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そらのうた


第四羽

「しばらく休憩だ。俺は物を買いに行ってくるが…何かいるものはあるか?」
鷲戸さんは降りるなりそう言う。やはりぶっきらぼうな口調だ。
「鷲戸さん、迷惑じゃなけりゃ一緒にいっていいですか?口で言うより自分の目で見たほうが早いし、買ってきたものを運ぶのには人手がいるでしょう」
谷在家さんが提案する。鷲戸さんは少々迷ってから口にした。
「…そうだな、この島なら人手がいるか。じゃあ一緒に来てくれ。他に誰か来るか?」
「私も少し島を見て歩きたいのですが」
川内さんが手を上げる。結局、この2人が鷲戸さんと買い出しに行くことになった。私は疾風のほうを見る。
「どうしたの、疾風?」
「え…いや、今の言い方、変じゃないか?」
「えっ?どこが?」
「鷲戸さん、『この島なら』人手がいる、って言っただろ?それって逆に言えば、これから俺たちが行く比等鷲島なら人手が要らないってことにならないか?向こうの方が人はいないはずなのに…」
「そういえば、そうだね。どうしてだろう…ってなんで疾風、比等鷲島のほうが人が少ないって知ってるの?」
「だって美寛でしょ?昨日、ほとんど無人島だったところに教授が家を建てたんだって言ったのは」
あ、そうだった。私はちょっぴり舌を出す。
「それにさっき教授から、この島の話や民間伝承を一通り聴いたからさ」
「あっ、民間伝承なら私も翔くんからだいたい聞いたよ!…怖いよね」
「ああ…でも教授はこの島の民間伝承は作り話じゃないかって言ってた」
「えっ?どういう事?」
そこで私は疾風から、教授の話の要約を聞かせてもらう。これが要約で本当に助かった。教授の長話を聴かずに済むんだから。
「なるほど〜。じゃ、もしかして教授が学生たちをこの島に旅行に誘ったのは、宝探しの人員確保のためだったりして!きっとこれから島中を調べるのね!」
私の言葉に、疾風がちょっぴりため息をつく。
「美寛ちゃん…何で自分の取り分を減らすような行動に出るわけ?俺が教授の立場だったら、宝を全て自分1人のものにするためにも、他の人なんて呼ぶわけがない」
「あ…そっか」
「結局、教授自体も大して信じていないって事さ」
「な〜んだ、つまんないの」
私は辺りを見回した。一面に青い海が広がっている。ちょっぴりくすんだ青。その上には、澄んだ水色の空。雲の合間を縫うように、鳥たちが飛んでいる。
「しょ〜く〜ん!」
ふと大きな声が聞こえてきた。振り向くと、小学生くらいの女の子が立っている。その子は私たちの横を通り過ぎて、翔くんの元へと一直線に駆けていった。
「やよい!」
「もう、翔くん!なんで連絡くれないのよ!!今年比等鷲島に行ってから、1回もないじゃん!!」
「あ…悪い…。あれ、使えなくなっちゃってさ」
「え〜、そうなの?ショック〜。え、じゃあ鷲は?もう懐いたの?」
「ああ、大分な。俺だってもう一人前だぜ」
「じゃあ呼んで!」
やよいと呼ばれた女の子は、上を指差す。…あ、もしかして、今宙を舞っているこの鳥たちが鷲なの?
「今は無理だよ、エサを父ちゃんが持ってるから。エサがないと鷲は呼べないんだぜ」
「何よ、翔くんってば言い訳ばっかり!!」
やよいちゃんは翔くんに背を向けて駆け出していく。
「あっ、待てよ、やよい!!」
翔くんは慌てて後を追っていった。…翔くんもまだまだ子どもなんだね。
「今の2人、ハヤ君と美寛ちゃんにそっくりだね〜」
「どっ、どこが!?」
いつのまにか私たちの近くにやってきていたお姉ちゃんの言葉に、私は思いっきり反論する。
「え〜?最後は美寛ちゃんが泣いたりすねたり怒ったりして、それをハヤ君が慰めるっていうところ」
「…確かにそうかも」
私はそうつぶやく疾風の左手をギュッと握り締める。思わず疾風のうめき声。
「ちょっと、美寛!痛いってば」
「ふ〜んだ、そういう事言う疾風が悪いんだよ」
お姉ちゃんはそれを見て微笑んだ。
「ほら、今がそうでしょ?」
えっ…。私は思わず顔を紅くする。疾風は澄ました表情に戻っていた。
「ふふ、ごめんね、もう邪魔しないからね〜」
お姉ちゃんは笑顔のままで向こうに行ってしまう。もぉ!
「ごめんね、美寛」
疾風が優しい顔で話しかけてくる。私がそれに答えようとしたその時だった。
「なあ、あんたら」
「えっ?」
そこにいたのは老婆だった。しわくちゃの顔からは、その表情はあまり読み取れない。
「あんたら、尾鷲の船で来たのかね?」
「ええ、そうですけど…」
「すると、今から比等鷲島に行く気かね!?」
老婆は語気を荒げる。私は老婆の気迫に圧倒されそうになった。
「え、ええ…」
「行くでないぞ!決して比等鷲島に行ってはならぬ!!あそこに降り立っていいのは鷲匠だけじゃ!!あんたら、あの島の由来を知らんのか!?」
「島の、由来…?」
疾風が不思議そうに尋ねる。老婆は疾風の方を見た。
「いいか、あんたら。この子鷲島は、我らの先祖が大鷲さまの生活を壊してしまった証として存在している『壊し』島じゃ。そして比等鷲島は大鷲さまによって人の命が裁かれる…」
そこまできて、私はやっと老婆のいいたいことが分かった。糸伏村と同じ発想か!
「おばあさん、それってつまり…『人は死』島ってこと!?」
疾風が驚いて私のほうを見る。一方の老婆は勝ち誇ったような表情を見せた。
「ああ、そうじゃ。よいか、決して近づいてはならぬぞ!大鷲さまのお怒りを買う!それが証拠に尾鷲の妻の病はまだ治らぬではないか!!よいか、あんたら、いずれ尾鷲にも不幸が訪れるぞ!!大鷲さまの祟りで、あの男は命を落とすことになるぞ!!体を大鷲さまに食われることになるぞ!!そしてあんたらにも…」
「鷲田のばあさん、あんた何をしとるんじゃ?」
そこに現れたのは、当の尾鷲教授本人だった。老婆は死神でも見るような目つきで教授を見る。
「ばあさん、あんた高血圧なんじゃから気をつけんと、ポックリいってしまうぞ」
「黙れ!大鷲さまを侮辱するお前に言われる筋合いなどないわ!!」
そのまま老婆は呪いの言葉を吐きながら行ってしまった。教授は私たちに言う。
「すまんね…あの鷲田のばあさんはちょっとオツムに来てしまっていてなぁ…真に受けなくていいからの」
「え、ええ…」
私も疾風も曖昧に返事をした。
「あっ、教授!こちらでしたか」
今度は由里さんがやってきた。まだちょっぴり顔色が悪い。子鷲島に着く直前にもかなり吐いていたからなぁ。というか、さっきからなんで私たちの周りにはこんなに人が寄ってくるんだろう?
「谷在家さんから連絡があって、今お店を出たから戻りしだい出発するそうです」
「おお、分かった。ありがとう」
「そういえば、教授…」
船の方に向かおうとする教授を私は呼び止めた。疾風の話の最後にちょっぴり出てきたことが気になったのだ。さきほど老婆も口にしていたし、間違いないことなのだろう。
「ん?どうしたのかね?」
「奥さん、ご病気だったんですか?」
私は船内の鷲戸さんの言葉を思い出す。あの「先生」って、医者のことだったんだ。
「ああ…そうじゃ。以前から喘息に似た症状が出ていたんじゃが、しかし喘息ではないようなので不思議がっていたんじゃがね…」
教授は俯く。
「最近やっと、何が原因か分かってな。どうも、電波に反応するアレルギーらしいんじゃ」
「電波?」
「そう。私にも詳しいことはよく分からんのだがね、テレビやラジオ、電柱などからも発される微量の電波に、体が異常に反応してしまうらしい。おお、そうじゃ、そういうわけだから円の傍に寄るときは、携帯電話などは持たないように頼むよ」
そうか、それでほぼ無人島のような島で生活しているというわけか。
「それはつらいですね…」
「ああ…そのため人と会う機会も少なくて、塞ぎこみがちでの…。しかし、円もこれだけ多くの人が来てくれれば、きっと元気になってくれるじゃろうて」
教授は力なく微笑んだ。そしてふと後ろに視線をやる。
「…おっと、あれは鷲戸君たちだな。そろそろ出発するぞ」


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