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ライヴァル

第3話 交錯する言葉
知之と祥一郎が学校に駆けつけた時には(って、知之は"駆け"つけては来れないが)、既に数台のパトカーと共に、時哉や烈馬や千尋が秀文高校には居た。
「弥勒が殴り倒されてた現場は、グラウンドの西にある運動系の部活の部室の一番南側にある野球部室の中。今は弥勒君は救急車で病院に運ばれているが、彼の頭には何かで殴られたような跡があった」部室に向かうまでの間、羊谷刑事が言う。「まだ彼の意識は回復してないから証言は取れていないが、大体6時から7時半までの間に殴られたものと思われる」
「6時から7時半…?」まだ松葉杖に慣れてない知之が尋ねる。
「まず6時というのは、弥勒君と共にグラウンドの片付けをしていた黒木 隆一君が弥勒君と別れた時間だ。あと少し作業が残っていたので、あとは自分でやると弥勒君が言ったそうだ」
「多分まだ少なからずヘマを反省してたんやろな…」
「で?7時半ってのは?発見された時間とかか?」と祥一郎。
「ああ、今日の宿直だった校医の宮塚先生が外を見廻った際、生徒はもう殆ど帰った筈なのに、野球部室だけ明かりが点いていたのを不審に思って部室にすぐ入ったら、弥勒君が倒れているのを発見したというわけだ。幸い第一発見者が校医だっただけあって、我々が来る前に応急手当を施してくれていたから、弥勒君の命に別状はないらしい」
「…待てよ、部室の鍵は掛かってなかったのか?」
「宮塚先生の話だとそうらしい」
「なるほど…」
そして一行は部室に辿り着いた。
「あ、篁さん達もいらしたんですね」部室に居た刑事の一人が礼をして言う。
「勝呂刑事、お久しぶりですね」と祥一郎。
「ちょっと研修に行ってましたからね」
「あ、だから音楽教室の時は居なかったんっスね」
「ところで…凶器とかはこの部屋に残されてたのか?」祥一郎が尋ねる。
「ええ、バット入れの中に入れられた金属バットの1つに血がついていました。床についていた血痕と一致しましたし、弥勒さんと血液型が一致しましたから、恐らく凶器と見て間違い無いと思います」
「…妙だな」
「え?」一行は、祥一郎の思いがけない言葉に振り向いた。
「なぁ勝呂サン、弥勒はどんな風に倒れてたんだ?」祥一郎が更に尋ねる。
「え?えーっと…大体部屋の真ん中くらいに横たわっていたそうです。第一発見者の宮塚さんの話によると、その上に身体全体を覆うように青いビニールシートが掛けられていたそうです」
「…ビニールシート?」
「はい、あちらに除けてあります。見ますか?」

部室の横に置かれたビニールシートは、青色で端に数箇所穴が空いているよくあるタイプのものだった。
「これが弥勒の上に、身体を覆い隠すように乗せられてたんだな?」
「はい、若干血もついてますし、犯人が弥勒さんの身体を隠すために掛けたようです」勝呂は左手に持っていた懐中電灯をつけ祥一郎に渡す。
「…ん?」祥一郎の眼は、ビニールシートの隅に向かった。「これ…」
「何っスかそれ…白くて、短い糸?」
「とりあえず鑑識さんに廻しといてくれ」祥一郎はそれを落とさないように勝呂に渡す。
「篁君」校門の方から羊谷刑事の声。
「何さ、オヤジ」
「野球部員の人達のうち数人を呼び出したんだが…今から事情聴取だが聞くか?」
「あ、じゃあ是非」祥一郎達は羊谷刑事と共に校舎に入っていった。

「僕らは、6時から学校の近くの焼肉屋で打ち上げをしていました」
応接室でまず事情聴取を受けたのは、キャプテンの八雲 肇だった。祥一郎達は廊下で、ドア越しにこっそり話を聞いていた。
「焼肉屋から学校までは大体どれくらいですか?」羊谷刑事が尋ねる。
「そうですね…歩いて1分くらいじゃないでしょうか」
「1分、ですか…」メモをしながら言う羊谷刑事。「弥勒君は結局打ち上げには参加してないんですね?」
「ええ、6時過ぎに1年の黒木が来てからは新たに加わった人は居ませんね。途中出たり入ったりはありましたが」
「と、言いますと?」
「焼肉屋のトイレが、一度店から出ないといけない所にあるんですよ。ですから何人かはトイレの為に出入りしたんです」
「誰が、どれ位の時間席を外していたかわかりますかね?」
「そうですねぇ…正確な順番や時間はわかりませんが…」

「確かに俺はトイレに行くために店から出ましたよ」
次に事情聴取を受けたのは副キャプテンの神保 堅次である。「あれは6時半頃だったかな…でもまぁ、大体4、5分でしたけどね」
「そうですか…」と羊谷刑事。「弥勒君が殴られたバット、あなたのモノだったんですが」
「俺の?」一瞬表情が変わる神保。「そうですか…まぁ俺はバットをバット入れに入れっぱなしにしとくんで、誰でも持ち出せたと思いますよ」
「なるほど…弥勒君に恨みを持っているような人に心当たりは?」
「弥勒に恨みねぇ…やっぱ補欠の連中は恨んでるんじゃないですか?1年でファーストなんて普通ありえないですからね」

次は2年生、ライトの大牟田 浩貴だ。
「はい、僕は確か、神保先輩と入れ違いにトイレに行ったんですよ。6時40分…いや、35分くらいだったかな。5、6分くらいで席に戻ったと思います。まぁ正確な時間は余り覚えてませんけどね。あそこのトイレ、汚いし1つしかないし、ホントは使いたくなかったんですけどねぇ…」
「あなたは弥勒君に恨みがある人知りませんか?」
「恨み…さぁ、僕には見当つかないですねぇ…。あ、でも弥勒は女癖悪いみたいだから、そのセンで恨みがある人が居たかも知れませんね」

次に事情聴取を受けるのはセカンド、3年生の磐田 和直。
「俺は…大体6時50分頃にトイレ行きました。ちょっと最近便秘気味で、戻ったら7時になってました。その時松本が入れ違いに出て行きましたよ」
「おや、肘を怪我してるんですか?」羊谷刑事が、磐田の左腕に絆創膏が貼られているのに気づいて言った。
「あ、これですか?これは1週間くらい前に部室で菅野とケンカになって、思いっきり電気のスイッチにぶつけちまったんですよ。お蔭でスイッチは壊れちゃうし、肘のニクが抉(えぐ)れちゃうし、散々でした」

「何時に行ったかなんか覚えてないけど、確かに10分くらいトイレ行ってたよ」
次は2年生の補欠、松本 進太郎。
「あなたはやっぱり、弥勒君に恨みを持ってたりとかは…」
「…別に?」素っ気無く答える松本。
「そうですか…」
「それに、恨みなんて部員の誰もが持ってんじゃねぇの?アイツの所為で今日の試合負けたんだぜ?」
「なるほど…腕の怪我はいつ頃?」
「7月の終わり頃、バイクで事故ってな。お蔭でずっと補欠だぜ」

次は2年生のマネージャー、穂積 恒男である。
「多分6、7分くらいトイレには行ってたと思います。時間は…ちょっと思い出せません」
「そうですか…部員はみんな部費ちゃんと払ってくれてますか?」
「ええ、大体みんな」穂積は右手で茶碗を持って言う。「松本さんや菅野さんは時々滞納してるんですけど」
「弥勒君はちゃんと?」
「ええ、6月くらいに1度遅れましたけど、大体ちゃんと払ってくれてますよ。それに、そんなことで僕は人を殴ったりしません」
「ま、そうですね…」

「そうだなぁ…大体トイレに出たのが7時15分くらいかな?で、7、8分で帰ってきたよ」3年生でサードの菅野 秋人。「そうそう、店を出るとき穂積と入れ違いになったぜ」
「あなたは弥勒君に恨みは?」
「別にないけど?逆によくやってくれてる方だと思うぜ?」
「ふむふむ…こういうことは今までにありましたか?」
「え…」少したじろぐ菅野。「べ、別に、ねぇけど…」
「……?」その様子に羊谷刑事や祥一郎達は不審がった。

「ぼ、僕は6時過ぎにあの焼肉屋に行ってからは出てません…」
1年生の補欠、黒木 隆一が言う。
「そうですか…6時頃弥勒君と別れる時、何か変わった様子はありませんでしたか?」
「え、えっと…な、なんかガッカリした感じでした…」お茶の入った椀を左手で持って言う黒木。「た、多分あの試合でのミスを引き摺ってたんだと…」

「私は打ち上げには参加していませんが?」
最後は、顧問の逆井 基樹だ。
「ええ、まぁ一応念のためということで…」
「それに、私は教師です。生徒を殴るなんて出来る訳ないでしょう」
「ま、まぁ…」表情に一切の変化をつけず語る逆井に、やや圧(お)される羊谷刑事。「あ、そうだ、生徒の中で、左利きの人は誰が居ますか?」
「左利きですか…左打ちなのは八雲君、菅野君、大牟田君と…あと私も左利きですね。それが何か?」
「いえ、弥勒君の怪我の場所から利き腕が解るかも知れないと思って、念のために…あ、あと、部室の鍵を持ってるのは…?」
「私と、キャプテンの八雲君が持ってますよ。それに宿直には全部の部屋の鍵が渡されてる筈です」

「…なるほどな」
事情聴取を聞きながら手帳に何か書き込んでいた祥一郎が言った。
「何かわかったさ?篁」
「ああ、多分弥勒を殴ったのはあの人だろう」
「えっ、もう解ったっスか?!」
「ああ」自信満々な表情の祥一郎。「でもまだ確証はねぇんだ、こうかも知れないってのは現場にいけば確かめられるんだが…」
「ほな行こか」一行は部室に赴く。

野球部室は、先程見たのと然程(さほど)違いはなかった。鑑識員らが殆ど去ってしまい、居たのが勝呂ら3、4名の警官だけであったくらいである。
「あ、篁さん達…」勝呂は丁重にお辞儀する。
「あ、勝呂サン」祥一郎も軽くお辞儀する。「えーっと、矢吹、悪ぃんだけどさ、チョット電気消してくんない?」
「で、電気?」烈馬は部屋を見渡し電気のスイッチを探す。
「あれ?でもスイッチって確か壊れてるんじゃなかったっけ?」と千尋。「磐田とかいう人が肘ぶつけて壊しちゃったんでしょ?」
「そう言えばんなこと言うてたなぁ…。てことは、直接消さなアカンのやな」烈馬は蛍光灯の下に立ち、右手を伸ばし垂らされた紐を掴もうとする。しかし、なかなか掴めない。「あ、あれ…?おかしいな…なんで掴めへんのや…?」
「それじゃ勝呂サン、ちょっと消してみてくれ」と祥一郎。
「え?で、でも私矢吹さんより背低いし…」確かに烈馬は180cmを越えている。この中で彼より背が高い人物は居ない。
「いいからいいから」
そう言われ勝呂は、怪訝そうな顔で蛍光灯の紐に左手を伸ばす。次の瞬間、部屋の電気は消えた。
「あ…届きました」勝呂は更に不可思議そうな顔をして再び電気をつけた。
「どういうことっスか?矢吹君は届かなくて、勝呂刑事は届くって…」
「あ、そっかぁ」と千尋。「右手だと、椅子とかが邪魔になって届かなくなるんだよ」
「ってことは、犯人は…」
「ああ、そして恐らくその中でさっきの証言から考えると犯人は…ん?」祥一郎はふと、時哉の方を向いた。蹲(うずくま)り、両手で頭を抱え、細かく身震いしている。「ど、どうしたんだよ羊谷…」
「羊谷君?」他の4人も心配そうに彼に近寄る。「気分でも悪いんっスか?」
「…あ…」時哉は顔を上げた。その皮膚は汗でぐっしょり湿っていた。「…あ、お、俺…」
「ホンマ大丈夫か?」と烈馬。「まだ宮塚先生おると思うから診てもろたらどや?」
「…い、いいさ…大丈夫、だから…」手を額に充てたまま引き攣った笑顔を見せる時哉。「あ、あれ鑑識の人じゃないさ…?」
一行は時哉の指さした方を見た。鑑識の服をまとった男性が走り寄って来る。
「勝呂刑事、さっきの白い糸ですが、あれは綿でした」
「綿?」
「ええ、ガーゼとかに使われるような純粋な綿です」
「…なるほどな」
祥一郎は笑みを浮かべて言う。「犯人、わかったぜ」

その頃、保健室。
机のライトのみが光る中、宮塚は椅子に座り1枚の写真を眺めていた。
そして、誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
「大輔…」
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