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共犯者


第3話 進展
「え?依子さんを殺したトリックが判っただって?!」 羊谷刑事は、祥一郎の言葉に愕(おどろ)いて言った。
「ええ、凡(すべ)てはっきりと」
「本当さ?」
「ああ」祥一郎は窓に近づいて言った。「いたってシンプルなトリックだよ」
「篁君、頼まれてたの出来たっスよー」知之が何かを持って部屋に入ってきた。ちなみに知之は自分の兄のことを人前では"兄さん"とは呼ばない。
「おっ、サンキュ」
「…って、それ一体何やねん」烈馬は知之の持ってきた"それ"を指差して言った。「ただの牛乳パックやんか」
「コイツに頼んで作ってもらったんだよ。この部屋の模型ってトコだな」
「模型?これがですか?」と勝呂。
「ま、確かにこれじゃただの四角い穴の開いた牛乳パックだけど、一応これを窓と見立てておいてくれよ」
「まぁいいけどさ」
「まず犯人は、梯子(はしご)でも使ってこの3階の窓の近くまでやって来た。で、この鉤(かぎ)(に見立てた小さ目の釘)を窓の4つの角(かど)の辺りに取り付けたんだ」そう言うと祥一郎は、模型の窓の四隅辺りに釘を取り付けた。 「これが何だって言うんだ?」
「まぁ見てなって。麻倉、紐」知之は祥一郎にそう言われると、ポケットから1メートル弱程の紐を取り出し、祥一郎に手渡した。「サンキュ。次に犯人がしたのは、この紐を鉤につけることだ」
「え?紐を鉤に?」
「予め紐の丁度真ん中あたりに印をつけておいて、それが窓の下の辺の真ん中に来るようにして、こうぐるりと窓枠を取り囲むようにする。余った紐は屋上に持っていけば準備完了。ここからは午前0時の作業だ。犯人はまず窓に向かって石をぶつける」
「石を?」
「ああ、そうすっと、この部屋の中にいる依子さん――一応この指ってことにしてくれ――はどうすると思う?」
「どうするって、そりゃ何かと思って窓から顔を出して…あっ!」時哉は祥一郎の言わんとしていることを察したようだ。
「そういうこと。依子さんはその犯人の思惑通り窓から顔をこう突き出した」祥一郎は内側から窓を通じて指の第一関節辺りまでを出した。「そして後は、屋上にいた犯人が予め屋上に出しておいた紐を勢い良く引けば…」
「依子サンの首が絞まるっちゅう算段やってことか…」
「ちなみに、ストーカー紛(まが)いのことを事前にしておけば勝手に依子さんは部屋の鍵を掛けてくれる。窓は依子さんが開けたっきりになってたわけだよ。外を覗くだけならあれ位でも充分だ」
「でもさ篁、窓に石をぶつけた犯人が、依子サンが顔を出して引っ込めるまでに屋上に上って屋上の紐を引っ張るってのは難しいんじゃねぇさ?」と羊谷。
「確かに、石をぶつけたヤツと紐を引っ張ったヤツが同じだったら難しいだろうな。だが、それが別の人物だったとしたら?」
「え?」
「つまり、犯人は2人以上いるってことだよ。ただ、その内の1人はあっさり分かると思うぜ」祥一郎はビニール袋に入った"あるモノ"を取り出した。
「それって、さっき屋上で見つけた煙草の吸殻じゃないっスか」
「確かに、これだけじゃどうとも言えないが、これと照らし合わせてみれば…」祥一郎は更に別のビニール袋を取り出した。やはりこちらにも吸殻が入っていた。
「同じ銘柄みたいやな…そっちはどこにあったんや?」
「この部屋のドアの前だよ」
「それじゃあ、それってもしかして…」
「そう、伊達さんが残してった吸殻だよ。唾液の照合でもすれば、同じ人物のものである可能性くらいはわかるはずだぜ」

"古閑"の表札のある一軒屋の前。烈馬は呼び鈴を押す。
「あ、はーい」聞き覚えのある声。間も無くドアを金髪の女性が開ける。「あ、烈馬クン」
「ども」烈馬は懐っこい笑顔を見せて言う。「千尋、まだおる?」
「あ、いるよ。あがって」彼女――古閑 つかさ――は烈馬を家に招き入れる。「今日は父さんと母さんは夜まで帰ってこないから、なんだったらココ貸してあげてもいいよ」
「あのなぁ…つかさちゃん、何かよからぬこと考えとるやろ」
「別に?何かよからぬこと思いついちゃった?」
「う……」言葉を失くす烈馬。
「冗談よ、冗談。あ、この部屋だよ」
つかさはドアを開ける。部屋の端にあるベッドには、千尋が鬱向(うつむ)いたまま腰掛けていた。
「千尋ぉ、烈馬クン来てくれたよ」
「烈馬…」千尋は烈馬に気付くと途端に泣き出しそうな瞳(め)をして彼のほうを向いた。
「なんや千尋、そんなに俺の顔って泣きたくなる位なんか?」烈馬は道化(おどけ)て言うが、彼は勿論分かっている。千尋が自分の信頼している先輩の死体を目の当たりにしたことでどれ程のショックを受けているかということを。
「あ、あたしお茶淹(い)れて来るわ」つかさは遠慮がちに部屋を出て行った。
二人きりになった部屋には、微妙な空気が漂っていた。なんだか言葉一つ発してはいけないような、不思議な雰囲気だった。そして、その空気を打ち破ったのは千尋だった。
「あのね、烈馬…」
「ん?なんや?」
「殺された依子先輩ってね、すっごくわたし達後輩に優しくてね、勉強教えてくれたり、コーヒー奢(おご)ってくれたり、恋のアドバイスとかも色々してくれたりしててね…」
「あぁ、そう言えば佐久間って人と付き合ってたって言うてたな。どう見ても2つ3つ年上やのによう付き合うなて思たわ」
「…ねぇ、烈馬…」
「ん?」
「絶対に、依子先輩を殺した人見つけ出してね。このままじゃ依子先輩がかわいそうだから…」
烈馬は千尋が今まで見せたことの無い程哀しそうな表情をしているのを見た。それ程千尋の想いは切実なのだ。
「…わかった」烈馬はゆっくりと確かに言った。「俺達が、絶対犯人見つけたる。心配すなや」
「うん…」千尋の表情は和(やわ)らいだ。「あ、そうだ烈馬…ちょっと瞳(め)閉じて」
「え?何や?」
「いいからいいから」
烈馬は千尋に言われるが侭(まま)に瞳を閉じた。次の瞬間、烈馬は口唇に軟(やわ)らかいものが触れるのを感じた。
「ちっ…千尋…?」
「これも、依子先輩からのアドバイスなの」
二人は暫(しばら)く、初めて味わうそれを堪能していた。

「…ったく、見てるこっちが恥ずかしくなるわよ」
つかさはこっそりとドアの隙間からその様子を見て一人真っ赤になっていたのだった(笑)。


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