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ライヴァル

第7話 the time has come
午後の授業を放っぽり出して、祥一郎は羊谷刑事に聞いた現場にやって来た。ちなみに他の3名は放っぽり出すことは出来なかった(笑)。
「えっと…2丁目ってことはこの交差点を曲がったトコだな…」祥一郎は交差点を曲がると、マンションの2階の一室がやや黒く焦げているのを眼にした。「あれか…」
祥一郎はそのマンションの近くまで駆け寄り、既に駆けつけている筈の羊谷刑事を探した。しかし、彼はそこで思いもよらぬ人物と顔を突き合わせた。
「…つ、つかさ?」その場との余りの不釣合いなつかさの存在に、祥一郎は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「何よその言い草…」呆れるつかさ。
「な、何でつかさが此処に居るんだ?」
「消防署へ通報したのが彼女だからだよ」
祥一郎は声のした方を振り向く。現場の中から羊谷刑事と勝呂刑事が出てきたのだ。
「ホントに学校抜けてきたんですね…(^^;)」と勝呂。
「一応他の連中にノート取ってもらってるよ」祥一郎が少し膨れ面で言う。「で、なんでコイツが通報を?」
「バイトに行く途中たまたま通りかかったのよ」とつかさ。「で、携帯で消防に連絡した後ふとマンションの郵便受け見たら、千尋が言ってた事件の関係者の人の名前があったから、警察にも連絡したってわけ」
「ふーん…」祥一郎が言う。「で、ホントに焼死したのは菅野サンなのか?」
「さっき歯形の照合が終わって、確かに菅野 秋人であることが分かったんだ」と羊谷刑事。「ちなみに他に死傷者はなく、火事も菅野の部屋が半焼する程度で済んだけどな。それと、菅野の体内から辛うじて睡眠薬が検出されたことから他殺の疑いが濃いな」
「あと、出火時刻は古閑さんの証言からして恐らく10時過ぎ頃ですね」と勝呂。「ちなみに部屋の鍵はかかっていましたが部屋からは発見されてないので、犯人が持ち出して鍵を掛けたものと思われます。それと携帯電話もなくなっていましたし、部屋の電話の受話器も外れていました。睡眠薬で眠らせた菅野さんを起こさせないためでしょう…あ、ちょっと失礼します…」勝呂は鳴り出した携帯電話を持ってその場を離れた。
「道理で電話してもつながんねぇわけだな…」祥一郎が言う。「それで?野球部の連中のアリバイは?」
「…篁君、わかんねぇか?」
「は?」
「君も含めて、出火時刻の10時過ぎは生徒も教師も学校に居た筈だろうが」
「あ…てことは…」
「お師匠さま、今連絡がありました」と勝呂。「学校に確認したところ、菅野さんを除く野球部のメンバー、並びに逆井さんと宮塚さんは出火時刻に学校に居たことがわかりました」
「つまり、あの連中にはここに火をつけることは出来ないってことになるな」と羊谷刑事。
「なぁ、羊谷刑事」祥一郎が言う。「なんか現場に落ちてた不審なモノとかなかったか?」
「不審なモノ…?うーん、とりあえずあっちに現場から見つかったモノ並べてあるから、見てみるか?」

ビニールシートの上に、透明な袋に入ったモノが色々並べられていた。
「かなり焦げちまってるからわかりづらいが、持ち運びの出来るラジカセ、タオル、ジュースの空き缶、ケースとケースから出てしまっているカセットテープ数本、雑誌数冊、電池切れのためかバラバラにされた懐中電灯と切れた乾電池4本、ブルージーンズ、ライター、インスタントカメラ、定期入れ、中身の出たボールペン、男物下着数枚、写真立て、クシャクシャになった新聞紙数枚、メモ帳、うちわ、置時計、鞄、CD十数枚、教科書やノート類、ネックレス、帽子、辞書、熱で割れたガラスのコップが2つ分、マンガ本数十冊、手帳、財布、カップラーメンの容器数個…それと灰皿だ」
「ライターと灰皿があるってことは、菅野サンは煙草やってたのか?」
「机の上に煙草の箱があったし、灰皿の上や床にも多数吸殻があったから間違いないだろう」羊谷刑事が言う。「ちなみに犯人が学校に居たとしたら、そんな場所からこのライター1つでこれ程の火事を起こすのはまず不可能だな」
「ふーん…菅野の部屋の間取りとかって分かるか?」
「間取り?」警察手帳を数ページめくって言う羊谷刑事。「えーっと、1DKで部屋は6畳、窓は南東に向かっていて、陽は割と当たる方だな。あとトイレと風呂がついてる」
「…なるほどな」
「え?なるほどって…」と勝呂。
「ああ、火をつけたトリックなら大体分かったぜ」
「ほ、本当か?!」
「あくまで推測だけどな。犯人の目星も大体ついてるんだけど…証拠がねぇからなぁ…」
「羊谷刑事」皆の後ろから女性の声がした。「目撃者が居ました」
「本当か、柏木君」羊谷刑事が言う。
「はい」柏木と呼ばれたその女性は警察手帳を手に言う。「昨夜午後10時頃此処を通り掛かった男性が、このマンションから不審な人物がマンションの鍵らしきものを持って出てくるのを見たそうです」
「午後10時か…」考え込む祥一郎と羊谷刑事。
「ねぇ勝呂さん」つかさが尋ねる。「あの女のヒトだぁれ?」
「あ、あの人は柏木 怜美さんって言って、こないだこっちに異動になったんですよ」
「ふーん…奇麗な人だねぇ」つかさはふと勝呂の顔を見た。つかさにはその顔が何か憧れているものを見るかのように見えた。

その頃、授業を終えた知之達は、宮塚に知之の足の具合を診てもらう為に保健室に向かっていた。
「今頃篁君何やってるっスかねぇ…」
「さぁな…」と時哉。「もしかしたら、もう犯人分かってたりしそうさね」
「だったら無意味やな、俺ら」苦笑する烈馬。
その時、3人の正面から八雲 肇が歩いて来た。
「あ、八雲先輩…」
「あぁ、君達か」と八雲。「どうしたんだい、こんなトコで」
「あ、僕の足の打撲を宮塚先生に診てもらおうかと思って…」
「ふーん…あ、そうだ君達、逆井先生見なかった?」
「逆井先生ですか?いや、見てないですけど…」と烈馬。
「そっか…職員室にも体育の先生の部屋にも居ないんだよなぁ…部活の事で話があるのに」八雲は右手につけた腕時計を見ながら言う。「あ、じゃあ僕色々探してくるから」
「サヨナラっスー」3人は八雲の背中を見送ると保健室まで向かった。

「失礼しまーす」知之達が保健室に入ると、そこには宮塚と神保が居た。
「あれ?神保先輩どないしたんですか?」烈馬が尋ねる。
「ああ…ちょっとさっき突き指しちまったんだよ」指先を宮塚に包帯を巻かれながら言う神保。「…そう言えば、菅野が死んだと噂で聞いたんだが」
「あ、そうらしいさ…」と時哉。「俺親父が刑事だから…」
「そうか…」神保は少し鬱向いて言う。「もう野球部も終わりかな…」
「…はい、包帯巻き終わりましたよ」と宮塚。「明日また来てください、経過見ますから」
「ありがとうございます…」立ち上がる神保。ふと知之達に視線を遣って言う。「あ、そうだ、今何時かわかるか?」
「え?今は…」腕時計を見て言う知之。「えーっと、3時25分っスね」
「サンキュ、俺腕時計忘れて来ちまって…じゃあな」そう言って神保は保健室を出て行った。
「やっぱりみんな滅入ってるんやな…」烈馬は神保の後ろ姿を見て言う。

「確かにちょっと悪化してますね…」知之の足の包帯をほどいて言う宮塚。「何かあったんですか?」
「あ、いえ…」知之は言えなかった。なんせ隣に烈馬が居るのだから。
「ま、あと2、3日は安静にしてて下さいね…ふぁあ…」
「…眠いのさ?(^^;)」宮塚の大きなあくびに呆れる時哉。
「ええ…昨夜は職員会議で遅かったんですよ…宿直明けなのに碌に寝てなくて…」
その時、音の失い保健室にアナウンスが響いた。
「宮塚先生、宮塚先生、お電話が掛かっています…至急事務室までお越しください…」
「電話…?」宮塚は怪訝そうな顔をする。「誰がこんな時間に…?とりあえず、私は事務室まで行って来ますから、少し待っていてください」
「わかりました」3人は宮塚が保健室を出てゆくのを見送った。そして次の瞬間、彼らは部屋中を漁り始めた。
「急げよ二人とも…」時哉が机の上の置時計に目を遣りつつ、机の引出しを探りながら言う。「篁が電話で宮塚を引きとめていられる時間なんて高が知れてるから…」
「その間に、宮塚先生の正体の分かるものを何か見つけ出さなきゃいけないんっスよね…」鞄の中を弄(まさぐ)る知之。
「おい、二人とも…」壁際に架けられた背広を探っていた烈馬が言う。「免許証があったで」
「ほ、ホントか?!」二人とも烈馬の元へ駆け寄る。
「確かにあのヒトのっスね、写真が同じっス…」免許証を覗き込む知之。「えーっと、名前は…」
「村西 蓮(れん)、か…」メモ帳にペンを走らせながら言う時哉。「よし、住所メモったさ」
宮塚が保健室に戻ってきたのは、3人が捜索の痕跡を全て片付け終えた直後であった。

「ホント冷や冷やしたっスよ…」
保健室から出てきた3人はほっと胸を撫で下ろす。
「ホンマ、まるでミッション・インポッシブルやな」
「ま、とりあえず宮塚は気づいてなかったみたいだから、任務達成ってトコさね」
「篁君も俺らに碌な役廻してくれへんよな」笑って言う烈馬。「ちなみに二人とも、机の上に写真立てが伏せて置かれてたん気づいとった?」
「あ、そう言えば置時計の横にあったっスね…やっぱりあれって村西 大輔って人の写真が…」その時、或る考えが知之の頭を掠めた。「ちょ、ちょっと待ってくださいっス…」
「ん?何さ?」
「確かあの時…あの人…」
「あっ…!」二人とも、知之の言わんとしていることに気づいた。「そ、それじゃあ…」
「ちょっと俺、急いで親父に確認とってみるさ!」時哉は携帯電話をかけ始めた。
そして、たまたま通り掛かった大牟田はその様子を目撃した。

「…ってことなんだが、篁君どう思う?」
時哉からの電話を終えた羊谷刑事が言う。
「なるほどな…あいつらも想像以上の収穫持ってきてくれたもんだぜ」
「…え?」
「あいつらの推理が当たってるかどうか、至急確認してくれ。多分犯人を暴く決め手になると思うから」
「あ、ああ…」羊谷刑事は急いで車に乗り込んで走り去った。
「ど、どういうこと…?」とつかさ。
「いよいよ事件が大詰めだってことだよ…」祥一郎が言う。

一行が喫茶店"ライム"(→「Brotherhood」参照)に駆けつけた時には、もう朱色の陽が傾こうとしていた。
「これが、宮塚 祐一こと村西 蓮の調査書だ」羊谷刑事がテーブルの上に置く。
「えっ、あのヒト高卒だったわけ?!」千尋はそれを見て驚いて言う。
「一応医師免許は持っているようだがな」と祥一郎。
「両親は既に死んでいて、兄弟も居ないってことを逆手にとって履歴書を偽造したんだろうってさ」つかさが言う。
「で?俺が電話して聞いたアレはどうだったのさ?」時哉が言う。
「ああ、確かにあの場所からアレが出てきたそうだ。秀文の定期検診の資料からも、その事ははっきりしたよ」
「ってことは…」
「ああ、漸くだが、犯人わかったぜ」

「お世話になりました…」
大学病院の前で、担当医師に挨拶をする弥勒。
「…そろそろかな」乗り込んだタクシーの中で、弥勒はひとり呟いた。
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