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ライヴァル

第5話 連続するもの
松本 進太郎の死体は、学校からそれ程遠くない公園にあった。一行がそこに着いた時には、既に多くの警官が居た。
「にしても、2日連続事件とは大変だな」と祥一郎。
「ま、仕事だからな」と羊谷刑事。「死因は絞殺、凶器は多分細い紐のような物。死亡推定時刻は午前0時頃…」
「てことは、篁君の推理の後全員が帰ったすぐ後か…」烈馬が言う。
「ああ。で、一番気になるのは…」死体のあるベンチの横を指して言う時哉。「松本サンの死体の上に、あの青いビニールシートが被せられてた上に、ガラスのコップが砕け散ってたってことさ」
「青いビニールシートとガラス…?」と千尋。「ビニールシートは、弥勒さんの時とそっくりだね…何か関係あるのかな?」
「ああ、多分な」祥一郎はビニールシートの横に屈(かが)んで言う。「そうじゃなきゃこんなモンわざわざ被せねぇよ」
「ちなみにそのビニールシートとガラスのコップは、この公園に寝泊りしてるホームレスのモノを、彼が寝ている隙に奪い取ったものと思われる」羊谷刑事が言う。「そのホームレスが自分の物だと証言したしな。ちなみに、ビニールシートには彼以外の指紋は検出されていない」
「ふーん…でも、なんでわざわざそんな"見立て"みたいなことしといて、コップなんかぶち撒けたんっスか?」
「さぁな…そりゃ本人に聞かなきゃわかんねぇけど」
「てことは、犯人の目星でもついたんか?」と烈馬。
「いいや」祥一郎は立ち上がって言う。「でもまぁ、あの連中に聞いたらなんとかなるんじゃねぇか?」
「あの連中?」
「野球部の連中だよ。確か今日も練習やってる筈だろ?」
「あ、そうか…」一行は学校に向かった。

一行が学校に着いた時、ユニフォームを纏った数人の部員が居た。
「あれ?野球部員ってこんだけしか居ないんっスか?」
「こーゆートコは、1年生の下っ端が準備とかするモンなのさ」と時哉。「特に、3年の磐田サンなんか練習開始時刻ギリギリまで来ないって有名さ」
「てことは、と」と祥一郎。「2年3年連中に話を聞けばいいってことだな」

「ええっ?!松本が殺された?!」
一行がキャプテンである八雲にそれを伝えると、部室には澱(よど)む空気が流れ出した。
「昨日、あれから後に松本さんと一緒に帰った人って居ますか?」と羊谷刑事。
「誰か居るか?」八雲は他の部員の方を見て言うが、皆首を横に振るだけである。
「それじゃあ、昨日あの後アリバイがある人は?」
「アリバイつっても…」と菅野。「どーせ家族と一緒に居たって言ってもダメなんだろ?」
「そ、それだったら僕もアリバイないですね…」と穂積。
「僕も…」大牟田が言う。結局誰一人アリバイの成立する者は居なかった。
「なぁ刑事さん」神保が言う。「松本を殺したヤツはこの中に居るって決まったのか?」
「いや、そういう訳じゃないが、念のために…」
「と、とりあえず僕、逆井先生を呼んでくるよ」八雲が腰を上げる。
「じゃあ俺も行く」神保も席を立ち、2人は部室から去っていった。
「で、でも…」大牟田が口を開く。「どうして、松本が…」
「そこまではまだ分からないけどな…」と祥一郎。
「もしかして…」知之が言う。「昨夜宮塚先生が言ってた"2回目"ってことが何か関係してるのかも…」
「そっ、そんなことっっ…」菅野は表情を急変させ立ち上がったが、すぐ我に返ったように言葉を噤(つぐ)んだ。大牟田と穂積も硬い表情をしている。
「どうやら、その事について詳しく聞かせてもらう必要があるみたいやな」
その時、部室の扉が開いた。入ってきたのは、磐田 和直であった。
「おはよ…って、なんで刑事さんが此処に?篁とかまで…」
「磐田」菅野は立ち上がり言う。「一緒にキャッチボールしようぜ」
「は?」磐田は何が何だか分からないという感じの表情である。
「いいから、来い」菅野は磐田のロッカーからグローブを取り出すと、彼の腕を掴み部室を出て行った。
「…何なのさ、あれ…」一同は不自然過ぎる菅野の行動に首を傾(かし)げるのみであった。

「お、おい、菅野…」
菅野は部室の裏に磐田を連れて来ると、漸く彼の腕を離した。
「一体、何があったっていうんだよ?」
「…松本が、殺されたそうだ」
磐田は、菅野の神妙な表情と彼の発した言葉に一気に恐懼(きょうく)した。
「ま、マジかよ…?」
「ああ…しかも、奴らは1年前の事に関係あるんじゃないかって睨み出してる」
「お、おい…」更に動揺する磐田。「あの事が…村西の事が警察にバレたら、俺達…」
「莫迦野郎、あれは俺達の所為じゃねぇよ」
「で、でも…」
「ガタガタ抜かすんじゃねぇ」怒鳴る様な口調で言う菅野。「ほら、他の奴等が何も察しねぇように、キャッチボールでもして気を紛らせようぜ」
「……」菅野に手渡されたグローブを手に取る磐田。言葉は失かった。

グラウンドでトンボを引き摺っていた黒木 隆一は、部室の裏から2人の男が出てくるのを見た。菅野と、磐田だ。
何かを会話しているらしいが、距離があり過ぎて聴き取れない。
2人はグラウンドの端の方に陣取り、菅野が他の1年生の部員にボールを1つもらった。
そして、磐田が自分のグラブを手に嵌めた瞬間、それは起こった。
体格の大きな磐田の身体が、あっという間に地面に崩れ落ちたのだ。
菅野は磐田の身体を抱き起こし大きめに声をかける。しかし、磐田はどうやら反応していないようだ。
黒木はその様子を見ると、他の部員らがそうしているように、彼の元に駆け寄った。
磐田は、もう二度とその体格のいい身体を動かす事はなかった。

「よりによって、2日連続で人が死ぬなんてな…」
篁達は、呼吸の止まった磐田の周りに集まっていた。羊谷刑事はそれからは少し離れた場所で携帯電話をかけている。
「それで、宮塚先生、磐田センパイの死因は…?」
「恐らく…毒によるものでしょう」宿直明けであるがその疲れを表情に全く見せず淡々と話す宮塚。「どうやら、口からではなく何処か別の所から毒物を投与されたのでしょう」
「別の所…?」
「きっとこいつだぜ」磐田の横に跪いている祥一郎が言う。「恐らくこのグローブの内部に、毒を塗った針が仕込まれてるんだ」
「なるほど…このグローブを使った奴が死んじまうようにしてたってわけか」と時哉。
「で、でも…」怯えたような表情の千尋。「そのグローブを、誰が使うかなんて分からないんじゃ…?」
「いや」と祥一郎。「お前も見たろ?菅野サンが磐田サンのロッカーからこいつを出したのを」
「多分これは磐田サン専用のグローブなんや」烈馬が言う。「菅野サンが鍵も使わずにこれを取り出したトコから見ると、多分磐田サンはロッカーに鍵をかけへん人や。それを知っとった犯人は、こっそりこのグローブに細工をしたっちゅうこっちゃ」
「でも…」と知之。「ロッカーには鍵がかかってなくても、部室には鍵がかかってたんじゃないっスか?」
「だと思うぜ、あの八雲サンはそういうの律儀にしてそうだしな…」と祥一郎。「てことは、大体犯人は絞れてくるな」
「せやな…犯人は多分、八雲サンより後で早めに来て細工した人物か、もしくは鍵を持ってた人物か、やな」
「この中で、一番早く来たのって誰っスか?」知之は周囲に居た部員に尋ねる。
「八雲先輩の筈です」と黒木。「僕らが来た時には、八雲先輩が既に着替えてストレッチしてましたから」
「じゃあ、1年生が全員来てから来たのは?」
「僕が来た時には、菅野先輩と神保先輩が部室に居ましたよ」と大牟田。「八雲先輩は確か、グラウンドを走っていました。僕の次に来たのは確か穂積でした」
「確かに僕が来た時には大牟田君も居ました…」と穂積。
その時、一同からすれば遠くの方から声が聴こえた。
「おーい、どうしたんだ?」八雲である。
「何かあったのか?」神保が言う。その隣には逆井も居た。
「八雲先輩…」深刻な顔をする大牟田。「磐田先輩が…」
「磐田が…?!」嫌な予感を感じた3人も、急いで黒山の中に雑じる。そしてその中心に、予感通り既に息絶えた磐田の姿を見た。
「何てことだ、松本君が死んだと聞いたばかりなのに…」と逆井。神保は言葉を失い立ち尽くすのみであった。
「…あれ?」
「ん?どうした、千尋」
「菅野って人、どこ行ったの?」
「え?」祥一郎達は辺りを見渡す。確かに、菅野 秋人の姿が見当たらない。
「どこ行ったんっスかね…?」
「…どうやら、松本、磐田、菅野には何かがあるようだな」と祥一郎。「羊谷刑事、後で県警の資料室で調べ物していいかな」
「ああ、一通りここの捜査が終わってからな」羊谷刑事が言う。「とりあえず救急車とパトカー数台がもうすぐ来るから」

そして一通りの捜査が終わった後。
「んじゃ県警の方行くか」と羊谷刑事。
「じゃあ俺達もついていこか?」と烈馬。「前に秀文に関する資料色々見てるし」
「あ、そうさね。じゃあ俺も行くさ」時哉が言う。
「麻倉と千尋はどうする?」祥一郎が尋ねる。
「うーん…どうしようかなぁ…」考えている様子の知之。
「…じゃあ、わたし達此処に居るわ」
「…え?」唐突な千尋の言葉に驚く知之。
「わたしちょっと用事あるし、なんか一人で帰るの心細いもん。知之くん足打撲してるし」
「…そうか、ほな麻倉君、千尋頼むで」
「頼むで、って言われても…」困り果てる知之をよそに、祥一郎達は羊谷刑事の車で走り去って行ってしまった。
「…そ、それじゃあ千尋さん家まで…」
「ううん、違うよ」
「…え?」はっきり言う千尋に、更に戸惑う知之。
「言ったでしょ?"ちょっと用事がある"って」
「……?」知之ははっきり言って訳がわからなくなっていた。

知之と千尋を載せたタクシーは、市内の大学病院で停まった。二人はゆっくり下車する。
「ここの病院で合ってるんだよね?」と千尋。
「確か羊谷君のお父さんが此処だって言ってたっスよ」知之が言う。「でも、なんで僕となんっスか?矢吹君でもいいのに…」
「烈馬、わたしが弥勒さんの心配すると嫉妬するんだもん。あ、ここに来た事は烈馬には内緒だよ」
「う、うん…」そんなこんなで二人は病院の中へ入っていった。

「うわー、嬉しいなぁ、千尋ちゃんがオイラの見舞いに来てくれるなんて」
頭に包帯を巻いた弥勒が、弾んだ声で言う。
「ちょっと心配になっただけだよ…烈馬達何にも言わないしさ」林檎の皮を包丁でものすごーく薄く剥いで行く千尋。「でも、思いの他元気みたいだね」
「まぁ、松本先輩は右腕怪我してたし、それ程強くは殴られなかったってことかな…」殴られた部分を摩(さす)りながら言う弥勒。「でも、その松本先輩が殺されちまうなんてな…」
「え?何で知ってるんっスか?」知之が尋ねる。
「ああ、オイラの妹、寿美(としみ)って言うんだけど、そいつが現場の公園の近くを通りがかったんだ。で、見舞いに来た時聞いたんだ」
「それじゃあもしかして、磐田さんのことも聞いたの?」と千尋。
「え?磐田先輩何かあったのか?」
「…磐田先輩も、今朝亡くなったっス」
「おっ、おい、マジかよ?!あの磐田先輩が?!」
「うん…」一旦林檎の皮剥きを止めて言う千尋。「毒針の仕込まれたグローブを嵌めて…」
「なんてこった…オイラが殴られただけじゃなく、先輩達まで死んじまうなんて…」
「そう言えば、弥勒君は何か心当たりはないっスか?その2人が殺されるような動機みたいなこととか…」
「動機…?うーん…ちょっと見当つかないな…。松本先輩と磐田先輩と菅野先輩は、なんか仲良さそうにいっつもつるんでたけど」
「そう言えば、烈馬達何か調べるって言ってたけど、何かわかったのかな…」ムチャクチャキレイに皮の向けた林檎を切り分けながら言う千尋。「麻倉君、携帯で烈馬に電話してみてくれない?」
「ここ病院の中っスから携帯使っちゃダメっスよ(^^;)」
「あ、そっか…じゃあ、階段のトコに公衆電話あったじゃない?あそこで電話してみてよ」
「うん、わかったっス」知之はそう言うと、個室を出て行った。
「麻倉って、随分律儀な奴なんだね」
「そぉ?まぁ、だいぶ真面目な方だけどね。はい、林檎どうぞ」
「おっ、ありがとう」林檎を載せた皿を受け取る弥勒。「随分キレイに皮剥いてあるねぇ…切り方もキレイだし」
「料理は得意な方なんだよ」
「へぇー…オイラ、お袋も妹も料理下手糞だから、料理好きな女の子に憧れちゃうな」林檎を一かじりして言う弥勒。
「やーっぱそういうモンなのかしらねぇ…別に料理出来なくてもいいと思うんだけどなぁ」
「…オイラ、料理できない千尋ちゃんでも好きだよ」
「…え」千尋は、ほんの少し顔を朱らめてる自分に気付いた。まさか、でも…この込み上げてくる熱は何?気のせい…?

電話を終えた知之は、弥勒の病室のある方へ歩き出した。そして、病室の前に来て扉を開けようとした。
次の瞬間、勢い良く中から飛び出してきた千尋が彼にぶつかり、彼の身体は病室の扉の前で横になっていた。
「あっ、ご、ごめん、知之くん…」
「ど、どうしたんっスか…?」知之は開いたドアから部屋の中の弥勒を見た。看護婦が隣に立っている彼の頬には平手の跡がキレイに朱くついていた。
「とっ、とにかくさっさと行こっ」千尋はぶつかった時に落とした鞄を拾い上げると、知之の手を引き立ち去って行った。
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