きみのて ぼくのて
4 For the moment結城君は、一言二言話しかけながら、僕の数歩後ろを追う感じで歩いていた。
下駄箱を抜け校舎を出て、大して広くもないグランドをぐるっと廻って、そして校門に出た。
「えっと…それじゃあ、僕、こっちっスから…」
僕は門を出て左に曲がろうとした。それとなく別れるつもりで、彼のほうをちらりと見て。
「あ、そうなの?なーんだ、ボクと同じだね」
「え…?」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろ!」
またあの屈託の無い笑顔を見せる結城君。
僕は彼が自分と同じ方向に帰るという可能性を想定していなかったのだ、ということに今更気付かされた。
「う、うん…」
僕は断ることが出来ず、小さく諾(だく)した。
「あ、あの…結城君…」
相変わらず僕の後ろをくっつく形で歩く結城君に、僕は遂に尋ねた。
「ん?なあに?」
「な、なんで、その…僕に、そんなに構うんっスか…?その…僕、一緒に居てもそんなに楽しくないような奴なのに…」
僕はいつの間にか歩みを止めていた。結城君も、何も言わずに立ち止まった。
「それに、そ、その…僕に付き纏(まと)ってると、損するっス…。僕が、いじめられてるのとか、見たっスよね…?」
自分がどれだけつまらない人間か、どれだけ駄目な人間かは、これまで自分の周りに存在してきた人たちの言動から知っていた。自分と付き合っても価値なんてない。寧ろ、悪い目に遭う筈だ。
僕の頭の中を、そんな、ぐるぐると渦巻く何か黒いものが占領していた。自分で言いながら、視界が暗くなるような想いを感じた。
これを自虐と言うのだろう。その行為にも価値が無いことや、それを聞いて結城君が良い想いをしないだろうことも、何となく分かっていたが、マイナスに向かって一度動き出した思考ほど止まらないものはない。
しかし、その下る螺旋を止める楔(くさび)が急に打ち込まれた。
「そんなコト、関係なくない?」
「…え?」
いつの間にか俯いていた僕は、結城君の凛とした発言に顔を上げた。
「例えばキミが本当につまんない人間だったとしてもさ、少なくともボクはキミに出会って数時間しか経ってない。キミとちゃんと話してみないとそんなコト分かんないよ。それに…」
結城君は僕の顔をじっとその綺麗な双眸(そうぼう)に捉えて言った。
「知らない他人(ひと)と付き合うのにいきなり損得勘定持ち込むなんて、反則でしょ。そんなコトしてちゃ、友達とか恋人とか、絶対出来なくない?折角初めて会う人なんだもん、ゼロから始めようよ」
友達。この15年間で、僕がずっと心のどこかで渇望していたもの。そして、これまでなかなか得られずに喘(あえ)いでいたもの。
「ね?」
そして、先刻までよりも、もっとキラキラした笑顔が、僕の心を鷲掴みにした。
「…うん。」
僕も、ちょっぴり笑った。