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そらのうた


第十三羽

「密室に、閉じ込められた…?」
他の人たちは皆、そろって呆然としていた。今まであまり感情を表に出さなかった鷲戸さんも、この言葉には驚いているようだった。私の頭の中では急速に、ある作家の某ミステリが頭をもたげてきた。
「ええ…。これを思いついたきっかけは、雅さんなんです。…雅さん、今日、不慮の事故で部屋に閉じ込められちゃったんですよね?」
「あ、うん」
お姉ちゃんは頷く。さすがに疾風も、閉じ込められた場所がトイレだとまでは言わない。
「それを見て、思ったんですよ。もしかしたら、犯人も閉じ込められたんじゃないかって。教授の頭部には2箇所の傷跡がありました。前と後ろです。これを考慮すると、1つ分かりやすい形が見えてくる。つまり、まず教授は不意をつかれ、後ろから犯人に殴られた。しかしこの時点で教授は死んでいません。ここで教授はソファのスイッチを押し、ハッチに鍵をかける。最後の抵抗ですね。その直後に2度目の襲撃…これで教授は命を落としました。だが、カギはかかったままだ。そこで犯人は、あのハッチを開けるのではなく、別の方法を使ってあの離れから外に出た…」
「ほう…しかし、断言できるのかね?例えば教授は前からの一撃で絶命し、後ろの一発は念のため、だったなどという可能性もあるのではないか?」
「先生、実際の現場を思い出してください。現にハッチに鍵がかかっていた。その事実を前提とした上で、無理のない解釈をしたままです。検死すれば、死後についた傷跡かどうかは識別できるのではないですか?」
「確かにそうだな」
城之内先生はあっさりと引き下がる。きっと、そこまで調べなかった自分の責任を感じているんだろう。
「しかしなぜ、犯人はそのハッチから出なかったの?」
「それはですね、川内さん、けっこう簡単な理由のはずです。…つまり、真っ先に思いつくのは、犯人がハッチの開け方を知らなかったからです。あのハッチはパズルになっている。そのことを知らないと、まず開けることはできません。逆に言えばそのことを知っていればもちろん、がんばってパズルを解いてそこから出ますよね。実際、時間は先生の死亡推定時刻を信じれば何時間もあった。あのパズルは慣れていれば数分で解けますし」
「あっ、じゃあ!」
そこで由里さんが顔を輝かせた。
「そうですね。昨日教授に実際にハッチの鍵が閉まるところを見せてもらった、俺、美寛、雅さん、谷在家さん、南さん…それからあの鍵の存在を知っていた鷲戸さん。この6人は、わざわざ他の手段を用いて部屋を出る必要はない。ゆえに除外されます」
「鷲戸さんは、どうして?」
お姉ちゃんが鷲戸さんの冷たい視線に気付かずにのんきに質問する。
「俺と美寛が死体を見つけたあとに、鷲戸さんにハッチの鍵のことを聞いたんです。そうしたら鷲戸さんは、『あのパズルは部屋の中からじゃないと解けない』といいました。この言葉から、鷲戸さんは離れの鍵が15パズルになっていることを知っていた、と言える。知らないとパズルが部屋の鍵になっているだなんて、普通は想像もつかない。それに鷲戸さんは教授がいない間、離れの掃除などをしているそうですから、知ってて当然です。ただ…」
疾風は声を低めた。
「今の条件、完璧じゃないんですよ」
「どういう意味だね?」
城之内先生が聞き返す。
「今の条件には、さらに別の条件が付加される。つまり、あの15パズルを解ける、っていうことです」
「15パズルを解ける?…それは、どういうことかしら?さっき月倉君は、慣れていれば数分であのパズルは解けると言ったじゃない。慣れていなくても1時間もあれば楽に解けるんじゃないかしら?」
川内さんが問いかける。すると疾風は、自分のポケットから何かを取り出した。
「例えば、ここに赤い紙が1枚ありますけど…」
そう言って疾風は紙を1枚見せる。でも、それはどう見ても赤い紙ではない。私が口を開く前に、疾風の鋭い声がした。
「美寛、ちょっと待って!!…谷在家さん、今どうして頷いたんですか?」
「あ?……!!」
谷在家さんは口を大きく開けたまま固まる。
「この紙、どう見たって緑の丸がところどころに描いてあるじゃないですか」
「もしかして…谷在家さん、赤緑色盲なんですね!!」
私は思わず叫んでしまった。谷在家さんは苦い顔をしている。
「赤緑色盲?」
「伴性遺伝によって男性に起こりやすい、色覚異常の1つです。具体的には、赤色と緑色の境界がわからなくなり、どちらかの色にもう一方の色が染まってしまったり、一方の色が灰色に見えてしまったりする」
赤緑色盲はミステリでは常套手段だ。でも、現実にそんな病気の人がいるとは、正直私は思っていなかった。そんな、何で気がつかなかったんだろう…。
「…いつ気付いた?」
「『鷲の血』を見たときですよ。谷在家さん、あの時『花なんてあるか?』って言いましたよね。緑色一色の草むらに赤い花が咲いていたら、普通気がつくでしょう。でも谷在家さんは気付かなかった」
確かに、そうだった…。あの時の谷在家さんは不思議そうに草むらを覗いているだけだった…。
「それで、色盲を疑いました。教授の離れの鍵となっている15パズルは、緑色のタイルに赤字で書かれていた。赤緑色盲であるあなたが、あのパズルを解けたとは思えない。カンに頼るだけでは、数時間では足りません」
そうだ、その時も谷在家さんは全く訳が分からない、というような顔をしていた。
「という事は、谷在家さんが!!?」
みんなの視線が一斉に彼に注がれる。私の頭の中には、唐突にある推理が浮かんだ。
「バカな、俺じゃない!!」
「でも、谷在家さん…そうよ、あなたはハッチの鍵を開けられなかった。だから窓から逃げたんじゃないの?コードとバスタオルを使って」
「な…何だと!?」
「コードとバスタオルを結んで、一本の大きなロープにしたのよ。それを自分の腰とお風呂場の取っ手に結び付けて、壁を伝って降りたんだわ!だって谷在家さん、ウォールクライミングが趣味なんでしょ?それくらい、簡単に出来るんじゃない?」
「バ…バカを言うな!!」
谷在家さんは疾風のほうを見る。疾風はゆっくりと、しかしはっきりと言い放った。
「ごめんなさい、谷在家さん。…美寛は思いつきで突拍子もない事を言う癖があるから…さっきの暴言は、水に流してあげてください」
私は驚いて疾風を見る。
「ええっ!?違うの!!?」
「違うも何も…あの風呂場にそんな、ロープを引っ掛けれるようなところはなかったじゃない」
私は風呂場を思い出す。そうだ、風呂場の壁は一面、平板で物を引っ掛けられるようなところは何もなかった…。
「でも、ドアノブとか!」
「あそこの風呂場は引き戸だったでしょ?」
うっ…。
「じゃあベランダは!?」
「ベランダなら確かにそういう事はできるかもね。でも美寛、考えても見ろよ。家電のコードと
バスタオルを一本につないだとして、一体どれだけの強度があると思う?」
「えっ…?」
「どう考えても、人間1人を支えられるほどの強度はない。それに万一降りられたとしても、それならロープはしっかりとベランダに繋がったままだろ。谷在家さんはあの現場に最初に踏み込んだ人間でもないんだから、それを回収する機会もない」
ううっ…ダメだ、完全に行き詰ってる。
「ごめんなさい…」
私は谷在家さんに謝罪した。
「ったく…で、月倉!次の条件は何だ!」
「もちろん、最後の条件はハッチの鍵を開けずにあの離れから出る事のできる人間は誰か、です」
「おいおい、月倉くん…君も回りくどい人間だね」
城之内先生が壁から身を起こして言う。
「今までの話を聞いていれば、まず私が違う。次に円さんが違う。それから君、雪川さん姉妹、南さん、鷲戸くんも違う。そして君の話しぶりでは谷在家くんでもなさそうだ。すると残っているのは…」
城之内先生は川内さんをじろりと見た。川内さんはキッと先生を睨み返す。疾風はひとつ息を吐いてからいう。
「そうですね、ではそろそろ犯人の名前をあげておきましょう」
そして、次の疾風の一言で、比等鷲島を流れる時間は…止まった。

「犯人は翔くんです」


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