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リアル


第3話 Investigate
「い、今の悲鳴って…」
『風虹明媚』のスペースに居る知之が言う。「まさか、湊ちゃん…!?」
「おい、湊ちゃん何処行ったんや?」烈馬が言う。
「さっきさおりさんとノゾミさんと一緒に、ロビーの自販機に飲み物を…」つかさの言葉を最後まで聞き終わる前に、烈馬と知之はその場を駆け出していた。
「ちょ、ちょっと…ロビーの場所知ってるの?」仕方なく追いかけるつかさ。
「え?…わたしはどうすんの?」一人取り残された千尋。客も居るのでその場を離れるわけにも行かず、途方に暮れてしまうのであった。

「あ、湊ちゃん!」ロビーの自販機についた3人は、湊と星江 ノゾミ、そして横たわっている人物の姿を見た。
「あっ…麻倉先輩ぃ…」半臍(はんべそ)を掻きながら知之の胸に飛び込む湊。
(ドサクサに紛れて麻倉君に抱きついてんな…)烈馬は少し呆れ顔をしたが、すぐに湊に聞く。「で、何があったんや?」
「さ、さ…さおりさんが、死んじゃったんですぅ…」
「な、何やて?!」烈馬は急いで自販機の前に横たわる女性――月ヶ瀬 さおりの元へ駆け寄る。「…つかさちゃん、すぐ救急車呼んでくれ」
「う、うん…」つかさは携帯電話を取り出し、電話をかけ始める。
「で?何でさおりさんは亡くなってしもたんですか?」烈馬はノゾミに尋ねる。
「此処で買ったコーヒーを飲んだら急に苦しみだしたのよ…」ノゾミは両腕を抱えて言う。「ほら、あっちにコーヒーの入った紙コップが落ちてるでしょ」
「てことは…毒を使うた殺人かもしれへんなぁ…」
「さ、殺人?!」湊は驚いて言う。
「あれ?」湊を宥(なだ)めながら死体に近づく知之が言う。「さおりさん、何か握ってるっスよ」
「え?あ、ホンマや…」烈馬はハンカチ越しにさおりの握る"それ"を取り出した。「これは…100円玉?」
「もしかしてさおり、それを握る為に動いてたのかしら…」傍に立つノゾミが言う。
「ってことはこの100円玉は、さおりさんの残したダイイング・メッセージ…?」
その時には、何とか駆けつけた千尋と、川戸 南江子、古井 一比呂、そして権藤 伴太の3人が周囲の人混みに雑じっていた。

多摩国際交流メッセの前に、"警視庁"の文字が書かれたパトカーが数台停まった。
「通報者の話によると、被害者は月ヶ瀬 さおりさん、21歳、何かの作家のようですね」現場に向かう刑事の一人が、その上司らしき人に言う。「死因は毒物か何からしいとのことです」
「なるほど…にしても金田、その現場のロビーってのは何処にあるんだ?」その上司が言う。「此処はだだっ広いから嫌いなんだが」
「すみません佐伯警部…もうすぐですから」金田と呼ばれた刑事が言う。「あ、ここを曲がったところです」
「ふぅ、やっと着い…」佐伯と呼ばれた刑事は、思わず立ち止まった。
「あ、警視庁の方ですか?現場はこちらです」2人に比べ背の高い青年――不思議な皮ジャンやチョーカーを身に纏った、髪の茶色がかった関西弁の青年――が言う。「あ、ちゃんと現場は保存してます」
「…な、何なんだね此処は…」呆れ顔の佐伯。
「何って…あ」刑事の驚きの対象に、その青年――ずっとこの異様な衣装を纏っていたため気づかなかった矢吹 烈馬――はその時初めて気がついた。

流石に小っ恥ずかしかったので着替えた知之と烈馬が、刑事らと話している。
「ふむ、要するに此処はちょっと偏った趣味の奴らが集まってるところだってことだな」状況を飲み込んだ佐伯。「で、亡くなった月ヶ瀬さんもその同人とやらの作家の一人だったということか」
「ええ、まぁ…」
「で、月ヶ瀬さんとあんた方の関係は?」
「あ、あたしと彼女も同人作家でさおりさんとは親しくて…」千尋を指差して言うつかさ。次に烈馬と知之と湊を指して言う。「この3人はあたし達の友達。さおりさんとは今日初めて会ったのよ」
「そうですか…」金田がメモを取りながら言う。「そちらの黒い服の女性は?」
「あたしは仙那やしずく同様、さおりと仲の良かった同人作家よ。スペースも隣だったし…」ノゾミが言う。「まさかさおりが死ぬ時も隣だとは思わなかったけれど」
「他にさおりさんに親しかった方は?」と金田。
「あ、僕達もそうです」人混みの中から古井と南江子が出てくる。「僕らも同人作家で、さおりさんとは仲良くしてました。そうですよね、川戸さん」
「え?ええ…」と南江子。「わたしはさおりの高校の時からの友達です…」
「ふーん…作家ばっかだな」と佐伯。「他には?」
「あ、俺…」人混みを分けるようにして、図体の大きな躯が現れる。「俺、彼女と付き合ってる権藤って言います」
「恋人、か」佐伯が言う。「で?月ヶ瀬さんが死んだ時の状況を詳しく説明できる人は?」
「ああ、それならあたしが…」とノゾミ。「あたしとさおりと、そこにいる湊ちゃんと3人でこの自販機に飲み物を買いに来たのよ。で、あたし達の売り子のコの分を買って、湊ちゃんのジュースを買って渡して、さおりのコーヒーを買ってさおりがそれを受け取って、最後に自分のを買おうとしてお金を入れようとしてた時に突然さおりが倒れたの」
「だからお金が散らばってるんですね。今の話に間違いは?」金田が湊に尋ねる。
「あ、はい、間違ってないと思います…」と湊。「さおりさんはノゾミさんから受け取ったコーヒーをすぐ飲んで、そしたら倒れたんで…」
「なるほど…」佐伯が言う。「ということは彼女の飲んだコーヒーに毒を入れられたのは、彼女にコーヒーを手渡したノゾミさん、あなたしか考えられないな」
「えっ…」言葉を詰まらせるノゾミ。
「ど、どういうことですか?佐伯警部」烈馬が言う。
「鑑識の報告だと、月ヶ瀬さんの体内並びに零れていたコーヒーから毒物の砒素が検出されている。彼女の隣にこの嬢ちゃんが居たのなら、彼女が自分で毒を入れるのは不可能。コーヒーに触れてもいない嬢ちゃんは尚更だ。となると、コーヒーに毒を入れることが出来たのはノゾミさんしか考えられない」
「それはちょっとおかしくないっスか?」
「あん?」佐伯は口を挟んだ青年――麻倉 知之の方を不快そうに向いた。
「だって、さおりさんの隣に湊ちゃんが居たのと同じように、ノゾミさんは2人の前、見える範囲に居たんっスよ?てことは、ノゾミさんが毒を入れようとしたら、幾ら背中を向けていたといっても2人に分かっちゃうと思うっスけど…」
「せやな、それに…」烈馬が言う。「毒を仕込んだっちゅうことは予めさおりさんを殺すつもりやったっちゅうこっちゃ。やったら、こんな真っ先に自分に疑いのかかる方法はまず使わんやろな。せめて湊ちゃんに一回渡して、彼女にも容疑がかかるくらいのことはしてるやろ」
「た、確かに…」感心げな金田。
「…ちっ、素人が口を出すんじゃない」佐伯は手で2人を追い払う仕草をした。
「折角人がアドバイスしてやってるっちゅうのに」不満げな烈馬。ふと足元を見る。「…ん?」
「どうしたの?」千尋が尋ねる。
「これ…さおりさんのハンドバッグ、だよな?」白い輪に囲まれ、「4」とかかれた札が置かれたバッグを見て言う。
「うん、多分…確かこんなのに財布とか化粧品とか小物とか入れてたと思うけど」と千尋。「それがどしたの?」
「いや…なんでこれチャック開いてんのかなって思うて」
「財布を出そうとしてたんじゃないの?」
「湊ちゃんの話やと、ノゾミさんが好き好んでお金出してた筈や。そんなノゾミさんの性格を知ってたさおりさんが、わざわざ財布なんて出そうとするか?」
「それじゃあ…」千尋は思いついて言う。「誰かがこっそり開けたってこと?」
「ああ…恐らく犯人が、何らかの理由でな」
その時、知之が呼びかけながら2人に近づく。
「そう言えば千尋さん、さっきの僕の衣装なんっスけど…」
「ああ、俺もあれ紙袋に入れてスペースんトコに置いといたで」烈馬が言う。
「うん、それでいいよ」と千尋。
その様子を見ていた金田が話し掛ける。
「あのー、そう言えばさっき被害者の手の中に100円玉が握られていたって仰(おっしゃ)ってましたけど、その100円玉はどこに…」
「ああ、これやで。意味は分からんのやけどな。名前に100のつく人とかおらんし」烈馬がハンカチにくるんだそれを取り出す。昭和五一年と書かれ、余り汚れはついていない。「あ、ちなみに指紋とかはつけてへんで」
「すみません、一応鑑識に廻さなきゃいけないんで…」金田は手袋をした手でそれを受け取ると、鑑識員にそれを手渡す。
「あ、烈馬、よかったらそのハンカチ貸してくれない?」
「え?別にええけど、お前持ってないんか?」
「この衣装ポケットないんだもん」千尋はハンカチを受け取って言う。「レヴェリーがそういうキャラだから仕方ないんだけど。ちょっとトイレ行ってくるわね」
千尋はその場を去って行った。
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