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あいのうた

セレナーデ

目が覚めたのは夜の10時ごろ。あのまま、私は眠っていた。…夢を見ていた。でも、その夢の中に疾風は出てこなくて、なぜかそれが嬉しかった。私は何の気なしに、ふと横を見る。
「…!?お姉ちゃん…!!?」
「あ、起きた〜、みひろちゃん?」
そこでは、お姉ちゃんが私の椅子に座っていた。口元にはムカつくぐらい、優しい笑みを浮かべている。服装は、今日のお昼…疾風といたときの服と同じだった。
「みひろちゃん、ご飯、まだでしょ?作ってあげようか?」

その言葉で…私の心の中にある何かが…。
大きな音を立てて、バクハツした。

「…いらない」
「えっ?でも、食べないとお腹…」
「いらないって言ってるでしょ!!?お腹がすいたら自分で何か作るよ!!!お姉ちゃんが作ったものなんていらない!!!出てってよ!!!!」
私は布団の中にもぐりこむ。いつもより暑い。
「みひろちゃん…怒ってる?」
受け答えするのも面倒だった。でも、一応返事はしてあげる。
「…怒ってるに決まってるよ」
「どうして?」
そう言ってお姉ちゃんは、布団の上から私の体に寄り添ってきた。抱かれるような感じで…暑いし、それより何より、その無理やりの優しさがムカついた。
「お姉ちゃん、そんな事も分からないの!!?とぼけないでよ!!!」
「えっ…?みひろちゃん、ごめん…何の話?」
「もういいよ、お姉ちゃん!!!さっさと疾風と2人で幸せになりなよ!!!私のことなんて放っといて!!!」
お姉ちゃんの体が離れる。お姉ちゃんはそのまま、何も言わずに出て行ったみたいだった。私は思わずため息をついて、それから…泣こうとした。でも、泣けなかった。…思い出すのは、疾風の顔だけ。でも、これからは…その疾風に、頼れない。泣きたいのに泣けない自分が、情けなかった。そのままの気持ちで、私は眠った。
夜中の3時ごろに目が覚めた私は、それからお風呂に入って、コンビニにお菓子と飲み物を買いにいった。…結局、水曜日は一日中、自分の部屋を出なかった。お姉ちゃんはもちろん、ママも追い返した。疾風からの電話もとらなかったし、疾風からのメールも読みさえしなかった。食事はお菓子で済ませて、トイレやお風呂の時だけ部屋から出て、あとはずっと、部屋で…。

ずっと、泣いていた。…自分だけを想って…。

その次の日のことだった。昨日の深夜に買いに行ったお菓子とかは、まだ半分以上残ってる。もう1日くらい、部屋から出なくていいや…そう思っていた。私なんて…私くらい、このまま消えてもいいよね…。何で私はあそこで、あの家で、みんなと同じように…。そんなバカなことまで、頭をよぎるようになっていた。
その時、不意に私の部屋をノックする音がした。時刻は…午前10時をちょっぴり過ぎた頃だった。
「みひろちゃん、ハヤ君だよ〜」
疾風…。でも、ダメ…疾風のことはもう、信じられない…。私はお姉ちゃんに冷たく言い放つ。
「帰ってもらって」
お姉ちゃんが階段を数段下りる音。そう、それで、いいよ…と私は思っていた。でも、階下から聞こえてきたお姉ちゃんの言葉に、私は飛び上がってしまった。
「ハヤ君、みひろちゃんが、慰めてほしいって〜」
な…!!?何考えてるの、お姉ちゃんのバカ!!私が考える間もなく、階段を上ってくる音がする。そして、扉をノックする音。
「美寛?」
「…帰って」
「入っていい?」
「聞こえなかったの?帰ってよ!!疾風の顔なんて、もう見たくない!!!」
私の部屋の扉が、勝手に開く。そこからは、いつもの疾風の顔が見える。
「バカ!!!入ってこないで、って言ったの聞こえなかったの!!?」
「美寛…どうして、こんな事してるの?なんで、そんなに怒って…」

パン!!!

疾風の言葉は続かなかった。…私が、疾風の頬を、思いっきりビンタしたから…。疾風は叩かれた左の頬を手で押さえて、私のほうに目を向ける。
「美寛!?どうして…」
「ふんだ、疾風もそうやってとぼけるんだね!!?いいよいいよ、疾風ってそういう人だったんだね!!!いいよ、私、もう十分、分かったから!!!疾風、私のこと嫌いなんでしょ!!?」
「…ちょっと、美寛…!なんで、いきなりそんな話になるの…?」
疾風は言いながら、ちょっぴり私に近づいた。そして両手を差し出すけど、当然私は、いつもみたいにそこに飛びつくなんて事はしない。代わりに、サンザン罵る。今こそ…私の中の何かが、切れていた。ああ、この感じ…そうだ、あの時と同じだ…。私は今更、この前の日曜日の早朝にハデにやった疾風との会話を思い出していた。…疾風、あの時私に言ってくれたじゃない…あの言葉も、態度も、涙も…全部、全部ウソだったのね……。
「なんで、ですって!!?…疾風のこと、ホントに見損なった」
「ちょっと、美寛!」
「…もう知らないよ!!もういいよ、疾風はお姉ちゃんと勝手に幸せになれば?そうだよね、お姉ちゃんのほうが美人だし、何でも出来るし、いいに決まってるよね!!気付かない私がバカだったの!!そう…疾風にとって、私との付き合いなんて遊びだったんでしょ!!?私なんて、お姉ちゃんと付き合うための踏み台だったんでしょ!!!?私が今すぐこの世からいなくなったって、別に関係ないんでしょ!!!?」
気がつくと、部屋の入り口のところにお姉ちゃんが立っていた。私の怒りはお姉ちゃんにも向く。
「お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ!!!そうやって私と疾風のこと応援してる振りして、ホントは疾風と裏で通じ合って、私を見て遊んでたんでしょ!!!?2人ともサイアクだよ!!!!」
「えっ?ねえ、みひろちゃん…?」
「近寄らないでよ、お姉ちゃんのバカっ!!!!」

パン!!!

部屋に入ってきたお姉ちゃんの頬を、私は思いっきりビンタした。お姉ちゃんは床に倒れこむ。私は倒れこんだお姉ちゃんに、1発蹴りを入れようとして近づいていく。
その時…私の体は、ふと懐かしい気持ちに包まれた。でも、それも一瞬のこと。すぐに、私の怒りがそんな気持ちを覆い隠す。
「…ちょっと疾風、離してよ!!!今更私のことを抱いてくれて、『好きだよ』とか何とか言われたってもう遅いの!!!離して!!!!」
私は疾風の腕の中でもがく。お姉ちゃんは、起き上がって不安そうな顔をしていた。疾風の表情は…いつもと変わらない。でも、ちょっぴり怒ってるみたい。
「疾風…怒ってるのね!?ふんだ、私よりも、今殴られたお姉ちゃんのほうが心配なんでしょ!!?」
「ねえ、美寛…お願いだから、落ち着いて…」
疾風の腕の力が強くなる。私はほとんど、もがく事ができなくなっていた。私はしょうがなく、疾風のいう事を聞いてあげる。
「ふん、分かったわよ、疾風…言い訳があるなら聞いてあげる」
「言い訳の前に、1つ質問。…あのさ、美寛?どうして美寛は、俺と…その、雅さんが付き合ってる、なんて思ったわけ?」
「…へ〜、本気でとぼけ通すつもりなんだね。いいよ、分かった。…疾風、離して」
疾風は何も言わずに、抱いていた腕を緩めてくれた。私はベッドのところにおいてあった、ケータイを手にする。そして、フユに送ってもらった写メと、自分で撮った写メを見せ付けた。
「じゃあ聞くけど、これは何?どういう事?」
2人は私の持っていた画像に釘付けになる。お姉ちゃんの口から、思わず声が漏れていた。
「…えっ?これ…」
疾風も、驚いた顔になっている。疾風は、すぐに私のほうに目を向けた。
「…これ、美寛が撮ったの?」
「うん、そうよ。最初の一枚は友達にもらったやつだけど、残りは全部そう。…疾風とお姉ちゃんが火曜日の午後、何してたか、私全部知ってるんだから」
疾風はそこで、何かに気付いたような顔を見せた。
「ってことは…もしかして、あの白い帽子をかぶって、黄色いシャツを着てたの…」
「何だ、知ってたの?完璧に尾行したつもりだったんだけどな」
「そういう事か…」
疾風は私にケータイを返してくれる。そして次の瞬間。


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