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守るべきもの


第4話 〜小さな島での殺人〜

篁達4人は新発田にくっついて、幣原 衛一の別荘にやってきた。この別荘は幣原がこの島を開発すると決めたときに建てたもので、今城荘からは10km程離れていた。
別荘の前には既に数名の野次馬がおり、それを副社長の犬塚が抑えていた。
それを躱(かわ)し5人は別荘の中に入った。現場は玄関から少し入ったところにある書斎で、死体は机のすぐ側に横たわっていた。頭から血も出ている。傍らには高級そうな置時計が落ちていた。
「うわ…ひでぇさ」と羊谷。
「で、死因と死亡推定時刻は?」篁が新発田に訊く。
「それが、わかってないんですわ」篁達がいくつか事件を解決したことがあると聞いた新発田は少々篁達に敬意を持って話す。
「は?」
「一応検死をこの島に一人しかいない医者の今城先生に頼んどるんですが、まだ来てないんで…」
「私なら来てますよ」
背後から声がした。そこには、茶色がかった髪にメガネをかけた白衣の男性が立っていた。
「ああ、これはこれは今城先生」新発田は崇(あが)めるかの如く今城に言う。
「あれ?君は…」今城は麻倉の姿を見つけて言った。
「あ、悠樹君のお父さん」麻倉は今城にお辞儀をした。
「え?悠樹君のお父さん?」矢吹は振り向き意外そうに言った。
「そう言えば悠樹君の母親は見たけど父親って見てなかったさね。家に帰れない程忙しいさ?」
「…えぇ、まぁ」少々言葉を詰まらせながら今城は言う。
「まぁそんなことより今城先生、検死を…」新発田が促す。
「あ、そうですね」今城は死体に近づき、検死を始めた。
「…えー、死因は恐らく後頭部を鈍器のようなもので殴られたことによる脳溢血(のういっけつ)、死亡推定時刻は…」
「10時4分だよ」
「え?」今城は自分の発言を遮るように言った篁のほうを見た。
「ホラ、この時計」篁は死体の横に転がっていた置時計を手袋をして持ち上
げた。「10時4分で止まってる。多分幣原さんが倒れた際に床に落ち、止まったんでしょう」
「でも時計だから時間いじれるんじゃないっスか?」麻倉が聞く。
「いや、この時計には時間を調節するネジのようなものはどこにもないし、ガラスも割れてないからな」
「な、何なんだい、君たちは…」今城が尋ねる。
「あ、彼らは今までいくつか殺人事件を解決した事があるそうなんで、協力してもろうとるんです」新発田が説明する。
「へぇ…」今城は4人をじろじろと見た。
「…そんなに疑わしいさ?(^^ι)」
「い、いや、そういう訳じゃないけど…」今城は苦笑いを浮かべて誤魔化(ごまか)す。「そう言えば新発田さん、千種さんはいないんですか?」
「ああ、幣原さんの奥さんなら別室で待ってもろうてます。彼女が何か?」
「あ、いや…ちょっと気になっただけだよ」
「……」麻倉はその様子がちょっと気にかかっていた。

4人は今城荘に戻った。
「あっ、お帰り烈馬。で?どーだったの?幣原っていう人のこと」千尋が烈馬に問い詰める。
「あのなぁ…」呆れる烈馬。
「それにしてもビックリしたよ、4人とも人が死んだって聞いてソッコー駆け出すんだもん。特に祥一郎くんなんか眠くてしかたないって顔だったのに急に真面目な顔になってさ」つかさが笑って言う。
「ははは…」苦笑いする篁。

昼食を食べ終え、悠樹、麻生夫妻、そして麻倉とつかさの5人で出かけることになった。目的は鈴香の両親の墓参りと、葛城の店への見舞いである。ちなみに珠代と千尋は夕食に向けての買い出しの為船に乗り、篁、矢吹、羊谷は新発田とともに事件を調べていた。
まず5人は山の中腹にある墓場にやって来た。鈴香の一族の骨は大体ここに埋められているのだという。
「麻生…多香志(たかし)さんと未月(みづき)さんっスか?」麻倉が墓標を見て言う。
「ええ、2人とも私が高校生の時に事故で死んじゃってね。まぁその時私も両親も京都にいたけどね」そう言うと、鈴香は線香を立て、墓に向かって手を合わせた。他の4人も同様に手を合わせた。
墓場から帰る途中、一人の女性とすれ違った。
「あら、里律子ちゃん」と鈴香。
「あ、鈴香さん」彼女――村長秘書の久世 里律子は鈴香に親しげに話す。
「里律子さんと鈴香さんって知り合いなんですか?」つかさが訊く。
「ええ、鈴香さんは私の父の兄の娘さんなんです」と里律子。
「それじゃやっぱり鈴香さんのお父さんの名前にも"香"って字が入るっスか?」麻倉が言う。
「え?確かに香平(きょうへい)っていうけど…なんで分かったの?」
「いや、鈴さんのお父さんが多志さんだからもしかしてって思って…」
「よくそんなこと気付きましたね…」悠樹も感心している。
「我が家は代々"香"って言う字をつけることになってるの。里律子ちゃんは違ったけどね」
「父方の両親が反対したそうなので…」と里律子。「あ、それじゃ私伯父さま達の墓参りしてきますね」里律子は墓場へ向かっていった。

一方、買い出しから帰り夕食の準備をしている千尋と珠代はというと。
「あらぁ、千尋ちゃんって料理上手なのねぇ」
「あ、そうですか?」手早く魚の三枚おろしをしながら千尋が言う。
「あたしより上手じゃない(^^) この人参の飾り切りなんてまるで旅館で出すような感じで」
「…実は、わたしの母は長野で旅館の女将(おかみ)をしてるんです」
「そうなの?どうりで料理が得意なわけねぇ」大根を薄く千切りにしながら言う珠代。
「珠代さんもかなりお上手じゃないですか。その大根の千切り、プロ級ですよ」
「まぁ、あたしは一応民宿のプロだからね」ふたりは笑った。

そして篁達は、広島県警からの刑事と合流して、現場で事件を調べていた。
「なるほど、それじゃあ犯人は幣原さんのゴルフクラブを使って彼を撲殺したということだな」と広島県警の黛刑事が言う。新発田から黛に篁達のことは既に伝わっている。
「ほな、容疑者の絞り込みでもして、アリバイ確認していけば次第と犯人見えてくるんとちゃうか?」と矢吹。
「でも、容疑者誰か思いつくさ?」
「…一番近いところだと、幣原さんの妻の千種さんか副社長の犬塚さんか」篁が言う。
「それじゃその2人に話をきこう」
一行は別室で待っている千種と犬塚のところへ行った。

まず一室に犬塚を呼び出し、黛が事情聴取をした。
「ゆ、夕べのアリバイですか…?」
この夏が近い時期に不釣合いな黒いスーツ姿の犬塚は、ちょっと躊躇いがちに言った。
「ええ、夕べ、10時ごろあなたはどこにいましたか?」黛が問う。
「わ、私は…」額の汗を拭って言う。「確かその時間…、広島の支社に行っていたと思います…」
「広島に?」
「はい…8時半頃車で港に行き、船で広島に渡って支社に…急な仕事があったものですから」犬塚の視線の行く先がころころ変わる。
「……」その様子を窓越しに見ていた篁。

次に千種を同じ部屋に呼び出し、同じく黛が事情聴取をする。
「夕べの10時ごろですか…残念ですが、あまり詳しくは覚えていませんわ」
高価そうな指輪やブレスレットをし、肩まで開いた黒のワンピースを着ている千種は、右手で髪を掻きあげながら言った。
「そうですか?夕べのことくらい覚えているでしょう」
「夕べは何故だかとても眠たくて…それに最近ちょっと物忘れをするようになって来たので」
「はぁ…」黛は警察手帳にメモを取りながら尋問を続ける。「ご主人に恨みを持っているような人に心当たりはありませんか」
「そうですね…この島の人の多くは主人を恨んでたんじゃないですか」
「というと?」
「刑事さんもご存知でしょう?主人がこの島をまるまる買い取ってリゾート開発をしようとしていたこと。そのことで、この島の住民の多くは反対しているようですわ。2週間ほど前かしら、島民の署名を500近く集めた紙まで送られてきたりもしましたわ」
「その署名の送り主の名前はわかりますか?」
「確か…葛城 舜とかって言ったかしら」
「葛城 舜ですか…」千種の述べた名をメモする黛。

「犬塚さんのアリバイはたぶんホンマやろなぁ…けど、千種さんの証言が曖昧やからなぁ」
「いっくら何でも夕べ何処に居たとか忘れるさ?」羊谷と矢吹は事情聴取の結果を聞いて言った。
「まぁ、千種さんが何か隠してるのは事実だろうな」と篁。「で?葛城って人には連絡つきましたか?」
「今新発田さんが電話しているところです」黛が言う。

「悪いね悠樹君…わざわざ見舞いに来てもらったりして」布団で寝ている深穂の母、鼎が言う。「民宿のほうは大丈夫なの?」
「母が居ますし、今日からの予約は入ってないんです」と悠樹。
「でもわざわざお客さん連れてくることはないでしょ?」深穂が鼎の額に載せていた布を洗面器の水で濡らしながら言う。
「ちょっと私たちも用があったしね」鈴香が言う。
「そう言えば悠樹君、深穂さんって悠樹君と同い年なんっスか?」麻倉が聞く。
「いや、深穂さんの方が1つ上です」
「やっぱり?なんか同い年って感じには見えなかったのよねぇ」とつかさ。
「でも深穂さん、お父さんはお店に出て大丈夫なんですか?」悠樹が尋ねる。
「うーん、ホントはまだちょっと熱があるんだけどねぇ」
「舜さんはお客さんが大好きだからね。2日連続で休むわけにはいかないって」鼎が言う。
その時、鼎の寝ているすぐ隣にある電話が鳴った。
「あら、誰からかしら」鼎が起き上がろうとする
「あ、ダメよお母さん」深穂が鼎を制する。「わたしが出るから」
深穂は受話器を取った。
「はいもしもし葛城ですが…え?父ですか?…はい、少々お待ちください」受話器を持ったまま戸を開け、深穂は父親に呼びかけた。「お父さん、電話!」
「ああ、誰からや?」深穂の父、舜は応対していた客を待たせてから深穂に言った。
「なんか知らないけど、駐在所の新発田さんから」
「え?」その場にいた全員が不思議そうな声を上げた。
舜は深穂から受話器を受け取った。「はい、お電話かわりました…え?幣原のところへ?何でですか?…はぁ…ちょっと今仕事中なので5時からなら…はい、はい…わかりました…」
「ちょっとおじさん変わって!」麻倉が頃合いを見計らって舜にいい、受話器を受け取る。
「新発田さんっスか?あ、麻倉っス。あの、そこに篁君か羊谷君か矢吹君いるっスよね?ちょっと変わって欲しいっスけど…」
新発田は丁度隣にいた羊谷に電話を替わった。
「あれ?マクラどうしてそこにいるさ?」
「どうしてって、悠樹君のお見舞いについて来てるっスよ」
「あ、夕べ言ってた悠樹君の友達ってそこのコだったさ」
「ところで、なんで葛城さんに電話したっスか?」
「ああ、例の事件で、幣原さんの事業に反対していた人が怪しいんじゃないかって言うことになって…」
「でも、葛城さんはそんなことする人じゃないっスよ」
「俺はまだその人に会ってないから知らないけど、一応念のために聞くだけさ」
「…そうっスか」
その後少し会話を交わして麻倉は電話を切った。

結局、麻倉と悠樹、深穂の3人が葛城 舜の事情聴取に立ち会うことになった。
「えっと、葛城さん」事情聴取をするのはやはり黛である。「あなたは、幣原さんのリゾート計画に反対の署名を幣原さんの所へ送りつけたそうですが」
「ああ。リゾート開発反対グループの代表やからな」
「え?葛城さんって代表だったっスか?」麻倉が言う。隣にいた羊谷が口に人差し指を立て「静かに」と注意した。
「なるほど、それじゃああなたは幣原さんに対してかなりの恨みを持っているわけですね」
「…まぁ、持っていないと言うたら嘘になるけどな」
「ちょっと待ってよ、なんでお父さんが…」言いかけた深穂を矢吹が制する。
「それでは夕べ、10時ごろあなたはどこにいましたか」深穂のことを無視するかのように続ける黛。
「10時ごろなら…家で風邪をひいて寝とったけど」
「そうよ。わたしもお母さんも一緒だったもん」深穂が言う。
「そうですか」どこか冷たい感じで言う黛。

「えぇっ?わたしやお母さんの証言じゃダメなの?!」
事情聴取を終えた葛城と深穂、悠樹、そして篁達4人は今城荘に帰っていた。
「ああ、身内の証言はかばっているかもしれないということで参考程度にしかならないんだよ」と篁。
「でも葛城さんは夕べ風邪引いてたっスよ。そんな人が幣原さんを殴り殺したりなんてできないっスよ」
「そりゃ俺だって疑いたくねぇけどさ」羊谷が言う。「あ、それじゃ葛城さん、他に幣原さんを恨んでたような人っているさ?」
「そんなこと言われてもなぁ…この島の住人は村長を含めてほとんどそうだし」
「村長も?」
「ああ、箭内村長はこの島で生まれ育ったらしいからな、幣原の事業への反対意欲はもしかしたらこの島で一番強いかもしれへんな」と葛城。
「ま、黛サンは明日島中の人間に聞き込みするつもりらしいから、多分箭内サンにも事情聴取すると思うで」矢吹が言う。
「……」黙り込む悠樹。
「悠樹君?」麻倉が悠樹の顔を覗き込んで言う。「なんか顔色悪いっスけど…?」
「いや、別に何でもないです…」
何でもないような顔じゃないのに…と麻倉は思ったが、それ以上は言わなかった。

葛城と深穂は帰り、5人は今城荘に帰ってきた。既に千尋と珠代は食事の準備を済ませ、つかさや麻生夫妻、新発田も箸を持ったまま待っていた。
「遅かったのね、みんな」つかさが待ち疲れたといった表情で言う。
「悪ぃ悪ぃ、ちょっと色々慌しくなっちまってさ」
「あ、もうご飯できてるっスね」
「あれ?母さん、こんな綺麗な飾り切りできましたっけ?」悠樹が尋ねる。
「あぁ、千尋ちゃんが手伝ってくれたのよ。彼女すごく料理上手だから」と珠代。
「へぇ…、そういえば俺も千尋の料理って食べたことないなぁ」烈馬が言う。
「それじゃ遠慮なくいただくとすっか」席に着こうとする篁。
「こらこら、食事の前には手を洗いなさい」笑いながら鈴香がツッコむ。

夜遅く。
「もしもし…、あぁ、私。…わかってるでしょうね。…そう、絶対あのことは警察に言うんじゃないわよ…。もし言ったら、あなたもどうなるか…」
電話を切った"彼女"は、傍のベッドで裸で横たわっていた男性の胸元をさすりながら言った。
「あなたも…、まぁ、あなたの場合はあなた自身の生活が危うくなるから死んでも口には出さないでしょうけどね、フフフ…」
"彼女"は男の咥(くわ)えていたタバコを灰皿に押し付けると、その唇に自らの唇を重ねた。


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