。
「奥さんはやめてよ、あたしは今城 珠代。一応ここはあたしが一人でやってるのに近いかな。息子が時々手伝ってくれるけどね」
「息子さんがいらっしゃるんっスか…」
「ええ。呼ぼうか?悠樹、ちょっと降りてきて」珠代は階段の上に向かって呼びかけた。すぐに降りてくる足音が聞こえてきた。
「何ですか、母さん」降りてきた少年の美しい顔を見て、千尋とつかさはビックリしていた。が、その顔を見てもっと驚いたのは、篁たちだった。
「なっ…」と矢吹。
「ま、マジさ?!」羊谷が言う。
「…望(ぼう)ちゃん?」驚く麻倉。
「…結城」呟く篁。
そう、降りてきたその少年は、髪の毛が腰まで伸びた青紫色の髪で、瞳が澄んだ碧であることを除けば、彼らのかつての友人だった結城望とそっくりだったのだ。


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