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守るべきもの


第2話 〜BEST FRIEND〜

結城望。本名、衣笠 拓斗。
数ヶ月前、篁達の通う秀文高校で4人の人間を殺害した、篁達の友人である。
自殺に追い込まれた兄の復讐に駆られた、哀しい少年…。
その結城と瓜二つの顔の少年が、今篁達の前に立っているのである。

「どうか、しましたか?」
驚いていた篁達に話し掛けてきたのは、その少年であった。
「あ、いや、君が俺たちの知り合いとよう似とったから、つい…」矢吹が答える。
「そうですか…。僕の名前は今城 悠樹。宜しくお願いします」少年は礼儀正しくお辞儀をした。
「あ、ああ…」
「そうだ悠樹、この人たちに島を案内してあげたら?まだそんなに観光とか出来てないんでしょ?」と珠代。
「ええ、さっきの連絡船でついてすぐここに来たばかりなんですよぉ」千尋が言う。
「それじゃ部屋に荷物置いてくる?」
「そうっスね」
「じゃあカギ渡すわよ。えっと、仙谷…千尋ちゃん?それと古閑 つかさちゃん」
「はい」
「女の子はやっぱり男の子と一緒じゃあれだしね。2人で1階の"小鹿の間"に泊まってね」珠代は木製のキーホルダーをつけたカギを渡した。
「それと、羊谷 時哉くんと矢吹 烈馬くんは2階の"白水(はくすい)の間"ね。階段から一番近い部屋だから、すぐわかると思うわ」今度は時哉にカギを渡した。
「最後に篁 祥一郎くんと麻倉 知之くんは、その"白水の間"のすぐ隣、"高砂の間"ね」
「え…?」悠樹が出てきた時と同様の、少し重い空気が流れた。
「どしたの?ほら、カギ」珠代が手渡したカギを、麻倉は受け取った。
「では、荷物を置いたら玄関の前に集まってください」と言ったのは悠樹だった。

ここは"高砂の間"。篁と麻倉がいる。
「なぁ麻倉、お前、どう思う?」
「…悠樹君のコトっスか?」
「ああ…」
「そんなの、ただの偶然っスよ。ほら、世の中には自分に似た人が3人はいるって言うっスよ」
「でもなぁ、あいつはやけに似すぎてる…。それに、この民宿の部屋の名前、気づいてるだろ」
「ここが"高砂"、羊谷君たちが"白水"、つかささんたちが"小鹿"で、もう1つの部屋の名前が確か"熊笹"…。確かにあのときの被害者の名前に似てるっスけど…」
結城望が殺した人物の名は高砂、白戸、鹿取、熊谷である。
「でも別にただ偶然が重なっただけだと思うっスよ?」
「うーん…」
「おーい、篁、マクラ、まださー?!」窓の外から羊谷の声がした。
「あ、すぐ行くっス!」麻倉は窓越しに応答すると、小さなカバンだけを持って部屋を出ようとした。
「ほら、兄さんも行くっスよ」
「…あぁ」

「この氷上島は、丁度広島県と愛媛県の県境にある島で、3000人くらいの人がこの島で暮らしています。車道は一応島を一周するように作られていますが、バスとかは通っていません。車を持っている人も、この島では数えられる程しかいませんね。先程みなさんが乗ってきた連絡船も、一日2往復しか来ません」悠樹が説明する。
「それじゃ例えば台風とか来たら、この島の中に閉じ込められちゃうわね…」とつかさ。
「大丈夫ですよ、この空だと暫くは晴れが続くと思います。この島は瀬戸内にありますから、特に晴れた夏の日は暑くなりますね。そうだ、泳げる海辺へ行ってみますか?」
「あっ、海辺行きたい!!」千尋が嬉しそうに言う。7人は海辺へ行く事になった。が、相変わらず篁だけは浮かない表情だった。

暫く歩いて、7人は海辺にたどり着いた。
「うわーっ、キレイな砂浜ーっ!海の水も透き通ってるー!」はしゃぐ千尋。
「すごーい!ねぇ悠樹クン、ここってさぁ…悠樹クン?」つかさは悠樹の方を振り向いた。悠樹は、海とは反対の道路のほうを見つめていた。
「どうしたさ?」他の6人も悠樹の視線の先を見た。そこにいたのは、この島に到底似合わないメガネにネクタイといった出で立ちの50前くらいの男性と、こちらもスーツを着ている、無精髭を生やした30代くらいの男性だった。
「あの人たち、知り合いか?」矢吹が訊く。
「あの人たちは、幣原リゾート開発という会社の社長の幣原氏と、副社長の犬塚氏です」
「幣原リゾート開発っていったら、この前沖縄の何とかって島をほとんど丸ごと買収しようとしたっていうあの?」
「ええ…。彼らは、この島をもリゾート化するつもりなんです」
「リゾート化っスか?」
「丁度このあたりに巨大なリゾートホテルを建設し、島のほとんどを改造してしまうつもりなんです…」
「へー…」
「…許せない」悠樹は突然力強く言った。
「え?」
「今まで僕ら島民が代々守り続けてきたこの島を、リゾート化と言って壊すなんて…、僕には…許せません」
「……」6人は言葉を失った。

島のある程度の部分を巡り、7人は"今城荘"に戻ってきた。
「ただいま…」と悠樹。
「あぁ、お帰り、悠樹」エプロン姿で言う珠代の隣には、2人の男女がいた。千尋達には女性のほうに見覚えがあった。
「え?このコが悠樹君?ずい分大きくなったわねー…あれ?あなた達…」彼女も千尋達に気づいたようだ。
「あれ?鈴香さん?」
「あら鈴香、このお客さん知ってるの?」珠代が訊く。
「うん、船で来る時にたまたま会ったのよ。奇遇ねぇ…」彼女は船の中で知り合った麻生 鈴香だった。
「それじゃあその隣の男性は…」
「ええ、私の亭主よ」
「どうも、麻生 拓巳です」日焼けした色黒の肌と短髪から見て、彼はスポーツ万能のようだ。
「鈴香さんたちもここの客さ?」
「まぁ客といえば客ってところね。私と珠代は幼なじみでね、私たちが里帰りする時はいつもここに泊めてもらってるのよ」
「へぇ…」
「それじゃあ夕食はみんなで食べる?」珠代が提案する。
「そうですね。みんなで食べるとおいしいし!」とつかさ。
「それじゃあたしは夕食の支度するわね。えっと、ひぃふぅみぃよぉ…10人だから、12人分くらい用意しておけば大丈夫ね」
「え?12人っスか?」
「そう。だって…」

「いやー、相変わらず珠代ハンの料理はうまいのう!わはははは」
今城荘の食堂の大きな丸テーブルに置かれた鍋には新鮮な魚介類がたっぷり入っていた。そして、それを囲む11人のうちの1人が、酒で頬を紅く染めて上機嫌そうに笑っている。
「新発田さんのお世辞も相変わらずじゃないの」珠代も笑って言う。
「珠代さん、この人、誰っスか…?」呆れ顔で訊く麻倉。
「あれ?まだ紹介してなかったかしら?この人は新発田 皓平さん。この島の駐在に勤めてる、島ではたった一人の警官なの。毎晩ウチに来ては晩ご飯を2人分たいらげていっちゃうのよ」
「そーゆーこっちゃ。それにしても、今日の客はやけに年齢層が低いのう…。高校生が6人に若い夫婦が1組とは…」
「あら、私たちってそんなに若く見えるの?」と鈴香。
「嬉しいですね、38にもなって若いと言われるのは」鈴香の夫、拓巳も笑って言う。
「そういえば鈴香さんたちは明日からの予定ってあるんですか?」と千尋。
「そうねぇ…母さんと父さんの墓参り位しかないわね。船の中でも言ったけど、レジャー施設みたいなのはないからね。まぁ、キレイな海があるからそう言った施設はなくてもいいけど」
「じゃあ明日、俺たちと一緒に海にでも行ってみるさ?俺たちも海で泳ごうかって話してたさ」
「そうだね、それでいいだろう?鈴香」
「ええ、もちろんよ。あ、そうだ、珠代と悠樹君も一緒にどう?」
「そうね。どうせ明日お客さんは来ないだろうし。悠樹はどうする?」
「それじゃあ僕も行きますよ」

夕食を終え、食堂ではつかさの持ってきたトランプでトランプゲームが始まった。悠樹は2階の自室へ行ってしまい、新発田はソファーで大きないびきをかいて眠ってしまった為、9人で行う事にした。
「あ、そうそう、お風呂の準備は出来てるからね」珠代が言う。
「それじゃあ入れ替わりに入ればええな。あんまり大人数抜けると面白くなくなるから、男女1人ずつ行く事にしよか」
「それがいいわね。お風呂は男女別々になってるし。誰から行く?」
「それじゃあわたし行っていいかな?汗かいちゃって…」千尋が言う。
「ほんなら男湯は俺から行こか」と矢吹。
「ゆっくりしてらっしゃい。私たちは先にゲーム始めてるから」と鈴香が言う。矢吹と千尋は食堂を出て行った。

矢吹たちが帰ってきて、次につかさと麻倉が行く事にした。
風呂までの廊下を歩いている時に、つかさが不意に尋ねた。
「ねぇ知之クン」
「え?何っスか…?」ただでさえ好きなつかさが隣にいて真っ赤になっている麻倉。話し掛けられてよりドキドキが増す。
「知之クンってさ、好きな娘とかっているの?」
「え゛…(*・・*;)」まさか目の前にいる人が僕の好きな人ですなんて言えない麻倉。言葉に詰まる。
「その顔は好きな娘がいるって感じねー…。もしかして千尋あたりかしら?でも千尋は烈馬クンのものよ」と笑いながら話すつかさ。彼女も相当鈍感なようだ。
「ち、違うっスよぉ…」
「"違う"ってことはやっぱり誰か気になる娘がいるってことね」
「あ…」巧みな誘導尋問でそんなことを証明しちゃうつかさ。もしかしたら実はすっごく頭がいいのかもしれない。
「誰?誰?誰なのよ、知之クンみたいなカワイイ男の子を虜にしちゃってるのは」
「そ…それは……」顔中がまっかっかになっちゃう麻倉。思わずうつむく。
「…な〜んてね。ほら、お風呂着いたよ」
「え゛…」ちょっと拍子抜けする麻倉。やっぱりつかさは鈍感なのかもしれない。

お風呂は男湯と女湯を区切ってあり、海と空を十分見渡す事が出来る一種の露天風呂のような形になっていた。
「まさかあんなこと訊かれるなんて思ってなかったっスよぉ…」お風呂に肩までつかっている麻倉は、ちょっと沈んで口まで湯につけた。あのドキドキはお湯に誘発されてなかなか収まらない。ならお風呂から出ろよっていうツッコミをするような人は周りに居ないが。
と、そのとき。麻倉の後ろにある戸が開く音がした。
「あれ?誰か来たっスね…?篁君か羊谷君っスか?」その人物が誰か見当がつかない麻倉。そっと振り向く。
「…え゛っ…??!」麻倉の表情が一層紅くなってゆく。
それもそのはず、入ってきたのは長い髪の毛をポニーテール風に縛り、身体をバスタオルで隠して入ってくるキレイな人物だったからだ。
「うっ、うわっ、こっ、ここは女湯だったっスかっ…?!(* ̄□ ̄;;*)」焦りまくる麻倉。急いで風呂から上がろうとする。
「…え?」相手は不思議そうに麻倉のほうを見た。
「…あ」相手の顔を見て、安堵する麻倉。「なんだ、悠樹君っスか(^^;)」
「何かさっき叫んでおられましたけど…女湯がどうとか…」
「あ、き、気にしないでくださいっス…。別に何でもないっスよ…」恥ずかしくなり、一気にお湯の中に沈んでいった。

「…あの、麻倉さん」
しばらくの沈黙の後、悠樹が言った。
「え?な、何っスか?」
「僕に似てたって言う知り合い、どういう人なんですか?」
「え…」それは麻倉にとって全く予測していない質問だった。
「うーん…、そうっスね…」しどろもどろしながら答える麻倉。「すごく優しい人だったっスね…」
麻倉は、誰にも話さなかった思い出を語り始めた。

秀文高校に入学したての頃、麻倉はその消極的な性格から、クラスの誰とも口を利けずにいた。唯一話し掛けてくれたのが結城だったので、麻倉は結城ととても親しくなった。が、結城以外の同級生は次第と麻倉をシカトするようになっていたのだった。
そして、学校に通う事もつらく感じるようになった麻倉はある日、結城の目の前で手首に傷をつけたのだった。そのときは幸い大きなケガにはならず命に別状はなかったが、麻倉は数日入院することになった。
結城は毎日病院に来て、麻倉にいろいろ話し掛けた。そして、人との接し方がわからないと嘆く麻倉に、結城はこう言った。

「自分から心を開いたら、相手も自然と心を開いてくれるはずだよ。ボクと話をする時みたいに、自然に話をすればいいんだよ。退院したら、一緒に誰かと話をしよっ、ね!」

その言葉は、麻倉の心を大きく変えることができた。それ以後麻倉は誰とでも自然に振舞えるようになり、羊谷や篁、矢吹といった友達も増えたのだ。
麻倉にとって、結城はとてもかけがえのない存在なのである。

「…そんなことがあったんですか…」悠樹は、麻倉の手首を見つめて言った。確かに、そのときの傷がしっかりと残っている。
「…あ、ご、ゴメンなさいっス、こんな暗い話ししちゃって…。なんか悠樹君には何でも話せちゃう気がするっスね」
「それじゃあ、文通でもしますか?」
「文通…っスか?」
「ええ、僕そんなに友人多くないので…。麻倉さんとはすごく仲良くなれそうな気がするんです」
「僕もそんな気がするっス。後で住所書いた紙渡すっスよ(^^)」
もはや麻倉と悠樹は昔から仲のいい友人のようになっていた。そう、まるで麻倉と結城のように。

二人は風呂から上がり、みんなのいる食堂へ向かおうとした。と、そのとき、廊下を二人のほうへ向かって歩いてくる男性がいた。茶色がかった髪とメガネ、白いシャツのその人物は、悠樹の姿を見てすぐに話し掛けてきた。
「あ、悠樹。ただいま。その子はお友達かい?」
「……」悠樹は無言のままその人物の横を通り過ぎていった。
「ちょ、ちょっと悠樹君?」麻倉はその人物に軽くおじぎをして、慌てて悠樹について行った。
「……」その人物は二人の後姿を黙って見ていた。

「さっきの人、悠樹君のお父さんじゃないっスか?なんでそんなに避けたりするっスか?」
「…あの人は、確かに一応は僕の父です。ですけど、僕は父親だとは思いたくないんです」
「…なんでっスか?」10年前に両親が離婚し、父親なしで生きてきた麻倉にとっては、悠樹の心理がいまいち掴めなかった。
「父は、この島で唯一の医者であることをいいことに、いろいろな女性と付き合っているんです。最近では診療時間の終わった診療所で女性と会っているらしく、帰ってくる時間はだいたいいつも12時を廻ってるようなんです」
「そうなんっスか…」
二人はそんな話をしながら食堂へ戻っていった。


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