ほしのうた
四番星
実玖が出て行った後、私はまた少し横になっていた。やった、今日の肝試しは疾風と一緒だ…!それを考えただけでちょっぴり夜が待ち遠しくて、心が弾んでいた。その時、また扉をノックする音が聞こえた。
「美寛ちゃん…いいかな?」
恋奈だった。今は眼鏡をかけていない彼女は、かなり可愛かった。何て言うのかな…大和撫子的な感じ。彼女は半袖のブラウスに着替えていた。きっと肌が焼けるから、屋外では長袖を着ていたんだろう。私だって結構そうしてる。今日は5月にしては陽射しの強い日だし。
「うん、いいよ。…えっと、他の人たちは?」
「残りの5人は釣りに行ったの。でも、私は…あまり、好きじゃなくて」
恋奈は部屋にあった椅子(あ、この部屋は客間なんだって)に腰を下ろした。座るところにまで、恋奈の黒い髪が届いている。私もまた起き上がって、ベッドに座りなおす。
「うん、私も…。それに、まだ…ちょっぴり、クラクラするし…」
「船酔い、大変だね。私もそうだったの。ねぇ、みんなには慣れた?」
「え?あ…うん、星降高校の人たち、ってことだよね?それは全然大丈夫。みんな親しみやすかったよ」
「そっか、よかった…」
そうだ、この機会に他の3人のことを聞いておいてみようかな。
「ね、恋奈ちゃんから見てあの3人…実玖と璃衣愛と夏一って、どんな感じ?」
私がきくと、恋奈は左手を口元に持ってきて考える仕草をする。なんか、上品だなぁ。
「う〜ん…一番分かりやすいのは夏一くんかな。彼は、全然裏表がないの。あの通り、だと思う。璃衣愛ちゃんは少し素直じゃないっていうか…本当はすごく優しいんだけど、それを素直に表現しないの。本当はシャイなのかも。実玖はね…いちばん分からないの。ほら、すぐに私には分からない話を始めるし。でも、あれは…きっと本当の自分を分かられたくないからだと思う」
「え?分かられたくない?」
「うん…実玖は、その…演じ分けるっていうのかな、それがすごく上手なの。誰といる時はこのモードっていうのが一人ずつ決まっていて。本人は『ホントのウチなんて忘れましたから』って言うけど、きっと誰より実玖がしっかりと覚えていると思う。そして、それを隠すためにペルソナ…分かる?仮面のこと…を使い分けていると思うの」
そう言う恋奈を、私は改めて見つめた。不意に、ある疑問が沸き起こってくる。
「ねぇ…失礼かもしれないけどさ、恋奈って、本当に…星降村の子?」
恋奈は私を見つめた。彼女の大きな二重の目が魅力的だった。
「やっぱり、分かる?違うよ、生まれはT県」
「T県…え、すごい都会じゃない!」
「そう…だね。このあたりからしてみれば、ものすごく都会。中学校の時に、星降村に来たの」
「そっか…じゃあさ、退屈じゃない?都会に比べて」
私はふと思ったことを口にする。すると、恋奈は俯いてしまった。
「うん…ある意味では、退屈。でも、全然退屈はしないし、それに…気楽だよ」
「え?気楽?」
「うん。この話は、村の子にはした事がないけどね…」
恋奈はまた私を見つめた。その目は、今までの恋奈の目じゃない。真剣な目だ…。
「私、逃げ出したの。それで、ここにいる」
「…逃げ出した?」
「そう。簡単に言うと、お医者さんに…転地療養、っていうのかな…した方がいいよ、って言われて。…それで、家族そろって星降村に引っ越してきたの。都会にいた時、私、いつも考えていたの。みんなが、時間に追われて生きてる。都会のほとんどの子供は、よくわからない将来のために塾にいかされる。大人はあくせく働くだけで、やっぱり本当に大切なものが分からない。私、お金や権力がそんなに大事だとは思えないの。そんなものより大事なものが、きっとあると思う。ニュースで『格差社会』なんて言うけど、それを超えているような気がするの。…つまり、みんなが抑圧されている。すべて政府と社会と教育のせいにして、ほとんどの人が自分のことしか見ていない。生きがいも何もない。…そんな場所、どうしてもいたくなくて、怖くなって…逃げ出したの」
なんだか、難しくて、抽象的で、とらえどころのない話…。でも、何が言いたいのかは分かる気がする。そうか、だから恋奈は…交換留学に、応募しなかったんだ…。
「そっか…逃げるって、そういう事…」
逃げることは、必ずしもマイナスの言葉じゃない。それは、疾風も言ってた気がする。
「ごめんね、こんな難しい話…でも、たまにだけど、どうしても考えるの…ねぇ、美寛ちゃん?」
「ん?な〜に?」
努めて明るく振舞おうとする。なんか、私も難しい顔になった気がしていたから。
「美寛ちゃんにとって、一番大事なものって…何?」
こう答えると絶対からかわれるけど、それが私の答えなんだからしょうがない。素直に答えた。
「その、疾風との……愛」
恋奈はクスクス笑い出した。もぉ、だから言いたくなかったのに…。
「うん…そうだよね。私もきっと、それが正解の1つだと思う。笑ってごめんね?」
恋奈が心から笑っているのを見たのは、初めてだった。