ほしのうた
八番星
11時ごろになって、私たちはみんなで南の岩場に出かけた。岩場は東にある星降山の下あたりから、島の南部全域に広がっている。だから船がつけられなかったのね。岩場のせいで、ここからは対岸の星降村はもちろん、夢幻島や海さえも見えない。岩肌の途切れた草むらの辺りに、私たちは分担して持ってきた荷物を置いた。とりあえず昼までは、休憩みたい。5月の太陽は柔らかい日差しを私たちに投げかけてくれる。まぶしくも無くて、日光浴にはちょうどいい。猫みたいにのんびり、過ごそうかな…。しばらく私は木にもたれて、岩場と太陽を眺めながらのんびりしていた。璃衣愛に貸してもらった麦藁帽子が、自分でもなんだか似合っている気がする。きっと5月にしては珍しい、そんな陽気なんだ。夏一は泳ぎ始めたらしい。巣高さんと恋奈が、私の近くで何か話している。ぼんやり聞いていると、どうも絵のことらしい。きっとリビングに飾っていたあの絵だ。
「流星雨の絵が、やっぱり私は一番好きです」
「そうか、ありがとう。あれはセラピム座流星群を描いた絵でね…」
滔滔と続く巣高さんの説明を聞きながら、私は昨日のことを考える。緑色の光…あれは、絶対ヘビなんかじゃない。誰かのイタズラだ。でも…そうだ、何のために?真っ先に考えられるのは、私を驚かすため。そうなると絶対怪しいのは璃衣愛だ。私の怖がる様子を見て面白がるような人は、璃衣愛しかいないもの。でも、やっぱり…そもそもあれは、何だったんだろう?緑色に光るからには、現実的には蛍光塗料だよね。緑色の蛍光塗料を紐か何かにつけて、動かせばいいんだから。でも…あのクネクネした小刻みな動きが問題だ。あんな動きをさせるからには、その人は階段にいなくちゃいけない。でも、みんな頂上にいた。…まさか、全員がグル?そんなわけはないよね…。
あれ?そういえば、他の3人は?立ち上がって辺りを見回すと、実玖はすぐにいた。岩場の上に座って海を眺めているみたい。なんか、絵になるなぁ。それで、残りの2人は…。
「ねぇねぇ、疾風クン!あっちに行こう?」
ふと遠くからそんな声が聞こえてくる。璃衣愛の声だ…!私は日光浴をすぐにやめて、璃衣愛と疾風に近づく。2人は岩壁の間に出来た、小さな穴の前に立っていた。
「ほら、この穴をのぞくと夢幻島が見えるでしょ?いい眺めでしょ〜」
璃衣愛は、穴から海の景色を見ている疾風の右手を握ろうとしている。…そんなのダメ!私は2人の間に割り込む。
「…ちょっと、何するのよ、美寛!」
「何するのよ、はこっちのセリフ!」
睨みあう私と璃衣愛。疾風は私たちのほうを見ていない。きっと怖くて私たちのほうを見れないんだ。2人の間には黄色い火花が散ってる。私は初めて、「一触即発」という言葉を理解した。…その時。
「S'il vous plait?」
いきなり聞きなれない言葉が飛び込んでくる。私と璃衣愛が驚いて横を見ると、そこには笑顔の実玖がいた。
「Mademoiselle Mieru et Mademoiselle Kyoko, il ne faut pas se moquer mutuellement. Si vous se etes mettre en colere, vous perdrez votre beaute.Vous ne le pensez pas?」(編者注:正式なフランス語表記は一般のブラウザでは表示されないので、一部近い文字を代用しています)
な、何て言ったの…?まさか、フランス語!?これには疾風も驚いて振り返っていた。私に聞こえた単語は、璃衣愛に向けられた「Mieru」と私に向けられた「Kyoko」の2つだけ。でも、その2人の名前だけでピンときた。きっと疾風が「Kyosuke」ね。
「奪い合うな、って言いたいんでしょ」
思わず実玖に右フックか左アッパーでもくりだそうかしら、なんてことも考える。でも…残念ながら、かな?…手近なところにボクシングのグローブは無い。実玖は笑顔で続ける。
「まあ…大筋では、そうですね。あ、細かい文法には目をつぶってくださいよ?」
そんなの、単語さえろくに聞き取れない私たちには最初から関係ない。
「あのさ、実玖?ちょっと聞きたいんだけどさ」
璃衣愛が実玖に一歩近づく。
「実玖は、私と美寛、どっちが疾風クンとお似合いだと思う?」
そんなの、実玖のたとえを聞けば、聞くまでも無いじゃない。
「ウチに聞いても意味がないですよ。…それより璃衣愛ちゃん、お昼の準備を手伝ってもらえません?」
「あ、何それ!疾風クンといるのは美寛のほうがお似合いだって言いたいの!?」
だから〜、実玖はさっきからそう言ってるでしょ?
「う〜ん…疾風さんの話はともかく、ウチは璃衣愛ちゃんと一緒にいるほうが嬉しいです。…一緒に行きましょう?」
そう言うとすぐに、実玖は璃衣愛の手をとって無理やり歩き出した。璃衣愛は私のことを睨んできたけど、意外におとなしく実玖と一緒に行ってしまった。…私の勝手な解釈では、きっと疾風の前だから。
「ふ〜ん…実玖ってば、分かってるよね」
私は疾風の手を握る。疾風の視線は、お昼ご飯の準備に向かう2人に注がれていた。
「…そう思った?」
「え?だって、私のほうが絶対疾風とお似合いでしょ?」
すると、疾風は優しく私の頭を撫でる。そして、ちょっぴり体を脇にずらした。きっと、岩壁に開いた穴の外の景色を私と一緒に見せてくれるため。私は、疾風が空けてくれたスペースにそっと滑り込む。
「そこはともかく、ね…。俺が言いたかったのはそこじゃないよ」
「ん?じゃあ、実玖の何を不思議に思ったの?」
私は穴の外の景色に一度目をやる。穴自体は全然大きくなくて、普通の人の顔よりちょっぴり小さいくらい。でも、そこに見える景色は絵みたいに綺麗。穏やかな水面には太陽の光が反射している。日差しがちょっぴりまぶしい。奥に見えるのは夢幻島。この穴から見ると、けっこう大きくはっきりと見える。まるで、自然の望遠鏡みたい。
「実玖が璃衣愛を引っ張っていった意味」
私は疾風のほうに向き直った。
「だからぁ、それは私と疾風が2人きりになれるように…」
「それ以外にもあると思うよ」
その言葉に、私はふと疾風のほうを見る。
「え?それ以外の理由?」
「実玖ってさ、意外と打算的だと思わない?」
…まぁ、確かに。そんな気がする。疾風は言葉を続ける。
「さっきの実玖の言葉、よく考えると何か変だよな。実玖、ゲームや推理小説の話を、自分と同じレベルで出来る人がいないって言ってただろ?だから、俺や美寛が来たことを、実玖は本当に喜んでた」
「うん、そうだよね。最初にあった日とか、すっごく嬉しそうだったもん」
ここで疾風は、私のほうを見てくれる。疾風の前髪が潮風に揺れている。
「だったら、なんでさっき実玖は璃衣愛と一緒の方が嬉しいって言ったんだ?友達というか…話し相手としては美寛のほうが、実玖にとっては絶対嬉しいはずじゃない」
「え、だってさ、それは…」
そこまできて、不意に私の口が動かなくなる。そうか、実玖…。
「美寛も分かったでしょ?」
私は頷いた。実玖は…璃衣愛のことが、好きなんだ…。