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きみのて ぼくのて

11 Face the Change
望ちゃんが犯人だと気付いた夜、僕は殆ど寝付けなかった。
子どもっぽいところもあるけど芯はしっかりしていて、人懐っこくて賢い。
僕が思う「結城 望」という人物像が、全くの虚構のように思えてきて、明るいところから暗闇に突き落とされたような気になった。
僕は彼に騙されていたのだろうか。この数ヶ月の「想い出」はまがい物だったのだろうか。
暗いベッドの上で暗い螺旋を堕ちていく僕は、彼を「繋ぐ」携帯電話さえ何か毒みたいなものに思えて、捨てようと手を伸ばした。
その刹那だった。頼りなく伸ばされた左手の手首がじわりと疼いたのは。

そうだ。
僕は一度、死にかけたんだ。
そして、彼が僕を助けてくれたんだ。

たとえ「結城 望」という存在がフィクションだったとしても、そのフィクションの言動に僕が救われたという事実は、揺るがない。
彼のしてくれたこと、彼の言ってくれたこと、それが僕を変えてくれた。
そうか。何を迷うことがある。
何が正しいとか間違っているとかは、取り敢えず今の僕にはどうでもいい。
僕が、「望ちゃん」を、信じればいい。
想い出を虚構にして捨て去るなんてことしないで、受け入れてゆけばいい。
彼がどんな人間だろうと、僕と、「望ちゃん」は、友達なのだから。

僕は、手首の疵(きず)に、小さくて確かな誓いを立てた。

…それなのに。

「…なのに、どうして…」
仄暗(ほのぐら)い部屋は、小さな格子窓しかなく、時間の感覚も麻痺しそうだった。
「どうして、刑務所の中でまた事件を起こしたりなんか…っ」
知之は、少し身体を震わせていた。
望はただ黙って知之の姿を見ていたが、やがてゆっくりと言った。
「…やっぱり、トモはあの頃とちっとも変わってないね」
「…え?」
はっと顔を上げる知之。
「トモだったら、そういう反応すると思った」
望の口許には、微笑が浮かんでいた。
「あいつを殴った直後から、気付いたよ。あの刑事を通じてこの事件のことはトモにも知らされる。そして、その事実だけを聞いたトモは、ボクに失望とか絶望とかの気持ちを抱くだろうってね。…ごめん」
知之は、何か言いたい気になったが、適切な言葉が思いつかないでいた。
「ホントはね、トモには何も説明しないでいるつもりだったんだ。あれこれくどくどと言葉にするのは、なんか言い訳じみてる感じがして嫌だったし、それに、あいつを殴ったのは今でも悪いことだなんて思っていないから。だったら、トモに嫌われちゃったほうがマシかな、なんて、思ったりしてさ」
望は、いつの間にか顔を下げていた知之を、眸の中心で見据えて言う。
「でも…トモがこうしてボクのことを案じて面会にまで来てくれてしまったんだ。ここまで来て、黙秘権を行使するなんてのは友達としては余りにも野暮だよね」
そして、知之が再び顔を上げた。 「…話すよ。ボクがどうしてあいつを殴ったか」


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