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そらのうた


第三部

「べつに人を殺してもかまわない。きみの言うとおりだよ」

殊能将之 『ハサミ男』より


第十二羽

時刻は夜の8時。先ほど警察から連絡があって、10時過ぎにはそちらの島に到着できるだろう、とのことだった。私たちが集まっているのは、教授の家の居間。全員を集めようとしたが、そこには2人の姿が無い。1人は翔くん(鷲戸さんによれば、疲れてもう眠ってしまったらしい)、そしてもう1人は…教授。それ以外は全員がここにいる。
円さんは上座に、俯いたまま座っている。その隣に座っている川内さんは、対照的にしっかりと前を見ていた。入り口の扉には城之内先生がもたれかかっている。鷲戸さんは床にどっかと座っていた。由里さんはさっきからずっと不安そうな表情を浮かべている。お姉ちゃんは疾風の話を楽しみに待っている感じ。谷在家さんはこの中で一番イライラしているようだった。そして私は…疾風の隣に立っている。私は疾風の顔を覗き込んだ。疾風の顔からは…何の表情も読み取れない。
「さて…」
私は思わず笑う。「さて…」から話を始めるのは名探偵の鉄則なの。その落ち着きぶりに対してなのか、谷在家さんがいきなりかみついた。
「おい、月倉!本当に犯人が分かったんだろうな!」
「ええ、分かりました」
「だったら早く話してみろ」
鷲戸さんが端的に言う。疾風は頷いた。
「では始めましょうか。まず、一部の皆さんには隠していた事実を、正確にここで言っておきます。…今朝、城之内先生は精神的なショックを考慮して話されなかったことです。先生、話して構いませんね?」
「ああ、いいだろう。しかし皆、倒れるんじゃないぞ」
先生は冗談めかして言う。
「では、説明しておきます。まず、一番つらい話からしておきますが…教授の死体には、腕がありませんでした」
谷在家さんや由里さんやお姉ちゃんから、声にならないうめき声が漏れる。
「大丈夫ですか?これ以上えぐい話はしばらくないですから、落ち着いてください。部屋にはラベンダーの香りが充満していて、例のハッチが降りて鍵がかかっていました。この鍵は室内で15パズルを解けば開錠できるという変わった鍵で、この家にあるカードキーを使わないと外からは開けられず、また一方でこの鍵を使って外から閉めることはできない。一方通行なんですね。ベランダの鍵や風呂場の窓は開いており、そしてここからが奇妙なんですが…部屋から家電のコードとバスタオルがなくなっていた」
「コードとバスタオル?」
川内さんが頓狂な声を上げる。でもこれは当然だ。
「ええ。以上が現場の状況です」
「で…月倉君は、これから犯人が誰か、分かると言うの?」
由里さんが不安そうに尋ねる。
「ええ。…消去法で」
消去法?私は首をかしげた。
「いいですか。これからが犯人は誰かを限定する推理です。まず…最初の消去条件。それは、犯人があの夜、教授のいる離れに1人でいけたかどうか、です」
「はあ?」
谷在家さんが思いっきり声を上げた。
「バカか、お前。そんなの誰でもいけるじゃねえか」
「もちろん、ただ歩いていくだけなら誰にでもできますよ。高所恐怖症の人間は…この中にはいないようですしね。でも、心理的に教授の離れまで行くことが出来ない人間がいる。それが…」
疾風はスッと、ある一人の人物を指差した。
「城之内先生、あなたです」
「ほう?」
先生は眉を吊り上げる。内心では自分が真っ先に容疑者から外れたことにほっとしているだろう。
「どうして?」
「雅さん、こういう事です。城之内先生は子鷲島の出身で、今でもこの島に伝わる大鷲さまの伝説を信じている。この島に来てから何度も、鷲匠である鷲戸さんか翔くんがそばにいない限りは、道に出ようとしていなかった」
確かにそうだ。それは初めて先生と会っていたときに教授に向かって言っていたし、死体を見つけた直後も先生は鷲戸さんが来ているのを確認してから現場を後にした。
「つまり先生が1人で、つまり鷲匠なしで夜に外を出歩くことが出来るとは思えないんです。ここから先生が犯人であることは否定される。ちなみにこの島に生まれ育っていても、鷲匠である鷲戸さんは除外できません」
「おいおい、ちょっと待てよ!そんなの演技かもしれねぇじゃねぇか」
谷在家さんの反論に疾風は頷く。
「確かに谷在家さんの言うとおり、現時点では完全に否定は出来ないかもしれない。しかし、このあとの条件でさらに、先生に関しては否定条件が出てきます」
「ほお、そいつはありがたいね」
城之内先生はにんまりと笑った。
「次の条件にいきましょう。次は、教授の離れに入ることが出来る、です」
「はあ?」
谷在家さんがさっきと同じような声を出す。疾風は機先を制して続ける。
「こっちはさっきよりもっと明確です。明らかに教授の離れに入れない人物がいる。それが」
疾風はその人物の方を向いた。
「円さん、あなたです」
円さんに反応はない。さっきからずっと俯いたままだ。
「ああ、そういうことか」
これには谷在家さんも納得したらしい。
「そうです。円さんは電波に対するアレルギーのようなものを持っている。そのため、テレビやラジオが集中しておかれている教授の離れに入って、普通でいられるわけがない。その他の要素もありますが、円さんも同じく犯人ではありえません」
疾風はその他の要素、とぼかして言ったが、これはきっと死体を切断する体力がない、という意味も含まれているだろう。60歳をすぎた老婆には体力的に不可能だろう。
「では、次…これがかなり大きな消去条件です。それは、あの部屋が密室になっていたことから生じます」
でた、密室だ。私は疾風のほうを注視した。
「そうね、あの離れは確かに密室だった。でもそれが何か?」
「川内さん…こんな話はミステリの好きな美寛以外考えた事もないと思うんですけど…何であの離れは、密室になっていたと思います?」
「えっ?…『なぜ』密室に?」
川内さんはその言葉の意味をよく掴めなかったらしい。
「ええ。言い換えると、わざわざ密室を作る理由です。だって意味がないじゃないですか。どうせこの家のカードキーで扉を開けられるんでしょう?」
「た、確かに…」
「これについては美寛と色々検討したんですけど、結局これという答えは見つからなかった。でも、さっきその答えになりうる唯一のものが見つかりました」
「ね、疾風!それって一体…」
疾風は私にちょっぴり微笑んでみせる。

「犯人は密室を作ったんじゃない。犯人は、密室に閉じ込められたんだよ」


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