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きみのて ぼくのて

4 For the moment
「麻倉君!!」
僕が下駄箱に差し掛かろうとした時、後ろから声がした。
「…え?」
振り向くと、一人の男子生徒が駆け寄ってきていた。先刻(さっき)屋上で会ったばかりの彼だ。
「ゆ、結城、君…?」
「良かったー、名前覚えててくれたんだね。今、名札見なかったでしょ」
息を切らしながらも、屈託の無い笑顔を見せる。芸能人だと言っても疑われないかも知れない。
「え、えっと…どうして…?」
「え?だから、キミが名札見なかったのを見たから…」
「あ、そうじゃなくって、その…どうして僕に…」
言いかけて、些(いささ)か失礼な事を言っていると思った。先刻だって、屋上での捨て台詞は少しキツかったかなと省みたばかりなのに。
「ん?ボクは授業終わったから帰ろうと思っただけだよ?引越しの荷物の片付けも終わってないから、なるべく早く帰りたかったし」
「あ、そ、そうっスか…」
結城君のきょとんとした表情に、僕はまたちょっと自分を恥ずかしく思えて俯いた。
「えっと、うちのクラスの下駄箱はどれだっけ…あ、コレだね」
いつの間にか結城君は僕を追い越して下駄箱に向かっていた。僕はいそいそとあとに続く。
「んっとー…あ、此処だ此処だ」
自分の靴を取り出す結城君を横目で見つつ、僕は1番の下駄箱に手を伸ばした。
(「アサクラ」なんて名前のおかげで、これまで出席番号が1番でなかったことなど無かった)
「…あ」
「ん?どしたの?」
靴を履こうとしてしゃがんでいた結城君が上目遣いに僕を見る。
「靴が…」
1番の下駄箱には、何も入っていなかった。家から学校まで履いてきた靴さえも。
「えー?麻倉君、上履きで学校まで来たわけじゃないよね?」
「あ、当たり前じゃないっスか…」
僕らは下駄箱の周辺をゆっくり見廻した。
「…あ、もしかしてあれ?」
結城君は隣の下駄箱の上を指差した。1組の靴が、違うクラスの下駄箱の上に放り出されていた。
「あ、うん…そうっス…」
僕はその下駄箱まで近づいて、腕を靴まで伸ばした。けれど、そもそも下駄箱の方が僕の背より高く、靴が視界に入っていない状態なのに、ギリギリ届く腕であちこち手探りしても、なかなか靴が掴めないは当然であった。
「…しょうがないなー」
「え…」
僕が振り向くと、結城君は下駄箱の下から2段目の辺りに足を引っ掛け、一番上のところを右手で掴むと、左手をさっと伸ばして靴を手にした。
「ほら、どうぞ」
またそのカッコいい笑顔。僕は王子様に恋するお姫様みたいに、思わずその顔に見とれそうになりながら、徐に靴を受け取った。
「あ、ありがとう、ございますっス…」
「どういたしまして。それにしても、何でキミの靴があんな所に?」
僕は靴を履き替えながら言った。
「…よくある、ことっスから」

結城君は、一言二言話しかけながら、僕の数歩後ろを追う感じで歩いていた。
下駄箱を抜け校舎を出て、大して広くもないグランドをぐるっと廻って、そして校門に出た。
「えっと…それじゃあ、僕、こっちっスから…」
僕は門を出て左に曲がろうとした。それとなく別れるつもりで、彼のほうをちらりと見て。
「あ、そうなの?なーんだ、ボクと同じだね」
「え…?」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろ!」
またあの屈託の無い笑顔を見せる結城君。
僕は彼が自分と同じ方向に帰るという可能性を想定していなかったのだ、ということに今更気付かされた。
「う、うん…」
僕は断ることが出来ず、小さく諾(だく)した。

「あ、あの…結城君…」
相変わらず僕の後ろをくっつく形で歩く結城君に、僕は遂に尋ねた。
「ん?なあに?」
「な、なんで、その…僕に、そんなに構うんっスか…?その…僕、一緒に居てもそんなに楽しくないような奴なのに…」
僕はいつの間にか歩みを止めていた。結城君も、何も言わずに立ち止まった。
「それに、そ、その…僕に付き纏(まと)ってると、損するっス…。僕が、いじめられてるのとか、見たっスよね…?」
自分がどれだけつまらない人間か、どれだけ駄目な人間かは、これまで自分の周りに存在してきた人たちの言動から知っていた。自分と付き合っても価値なんてない。寧ろ、悪い目に遭う筈だ。
僕の頭の中を、そんな、ぐるぐると渦巻く何か黒いものが占領していた。自分で言いながら、視界が暗くなるような想いを感じた。
これを自虐と言うのだろう。その行為にも価値が無いことや、それを聞いて結城君が良い想いをしないだろうことも、何となく分かっていたが、マイナスに向かって一度動き出した思考ほど止まらないものはない。
しかし、その下る螺旋を止める楔(くさび)が急に打ち込まれた。
「そんなコト、関係なくない?」
「…え?」
いつの間にか俯いていた僕は、結城君の凛とした発言に顔を上げた。
「例えばキミが本当につまんない人間だったとしてもさ、少なくともボクはキミに出会って数時間しか経ってない。キミとちゃんと話してみないとそんなコト分かんないよ。それに…」
結城君は僕の顔をじっとその綺麗な双眸(そうぼう)に捉えて言った。
「知らない他人(ひと)と付き合うのにいきなり損得勘定持ち込むなんて、反則でしょ。そんなコトしてちゃ、友達とか恋人とか、絶対出来なくない?折角初めて会う人なんだもん、ゼロから始めようよ」
友達。この15年間で、僕がずっと心のどこかで渇望していたもの。そして、これまでなかなか得られずに喘(あえ)いでいたもの。
「ね?」
そして、先刻までよりも、もっとキラキラした笑顔が、僕の心を鷲掴みにした。
「…うん。」
僕も、ちょっぴり笑った。


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