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きみのて ぼくのて

9 しあわせの風景
次の日、望ちゃんは11時過ぎに病室にやってきた。仕事のため出て行った母と殆どすれ違いになる形で。
彼曰く、本当は自主休校して朝から見舞っていたかったらしいのだが、友人同士である2人が同時に休むと怪しまれるからという理由で、2限までは一応出席して早退という形をとったそうだ。
しかもわざわざ私服に着替え、補導とかにつかまらないようにしたんだという。
「全く、どこまで用意周到なんっスか…」
とツッコんだら、
「んー、だって他でもないトモのためだし」
と、悪気の無い笑顔で返されてしまった。

病室に次にノックの音がしたのは、その日の夕方のことだった。
「あ、はい、どうぞー」
その声に導かれるように、皺(しわ)の少ない学生服をきっちりと着た青年が入ってきた。
「こんにちは、麻倉君。元気そうだね」
「えっ、委員長っ?!」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。まさか、クラスメートが見舞いに来るなんて思ってもみなかったからだ。
「心配したんだよ、なんか手首を怪我して入院したとかってどっかの誰かが言うもんだから。これ、お見舞い」
そう言うと委員長は、手に持っていた果物の詰め合わせを隣に居た結城君に(彼の方を見ないで)手渡した。
「って、あれ?こんなとこに居たんだ、"どっかの誰か"さん」
結城君は果物を受け取りつつ、ギクッという表情を露骨にあらわした。
「あ、い、いやー、ボクもその、トモのことが心配でさー…」
「全く…麻倉君の入院のことを話題にあげておいて早退するなんて、バレバレもいいところだよ」
委員長は溜め息混じりに言う。
「って、それじゃあ委員長が此処に来たのって、望ちゃんが教えてくれたからっスか?」
「んー、まぁきっかけはそうだね。でもその話を聞いて心配になったのも此処に来ようと思ったのも僕の気持ちだし」
「そ、そうっスか…」
僕は少し顔を赤らめたかも知れない。心底嬉しかったけど、嬉しさの表現の仕方が分からなかった。
「そうそう、今日の授業のノート、コピーして持ってきてあげたよ」
そういうと委員長は、鞄から十数枚の紙の束を2組取り出した。
「えっ、そんなコトまで…?!いいんっスか?」
「いいよいいよ。寧ろ僕なんかのノートで役に立つか分からないけど」
「そんなことないっスよ!その、えっと…ありがとう、ございますっス…」
委員長は、くすっと笑って言った。
「どういたしまして。あ、ちなみにそのちょっと薄いほうが結城君のぶんね。3限からしか無いから2限までのは自分のノートを使うように」
「んー…優しくされてるのか突き放されてるのか分かんないケド…ま、ありがと」
望ちゃんも、コピーを受け取って笑みを浮かべた。
「…あ、そう言えば…」
委員長はふと扉の方を振り向いた。
「園川(そのかわ)君、君もほら、入っておいでよ」
「え?」
僕と望ちゃんはきょとんとして、扉の方を見た。すると、ゆっくりと扉が開き、僕らと同じ学校の制服を着た女の子が入ってきた。
二つに束ねた髪の毛がかわいらしい、快活そうな女の子だったが、どこか緊張している様子を見せていた。
「誰、この子?トモの知り合い?」
望ちゃんはきょとんとした顔で僕に尋ねる。
「え、えっとー…どちら様、でしたっけ…?」
「あれ?麻倉君の知り合いかと思って連れて来たんだけど…」
委員長は怪訝(けげん)そうに女の子を見た。
「あ、あの…私…」
女の子はずっと下を向いてもじもじとしていたが、思い切ったふうに僕の方を見て宣言した。
「私、麻倉先輩のファンなんですっ!!」

「えっと、今日僕は入院したクラスメートの見舞いに行くことにしたので、勝手だけど今日のミーティングは明日に延期にします。ごめんね」
「あの部長、その、入院したクラスメートって…」
「ああ、僕のクラスの麻倉君っていう子なんだけど…」
「ホントですかっ?!麻倉先輩が入院…っ?!あ、あの、私、一緒にお見舞いに行っちゃダメですか…?」
「え?別にダメじゃないと思うけど…」

「…なんて言われたから、てっきり園川君が麻倉君の知り合いなのかと思ってたよ」
委員長は笑いながら言った。
「あ、申し遅れちゃいました、私、演奏部の後輩で、2年1組の園川 湊(みなと)って言います」
その女の子はいつの間にか僕のベッドの横にちゃっかりと座っていた。
「私、入学してすぐ麻倉先輩を見かけた時から一目惚れしちゃって…ずっとずっと好きだったんですけどなかなか話し掛けられなくて…それで、こんなふうに言うと失礼かもですけど、麻倉先輩が入院したって聞いて"これはチャンスかも"って思って、思い切ってお見舞いに来てみたんです…」
話を聞いているうちに、僕の身体はヘンな汗をかいていた。耳の先まで熱く感じた。
「なーんだ、トモってばそんなに愛してくれる娘(こ)が居たんじゃん」
望ちゃんは茶化すように言いながら、委員長の持ってきた果物の詰め合わせを物色していた。
「なっ…?」
思わずどもってしまった。僕は今ものっすごく顔を真っ赤にしていることだろう。
「あ、えっと…迷惑でしたか…?」
湊ちゃんは淋しそうな眸でこっちを見る。
「あ、そ、そんなこと、ないっスよ…っ!ていうか嬉しかったっスし…」
どうしようもないくらいにしどろもどろになっていることは、自分でも分かっていた。
「その、良かったら、これからも遠慮せずに話し掛けたりしてくれて欲しいっス…本当に、有り難く思うっスから…」
「ほ、ホントですかっ?!」
湊ちゃんは飛び跳ねてしまいそうなくらい大喜びをしていた。
そしてふっと視線を望ちゃんに向けると、嫉妬や冷やかしなどではなく、暖かい笑みを浮かべていた。


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