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守るべきもの


第6話 〜守り通せなかったもの〜

翌日、現場となった幣原 衛一の別荘の書斎に事件の関係者が集められた。
「なんで私たちがこんな所に呼び出されなくちゃいけないんですの?」千種が犬塚に尋ねる。
「まぁまぁ…」千種をなだめるように言う犬塚。
ちなみに他には葛城 舜と深穂(鼎はまだ風邪をひいている)、今城 珠代と正純と悠樹、新発田駐在、そして村長の箭内 宗之と秘書の久世 里律子が呼ばれていた。
「お待たせしました」書斎に篁達と黛が入ってきた。
「篁くん?一体何の用なの?」珠代が訊く。
「実は、この島で起こった連続殺傷事件の真相が分かったんです」
「な、何だって?!」一同は驚きの表情を見せた。
「ほ、本当なの?」と里律子。
「ええ…」篁は続ける。「まず、昨日今城荘の宿泊客である麻生 拓巳さんが殴り倒された事件から…」
「はっきり犯人の名前から言ったほうがいいさね」予め打ち合わせておいた段取りどおり言う羊谷。「麻生さんを殴ったのは、幣原リゾート開発の副社長の犬塚サン、あんたさ」
「えっ?!」その場にいた全員が犬塚のほうを見た。犬塚の額からは早くも脂汗が滲んできた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」と千種。「なんで犬塚さんがその麻生って人を殴らなくちゃいけないんですの?」
「それは千種さん、あなたも知ってるはずっスよ」麻倉の言葉に一瞬表情を曇らせる千種。「それと、今城先生も」
「…ど、どういうことかい?」今城は戸惑ったような表情で訊く。
「今城先生が最初にここに来た時、"千種さんはいないんですか?"って訊いてたっスよね。幣原社長や千種さんがこの島の住民だというのならまだしも、時々来るだけのような人の奥さんの名前なんて、よっぽどの関係じゃないと知ってるはずないっス」
「つまりや」ここで麻倉から矢吹に交代する。「今城サンが毎晩のように逢ってた浮気相手っちゅうのは千種サンやったっちゅうこっちゃ」
「な…」珠代は驚きで言葉を失った。
「せやろ?今城サン」
「…そうだよ」今城はゆっくりと口を開いた。「私と千種さんは…」
「だから何だって言うの?」今城の言葉を遮るように千種が言う。「だからって何で犬塚さんが人を殴る必要があるのかしら」
「…恐らく」篁が言う。「幣原氏が殺された夜もあなた達は逢っていたんでしょう。その時犬塚さんが車で千種さんを送ってたんだと思います。でもそのことを警察に話せばアリバイは確定するが周囲の評判などが気まずくなるから、3人で口裏を合わせていたんだ。そして昨日、犬塚さんの虚偽のアリバイが発覚したことから、3人でもう一度打ち合わせをして居たんでしょう。きっとあの診療所で。そしてその打ち合わせを終えた犬塚さんが外に出ると、たまたまそこに麻生さんがいて、犬塚さんの顔を見てしまったんだ。彼が警察にその光景を見たことを証言してしまえば、3人の関係がバレてしまう、そう思った犬塚さんはとっさに彼を…」
「そ、そんな思い付きだけで言わないでもらいたいですわ」千種が反論する。「証拠はあるの?証拠は」
「勿論ですよ」千種は声のしたほうを向いた。そこには、鈴香に付き添われて書斎に入ってきた拓巳の姿があった。
「ウソ…そんな…」
「そういうことさ。拓巳さんは死ぬどころか軽いケガで済んでいて、昨夜遅く意識が戻ったのさ。彼はちゃんと犬塚サンが診療所から出てきたことも、彼に殴られたことも覚えているさ」羊谷が言う。「つまり、彼は正真正銘の生き証人さ」
「ちっ…」舌打ちをする千種。「認めればいいんでしょ、認めれば」
「それじゃあまさか、あんたが旦那に浮気がバレるのを恐れて彼を…?」と葛城。
「じょっ、冗談じゃないわ!私にはれっきとしたアリバイが…」
「そう、千種さんたちにはアリバイがあることになった…」と篁。「つまり彼女たちは犯人ではない」
「そ、それじゃあ一体誰が…?」
「これを見てください」篁は一つの鉢植えを取り出した。
「…鈴蘭?」深穂が言う。
「ええ。これはこの部屋に最初から置いてあった、そうですよね、千種さん」
「そ、そうだけど…」
「その鈴蘭がどうしたって言うんですか?」悠樹が訊く。
「よく見てください、この鈴蘭の花、ちょっと潰れているでしょう」一同は鉢植えを覗き込んだ。
「あぁ、確かに潰れとるな」と葛城。
「これ、なんで潰れてるか大体予想がつくでしょう?」篁は少し勿体ぶらせて言った。「これは、犯人が自ら踏んでしまったんです」
「そ、それじゃあまさか…」
「ええ。昨夜、新発田駐在に調べてもらいました。ここにいる皆さんの自転車や車のペダルをね。そうしたら、たった一人、車のペダルからこの鈴蘭の花粉が検出された人がいましたよ」
「だ、誰、それ…?」
「それは…」篁は"その人物"の方に向き直って言った。「箭内村長、あなたです」
「な…?!」一同は信じられないといった表情で箭内の方を向いた。箭内は黙ったままそこに立ち尽くしていた。
「そ、そんなわけあるはずないじゃないですか!」箭内の隣にいた里律子が強く言った。「そ、村長が人殺しなんて…鈴蘭なんてどこにでもある花でしょう?それに、村長にはアリバイが…」
「そのアリバイトリックなら、もう見破ったさ」羊谷が里律子の言葉を消すように冷静に言った。
「え…?」
「最初っからおかしいとは思ってたさ。落ちて止まった置時計に気づいているはずの犯人が、それを置いたままにしておくのは事件の起きた時刻を正確に警察に教える為だからさね」
「そう、これは事件が"10時4分"に起きたという正確な事実が前提になってるっス」と麻倉。「その方が、より正確なアリバイになるっスから」
「だから、村長はその10時4分には私と一緒にいたって…」
「その時間、何で確かめたっスか?」
「な、何でって、私の腕時計とか、部屋においてある時計とか…」言いながら里律子も"真相"に気づき始めた。「まさか…?」
「そう」篁が言う。「あなたがつい眠ってしまって目覚めた時間は本当は"9時50分"じゃなかったんですよ。睡眠薬入りのコーヒーであなたが眠らされている間、箭内村長は里律子さんの腕時計を含む部屋中の全ての時計の時間を1時間ほど遅らせたんです。つまり、里律子さんが起きた時間は、とっくに犯行が終わった後の10時50分頃だったってわけです」
「そ、そんな…」里律子は信じられないといった表情で箭内を見た。「で、でも、今は私の時計ちゃんと時間あってますよ?」
「それは、あなたが寝たという"12時頃"――まぁ正確には1時頃ですが――に、こっそりと腕時計も部屋中の時計も元に戻したからですよ。あなたの中での時間はその2時間ちょっとだけ狂わされていたということです」
「う、ウソ…ウソですよね、村長…?」里律子は箭内のほうをすがるような視線で見た。
「確かに、」矢吹が言う。「今の時点では確実な物的証拠はないし、あの鈴蘭だってここの鈴蘭と同じ物だって証明するのも無理やと思う。せやけど村長、あなたをずっと信じていた里律子さんのためにも、本当のことを話してくれへんやろか…?あなたを信頼している、この島民のためにも…」
箭内は顔を上げた。そこには今城一家や葛城一家といった島民がいる。自分のことを無実だとずっと信じてくれていた里律子もいる。彼は、心を決めた。
「…私が、やりました」
「村長…」里律子は切なそうな表情だが、その中に若干の安堵感を含んでいるようにも見えた。
「すまないね里律子さん、トリックに利用したりして…」
「でもどうして村長が…?」葛城が訊く。
「…私は、どうしても許せなかったんだよ、あの鬼のような心を持った、私利私欲を満たす事しか考えない男がね」箭内は窓から海を見ながら言う。「あの男は、私の目の前に多額の札束を積んで言ったんだ。"この島を私に委ねてみないか"とね…。この島で生まれ、この島で育ってきた私には、ここは何も飾らなくても美しい場所だということを知っているのに、突然やってきたこの男は何も知らずに金でこの島を買って、この島の自然を壊そうとしている…そう思うと、まるでこの島の美しさそのものを侮辱されたような気がしてね…。この男はどんな手を使ってでもこの島を手に入れようとするだろう、だから私もどんな手を使ってでもこの島を守る、そう心に決めたんですよ。譬(たと)え、どんな手を使ってでもね…」

そして、箭内 宗之は広島県警に連行されていった。
こうして篁達の5連休は終ったのである。


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