inserted by FC2 system

ライヴァル

第4話 一つ目の真実
先程事情聴取を受けた野球部員と、教師の逆井、校医の宮塚は、部室に呼び出されていた。
「一体何なんだよ、こんな時間に呼び出して」と神保。
「すみません神保サン…」と祥一郎。「実は、弥勒を殴りつけた犯人がわかったんですよ」
「な、何だって!?」一同には驚きの声が溢れた。他の部員を見る者も居た。
「だ、誰なんですか、それは…」と穂積。
「それは、さっきの事情聴取で分かりますよ」
「え?」
その時、烈馬と千尋が移動式の黒板を倉庫から持ってきた。チョークや黒板消しもである。
「な、何だよそれ…」と菅野。
「さっきの証言を、図に示してみるんですよ」祥一郎はチョークを受け取り、黒板に向かう。「まず、6時に黒木が焼肉店に来る。この時点で弥勒と逆井先生以外の全員が焼肉店に集まったわけだ」
「確かにそうだね」と八雲。
「で、まず6時半頃に神保サンがトイレに向かう。約5分で帰って来た」
「ああ、そうだ」神保が言う。
「そして神保サンと入れ違いに今度は大牟田サンがトイレに行き、5、6分で帰って来た」
「ああ…」と大牟田。
「入れ違いということは大体6時35分頃、帰って来たのは6時40分頃と…。次に磐田サンが6時50分頃に出て、7時頃戻ってきた。その時、松本サンが入れ替わりに出て行ったんでしたね」
「そうだよ」と磐田。
「松本サンは10分ぐらいトイレに行ったが正確な時間は覚えていない、そうですね」
「ああ…」と松本。
「穂積サンも時間は思い出せないが、6、7分程だった」
「ええ…」穂積が頷く。
「そして穂積サンと入れ違いに菅野サンが出て行く。出たのがおよそ7時15分で、7、8分で帰って来たと」
「ああ、そうだけど…」と菅野。
「そして、宮塚先生が弥勒を発見したのが7時30分…」
「これが何だって言うんですか?」と逆井。「大しておかしいところはないようですが?」
「さて、ここで注目すべきは正確な時間がわかっていない松本サンと穂積サンだけど、まず穂積サンが帰って来た時刻は実は明らかですよね」
「そりゃ、俺が出てった時間だから7時15分頃だろ?」菅野が言う。
「その通り。そして出て行った時間はその6、7分前だから、大体7時8分頃ですね」
「だから、それが何だって…」
「それじゃあ次は松本サンだけど、こちらも出て行った時間は明らかだ」
「俺と入れ替わりになったんだから、7時頃か」と磐田。
「そして、松本サンはそれから10分出ていた…」祥一郎がそれを図に書き込むと、部員の中に数名驚く者が居た。
「お、おい、ちょっと待ってくれよ」と八雲。「あそこのトイレは1つしかないのに、どうしてこの"7時8分頃〜7時10分頃"は2人がトイレに行ってるんだ?!」
「その通り」と祥一郎。(参考)祥一郎の書いた図「この証言通りなら、松本サンと穂積サンが狭く窮屈なトイレで2人で居たとかいうヘンな状況になるんだ」
「そ、それって…」
「ああ、つまり、この2人のどちらかが犯人ってことになる」
「ちょっ、ちょっと待てよお前」と松本。「か、勝手に決め付けんじゃねぇよ」
「じゃあ、2人でトイレで何してたんっスか?」と知之。
「う…」黙り込む松本。
「でも、証言は全部正確じゃなかったですし、もしかしたらズレてなかったかも知れないじゃないですか」と穂積。
「確かにそうだが」と祥一郎。「でも焼肉店からここまではものの1分だ、2人とも充分犯行は可能だ」
「で、でも…」と黒木。「それはあくまで2人に絞れただけですよね…でも確かさっき"犯人がわかった"って…」
「ああ」と烈馬。「勿論、1人に絞る理由はあるで」
「理由…?」
「磐田サン、磐田サンは部室の電気最近消したことありますか?」
「え?ああ…おととい消そうとしたんだけど、なんか消しづらかったんだ。なんか右手だと消しづらいらしいな。まぁ、俺がスイッチ壊しちまった所為なんだけど」
「そう」と祥一郎。「椅子とかが邪魔になって、右手だと電気は消しづらくなる。左手を使えば難なく消すことができる。これはさっきオレ達も確認した」
「それが何だって言うんだ?」と大牟田。
「現場の状況が不自然だったんだよ。電気を点けたままにしたり、部室の鍵を開けたままにしたり、まるで弥勒が倒れてるのを誰かにすぐ発見してもらいたいかのようなことをしてる割には、凶器のバットをバット入れに戻したり、弥勒の身体を覆い隠すようにビニールシートをかけたり、弥勒の発見を先送りにしたいかのようなことをしてる…しかし、こう考えれば辻褄が合うんだ。犯人は鍵をかけたくてもかけられず、電気を消したくても消すことが出来なかった、とね」
「そ、それって、どういう…?」
「つまり、犯人は部室の鍵を自由に使うことの出来ない人物で、左手を使うことの出来ない人物、且つさっきの証言も考え合わせれば、該当するのは1人しか居ないよな?」
「ま、まさか…?!」一同の視線は1人の人物に向けられた。
「ああ、弥勒を殴り倒した犯人は、松本 進太郎、あんただ!」
祥一郎の告発に、松本の表情には明らかな焦りが見えていた。
「弥勒の身体に被せたビニールシートから、白い綿の糸が見つかった。これは恐らく、あんたの右手につけられたギブスのガーゼだろ?シートを被せる時無理矢理右手も使ったから、綿がシートに残った、違うか?」
「……」応えない松本。
「ま、弥勒の意識が回復すれば、誰に殴られたかの証言はしてくれるだろ。それまで黙り通すつもりか?」
「…畜生、折角上手くいったと思ったのに」吐き棄てるように言う松本。
「な、何でだよ松本…」と八雲。「何でお前が弥勒を…?」
「…あのバカが、女に現(うつつ)抜かしてやがっから試合に負けたんだ…だから、ちょっと扱(しご)いてやっただけだ、それなのにぶっ倒れやがって…ホントバッカじゃねぇの」
「バカは君だろ」
「…え?」松本は、思い掛けない声の主に振り向いた。宮塚だった。
「金属バットなんかで頭殴られて、気を失うのがそんなに可笑しいことですか」宮塚の眼は真剣そのものであった。「2回目でもまだ気づかない君らの方が、充分バカだと思いますけどね」
「2回目…?」知之は野球部員らの顔を見た。殆ど総ての部員の表情が変わっていた。
「とにかく、意識が戻ったら弥勒君に謝ることですね。君のした行為は、弥勒君のそれよりよっぽど卑劣なことなのですよ」
そう言うと、宮塚はその場から去っていった。
「……」一同は言葉を失った。

松本は、弥勒の意識がまだ回復していないので一旦自宅に帰されることとなった。他の部員らも帰路に就いた。
「…ったく、なんてヤツだ、あの松本ってヤツは…」と羊谷刑事。「…あれ?時哉はどこに行ったんだ?」
「あ、時哉くんなら、気分が悪そうだったので部室の中に居ますけど…」と千尋。
「気分が悪そう…?」
「うん、さっき急に気分が悪くなったみたいで…」と知之。「あれって、試しに部室の電気を消してみた時だったっスよね?」
「ああ」と祥一郎。「それまで何ともなかったのに、急に…」
「…そうか」徐ろに言う羊谷刑事。「時哉は私が連れてかえろう。心配かけてすまなかったね」
「……?」一同は、部室から時哉を連れ出し帰ってゆく羊谷刑事の様子を見て怪訝な顔をしていた。

「…ったく宮塚の奴…わかったような口利きやがって」
街灯の明かりも乏しい暗がりの中を、松本は歩いていた。
「あんなトコで村西(むらにし)の話出してくんじゃねぇよ…あれだって、別に俺達の所為じゃねぇってのによ」独り言を言いながら、松本は石コロを蹴つりながら歩いてゆく。
「…待てよ?宮塚って今年の1月に秀文に来たんじゃなかったか?なんで去年の夏にあったこと知ってんだ…?」
その思考は、彼の背後から忍び寄る人物を彼に気づかせるのを妨げた。
「ま、まさかアイツ…村西と……ぐっ?!」
松本は、頚元(くびもと)を締め付けるそれや、その動作主が誰であるかを気づく時間は得られなかった。代わりに、自分がどういう運命にあるのかを確実に悟った。
数十秒後、松本の手は肩からだらりと垂らされた。

翌朝。
知之、烈馬、千尋の3人は、相変わらず眠たげな祥一郎を引き摺って、時哉の様子を見に彼の家に向かっていた。幾ら電話しても継ながらないのだ。
「ホンマに大丈夫なんやろか、羊谷君…」と烈馬。
「昨日あんなに気分悪そうだったっスけどねぇ…」松葉杖を突きながら知之が言う。
「アイツ見た目より案外弱そーだから、まだぶっ倒れて寝てっかもな」似合わない花を無理矢理持たされ引き摺られる祥一郎。
「そんなこと言わないでよ」と千尋。「大丈夫って言えば…弥勒さんは意識戻ったのかなぁ」
「おっ、お前まだアイツのこと…」表情が変わる烈馬。
「違うわよ、私はただ…」
「いい加減ケンカすんのやめて下さいっス!」仲裁に入る知之。
「そうだぜ」と祥一郎。「また誰かが打撲でもしたらたまったもんじゃねぇからな」
「…(^^;)」3人共呆れ顔になる。
「ほら、んなこと言ってる間に羊谷ん家着いたぜ」祥一郎が指さす。白壁の一軒家の表札には「羊谷」の字。
「へぇー…結構大っきい家なんだぁ」
「なんせ父親が刑事やからなぁ」烈馬は玄関の呼び鈴を鳴らそうと指を近づける。その瞬間、勢いよく開いたドアに彼の大きい図体は衝突した。出てきたのは時哉であった。
「あ、篁たち…どしたさ?俺ん家の前なんかで…」時哉は、何か心配そうな千尋や知之、もう少しで爆笑しそうな表情の祥一郎がドアの横あたりを見ているのに気づいた。「…ん?」
時哉は、皆の視線の先に蹲る烈馬の姿を見つけた。「あ…わ、悪ぃ、矢吹…」
「いや、俺は大丈夫や…」顔を抑えながら立ち上がる烈馬。「…にしても、あない勢いよくドア開けるなんて、随分元気になったんやな…?」
「元気?俺は別にいつも元気だけど?」呆気(あっけ)らかんとした表情の時哉。「あ、そんなぷちコントやってる場合じゃねぇんだよ」
「ぷちコント…」もう笑いが抑えられない祥一郎。
「笑うなや…」と烈馬。「…で、何かあったんか?」
「ああ、それなんだけどさ…」一呼吸置いて言う時哉。「松本サンが今朝死体で発見されたのさ」
「…え?」祥一郎は爆笑顔から真面目な顔になった。
最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system