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ライヴァル

第6話 思惑の炎
「…で、足の痛みが悪化したってか」
「うん…」麻倉家の食卓を囲んで夕食を食べながら言う知之。TVでは"がぶりんちょテレビ"というローカル番組をやっている。「病室から出てきた千尋さんの足が思いっきり僕の打撲の上に重なってて…」
「おまけに彼女に引き摺られたんだから、悪化しない方がおかしいわね(^^;)」汐里が呆れ顔で言う。
「ホントあの2人に文字通り踏んだり蹴ったりだな、オメー…」
「今回は弥勒君の所為っスよ…」と知之。「帰りのタクシーの中で千尋さんに聞いた話だと、千尋さんを口説いてる最中に入ってきた看護婦さんを、それ以上に口説き始めてキレた千尋さんが弥勒君にビンタ喰らわしたそうっスけど」
「懲りねぇな、弥勒も…とりあえず明日宮塚に診てもらえよ」
「分かってるっスよ…あ、そう言えば、電話した時はまだ何も分からなかったみたいっスけど、あれから何かわかったんっスか?」
「ああ、予想以上の事がわかったぜ」真剣な顔をして言う祥一郎。「あの野球部で、去年1人の生徒が死んでるんだ」
「ええっ?!」驚く知之と汐里。
「名前は、村西 大輔。当時野球部に入ったばかりの1年生だが、去年6月、練習中に急に意識不明の重体になり、病院に運ばれたが数時間後に死亡している」
「でも、練習しててどうして意識不明に…?」
「それはよく分からないが、その日八雲サンと逆井は夏休み中の合宿先の下見、神保サンは風邪で欠席していて、3年生は模試のため学校に居なかった。実質その時の責任者であった当時2年生の菅野サンと磐田サンが事情聴取を受けている。それと、その場にいた当時1年生の松本サンもな」
「そ、それじゃあ…」
「ああ、もしかしたらその3人が何か仕出かしてその村西を死に至らしめてしまったのかもしれねぇな…まぁ、これは練習中の事故として処理され、誰も責任は問われなかったけどな」
「その村西って人の家族は?」
「その時点で村西の両親は共に亡くなっていた。村西には兄弟も居らず、一人暮らしをしていたみてぇだぜ」
「てことはそのセンでの犯人は有り得ないってこと?」と汐里。
「ま、血縁関係を羊谷刑事達が調べてるみたいだけど、どっちにしろ部外者に部室にあったグローブに毒針を仕込むなんて芸当は無理だろ」
「そうっスねぇ…あ、そう言えば、部室の鍵を持ってた人は毒針を仕込めたかどうか分かってるんっスか?」
「ああ、まず八雲サンは一番最初に来てるからチャンスはあるな。それと顧問の逆井だが、今朝は職員室に来てから外には出てないらしい。まぁ、そもそも今日逆井は来る必要はないんだが、テストの採点があるとかで登校したらしい」
「あと、宮塚先生も持ってたっスよね」
「宮塚は宿直だったからな、仕込もうと思えばいつだって出来るし毒も簡単に入手できるだろうが、逆にそれだけ疑わしい状況で毒を仕込むかって話だよ」
「あー、確かにどう転んでも自分が疑われるのは確実だもんね」と汐里。「にしても、どうでもいいけどさっさと晩ご飯食べなさいよ。"がぶりんちょテレビ"ももう終わりかけじゃない」
「てことはもう8時かよ?!早よ食お…」二人はもう冷めかけている夕食を平らげた。

翌日、一応通常授業を行なうこととなり、生徒は学校に集まっていた。
そして、1時限目の後の休み時間。
「篁君」C組の教室に烈馬が入ってきた。祥一郎の机の周りには既に、知之と時哉が居た。
「お、矢吹、どうだった?」
「ああ、3-Bの坂本先生に会うて確かめたんやけど、やっぱ菅野サン来てへんみたいやで」
「ホント、何処行っちゃったんっスかねぇ…」
「ちなみに坂本先生、一人暮らししてる自宅の電話に何度も掛けてるらしいんやけど、なんやずーっと話し中らしいで。菅野サンの友達に聞いたけど、携帯の電源も入ってないらしい」
「ふーん…あ、そうだ篁、オヤジがこれお前に渡せって」そう言うと時哉は、次の授業である物理の教科書とノートの間に挟んだ書類のようなものを取り出した。「あ、俺、次物理室だからもう行くさ」
「おう、サンキュな」祥一郎は時哉が部屋を出て行くのを見送ってから言った。「そう言えば…おとといのアレ、何だったんだろうな」
「アレって?」知之が訊く。
「ほら、電気消した途端急に何かに怯えたようになったヤツ」
「あ、そう言えば…なんか余りに元気そうだから忘れちゃってたっスよ」
「ホンマ、まるで人が変わったみたいに…」と烈馬。「そう言えば…」
「ん?何だ?」
「あ、いや…俺、氷上島の時羊谷君と同じ部屋やったやろ?そん時なんやけど…」

 「くぁーっ、疲れたさーっ」畳の上に敷かれた蒲団(ふとん)に胡坐(あぐら)をかき、伸びをして言う時哉。
 「なんか親父臭いで…」呆れて言う烈馬。「…にしても羊谷君、上何か着んと寒(さ)むないんか?」
 「いや、別に…俺いっつも上は裸で寝るけどさ…」呆気らかんという時哉。
 「さよか…」呆れ顔の烈馬。ちなみに烈馬は薄い青色のパジャマを着ている。「さてと、ほなそろそろ寝よか。電気消すで」
 烈馬が電気の紐に手を伸ばした瞬間、時哉は声を大にして言った。
 「あっ、わっ、悪ぃ矢吹っ…消さねぇでくれねぇさ…?」
 「え?」伸ばした手を下ろす烈馬。
 「あっ…」少し妙な表情をする時哉。「あ、お、俺、ちょっと本読みたくてさ…少しだけでいいからさ」
 「ふーん…ま、俺は電気点いたままでも寝れるからええけど」烈馬は怪訝そうな顔をして蒲団に潜り込む。「ほな、おやすみ」
 「ああ、おやすみ…」

 「…ん」
 烈馬は急に目を覚ました。
 「なんや…まだ30分も寝てないやないか…」烈馬は枕元の腕時計を見て呟いた。「…ん?」
 烈馬がふと視線を横に遣って見たものは、寝相が悪くて蒲団を足で払ったのか蒲団が足元の方に丸まってしまっている状態でリズミカルな寝息を立てて眠っている時哉の姿であった。
 「あれ…本読むて言うてたよな…でも本なんてどこにもないし…」部屋を一通り見廻すが、確かにこれといって本はない。
 烈馬は不思議がりながらも、ズレた時哉の蒲団を直すと、電気を消して再び眠りに堕ちた。

「…っちゅうわけや」烈馬の回想が終わる。
「ふーん…確かにちょっと不自然っスねぇ…」
「もしかしてアイツ、只の怖がりだったりしてな」薄ら笑いを浮かべ言う祥一郎。
「せやけど、あんなに怯えるか、普通?」
「うーん…そうなんだよなぁ…」と祥一郎が言った瞬間、2時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
「あっ、ぼ、僕次英語の小テストがあるんっスよ!」急ぎ足で教室を出てゆく知之。
「おいおい、そない走って足大丈夫なんか?」烈馬も知之と共に教室を出て行った。

2時間目の世界史の授業中、祥一郎は教科書を机の上に立て、先程時哉から受け取った書類を読み始めた。今回の事件の関係者の素性について、羊谷刑事に調べてもらっていたのだ。

八雲 肇…製薬会社に勤める父親が元高校球児だったこともあり、小さい頃から野球に傾倒する。現在はそのピッチングセンスを買われ野球部のキャプテンを務める。母親は専業主婦。3つ年上の兄が居る。英語検定準1級。
神保 堅次…父が医者、母が元看護婦の家に生まれる。現在野球部の副キャプテンを務める彼は、八雲と共に名バッテリーとして校内では有名。2つ年上の姉と1つ年下の妹が居るが、現在は一人暮らし。キャンプが趣味。
大牟田 浩貴…ライトを守る彼は、サラリーマンの父親を2年前に事故で亡くしている。現在居酒屋の女将をしている母親と2人で暮らしており、自身も野球部の練習の後夜間のアルバイトをしている。小学校時代は碁に勤しんでいたらしい。
黒木 隆一…両親を7歳の時亡くし、以降施設に預けられる。高校進学と共に1人暮らしを始め、大牟田同様アルバイトで生計を立てている。現在はまだ野球部の補欠であるが、逆井には信用されているらしい。パソコン操作に長けている。
穂積 恒男…父親が去年リストラされて以来、母親が薬局で働く傍ら彼自身もアルバイトをしている。父親の仕事が事務であったため、現在野球部のマネージャーとしてよく働いている。小学生の弟が居る。姉が4年前に事故死。
弥勒 秀俊…教師の父親と専業主婦の母親(私立大学薬学部卒)を持ち、中学生の妹を含め4人で暮らしている。まだ高校1年生ながらファーストの腕はプロ級で、ローカルニュースにも取り上げられたことがある。
(その他の生徒のうち、松本、磐田、菅野は昨日祥一郎自身で調査済のため省略)

(ふーん…また随分ややこしい連中が揃ってんだな…あとこっちは教師かな…)

逆井 基樹…小中とボーイスカウトに入り、高校時代に甲子園出場、大学時代も広くその体育の実力を発揮したことから、7年前に秀文高校の体育教諭として就職。現在野球部の顧問兼コーチとして生徒の指導に当たっている。母親は4年前に病死、商業会社に勤める父親と、2年前に結婚した妻、そして現在9ヶ月の息子と共に暮らしている。
宮塚 祐一…秀文高校校医として今年就職。詳しい経歴は不明。

(不明…?それってどういう…)
祥一郎の黙考は次の瞬間、世界史教師の築島(つきしま)のゲンコツに遮られた。

「やっばー…バイトに遅れちゃう…」
住宅街の穏やかな道を駆けてゆく女性が居た。つかさである。
「なんでこんな日に限って寝坊なんかしちゃうのかなぁ…やっぱ昨夜の電話の所為?」
昨夜つかさは、弥勒の事で立腹していた千尋の長電話に延々2時間つき合わされたのだ。お蔭で10時入りのバイトがあるのに10時半にこんな所に居る羽目になってしまった。
「ホンットに人騒がせなカップルなんだからぁ…」走りながらメイクを整えるつかさ。その術は或る意味プロ級である(笑)。
そんなことを呟きながらつかさは信号のない交差点を曲がった。そこでつかさは、とんでもない光景を目にする。
「…ちょ、ちょっとあれ、火事…?!」

昼休み。食堂の一角に、祥一郎達は集まっていた。いつの間にか彼らは毎日こういう風に逢うようになっていた。
「ふーん…確かに経歴不明ってのは気になるなぁ…」牛丼を頬張りながら言う烈馬。
「ココ入った時の履歴書でも調べりゃいいのに」時哉は菓子パンを食べながら言う。「ま、教師連中は全員で昨夜11時まで会議してたらしいし、色々バレることに警戒してるかもしんねぇけどさ」
「羊谷君のお父さんに電話で聞いてみたらどうっスか?」唯一弁当を食べながら言う知之。ちなみに祥一郎にまで作ると兄弟であることがバレてしまうからと汐里に言われ、祥一郎は渋々食堂のメニューに甘んじているのであった。
「…だな」祥一郎はカレーを急いで食べ終えると、携帯を取り出し羊谷刑事に電話を掛け始めた。
「もしもし…」電話口の向こうから聞こえる羊谷刑事の声。
「あ、羊谷刑事?オレ、篁」
「ああ、どうしたんだ、こんな時間に…」声と共に蕎麦を啜る音が聞こえる。彼もどうやら食事中のようだ。
「ああ、実は…」事の経緯を話す祥一郎。「…ってことなんだけど、これどういうことなんだ?」
「宮塚のことか…実はヤツはかなりの曲者(くせもの)みたいだ」
「曲者…?」
「ああ、まず、ヤツが秀文高校に入る際学校側に提出した履歴書は全くの贋物(にせもの)だった」
「何だって…?!」
「そもそも、ヤツが秀文に入ったのは今年だ。去年のあの事故を知っているのは不自然だ…。おまけに、ヤツが住んでる筈の住所にあるのは朽ちかけた廃工場で、到底人の住んでいる気配がないんだ」
「つまり宮塚に関することは何一つ分からないってことか…」
「ただな、一つだけ手がかりがあったんだ」
「手がかり?」
「去年死んだ村西 大輔の叔母に宮塚の写真を見せたら、彼女は宮塚を自分の甥だと言っていたんだ」
「え…?」
「村西の母には兄と妹が居た。つまり宮塚は、村西の母の兄の子供…要するにいとこだったんだよ」
「そうか…じゃあ村西 大輔の死の真実を知るために、身元を隠して秀文に来たって可能性があるってことか…」
「あ、ちょっと待て…」羊谷刑事は電話の向こうで誰かと話しを交わしているようだった。そして再び電話口に戻る。「…おい篁君、かなりヤバイ展開になってきたぞ」
「ヤバイ展開…?」
「ああ…」羊谷刑事は少し間を置いて言った。「菅野 秋人が焼死した」
「なっ、何だって?!」
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