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綻びゆく絆

第2話 Missing
「ほな姉貴、丞おじさん、行ってくるから」
心斎橋にある矢吹邸の前。烈馬と千尋が立っている。
「ああ、楽しんでこいよ」烈馬のおじ、丞が言う。
「行ってきまーす」2人は家を離れていく。
「…なーんか、あの子が神奈川行く日みたいやったね」里夏子がぽつりと呟く。
「…せやな」と丞。
「ほなあたし、大学のサークルの集まり行ってくるさかい。御飯は勝手に食べといて」
「おい…」

阿部野橋商店街の一角にある居酒屋『塑螺』には、6時ちょっと前に着いた。
「ねぇ烈馬、此処って何か思い出でもあるの?」と千尋。
「ああ、文化祭の打ち上げも、志帆が転校してきた時の歓迎会も、俺の高校の合格発表ん時も、事ある毎にしょっちゅう此処に来とったんや」
「へぇー…」
2人は店内に入っていく。
「あ、烈っちゃん!此処此処!」
声のした方を向くと、座敷席に万智子とあゆみ、志帆が座っていた。
「うわ、ハーレムやな」烈馬はその席で靴の紐を解きながら言う。「あんま嬉しないケド」
「ちょっと、それどーゆー意味?」烈馬の頬を笑顔で引っ張るあゆみ。
「ひゅ、ひゅみまひぇん、あゆみひゃま…」
「他の人たちはまだ来てないんですか?」千尋が聞く。
「ええ、平繁君は先刻迄おったんやけど、何か用が出来た言うてちょっと出て行ったトコ」と万智子。
「あー…痛ぇ」烈馬は真っ赤になった頬をさすりながら座敷席に入る。「あれ?志帆ちゃん、その譜面何や?」
「あ、コレ…」志帆はテーブルに置いた譜面を手に取って言う。「来年の始めに、コンクールがあって…」
「これ、ピアノの譜面だね」千尋が覗き込んで言う。「あー、"G線上のアリア"ね」
「見ただけでよう分かるなぁ」と烈馬。
「一番上にタイトル書いてるじゃない」呆れ顔で言う千尋。「志帆ちゃん、だっけ。ピアノやってるの?」
「う、うん、まぁ…」と志帆。
「志帆ちゃんは俺らが中3の時に仙台から越して来てんけど、ピアノがめっちゃ上手くてな。なぁ志帆ちゃん」
「そ、そんな…」少し顔を赤らめる志帆。

それから15分後。
「おーっ、やっとるなぁ」座敷席に入ってきた良介が言う。正継も隣に居る。
「遅いわ良ちゃん」とあゆみ。「もう先に食べてもうてんで」
「悪い悪い、バイトが長引いてな。ほんで先刻其処で正継に会うたから、一緒に来たんや」早速腰を下ろし陣取る良介。「あ、オレいつものオムそばめしな」
「平繁君は何処行っとったんや?」烈馬が訊く。
「あ、ちょっとな…」と正継。「にしても烈馬の彼女、もうすっかり溶け込んでるなぁ」
「もうちっひーとあたしらマブダチやもーん」あゆみが千尋と肩を組んで言う。
「いつからそんなあだ名ついたんや…」呆れ顔でツッコむ烈馬。「そういや、2人は橘君のコト聞いてへん?」
「え?カズのコト?」と良介。「いや、何も…そういやおらへんな」
「まだ来てないのよ、誰か彼の携帯にかけてみたら?」万智子が言う。
「せやな」良介は携帯を取り出し、電話を掛け始める。「…おっかしいなぁ、しばらくコール音鳴ってんけど…あ、"只今電話に出られません"やて」
「バイクに乗ってて気づいてへんのとちゃう?」とあゆみ。「屹度(きっと)今来てるとこなんやて」
「ほな先食べとこか」正継が言う。

「ねぇ…」テーブルの上の料理が殆ど無くなった頃、志帆が言う。「幾ら何んでも、橘君遅すぎやない…?」
「そういやそやな」と烈馬。「もう7時半廻ってもうてんで」
「小松川町から此処までやったら、歩いてでもものの20分で来れる筈やもんなぁ…」あゆみが言う。
「もっかい携帯かけてみよか…」良介が携帯を操作し始めた時、店のドアが強く鳴る音がした。
「烈馬!烈馬何処におる?!」声のした方を向くと、其処には焦った様子の里夏子が立っていた。
「あ、姉貴…?」目を点にする烈馬。「どないしたんや…?」
「如何したもこうしたもないねん!早よ来ぃ!」
「な、何んやねん、何処に行くっちゅうんや?」
「小松川町にある、あんたの友達の橘っちゅう家や!その子が死んでもうたって知らへんの?!」
「な、何んやて?!」その場に居る全員が驚きの表情を見せた。

小松川町の骨董品屋『緋柳(ひりゅう)』の前には、数台のパトカーと多くの野次馬が群がっていた。
「ホンマに、ホンマにカズが…?」いつもとは違う店の前の様子に戸惑う良介。
「あっ、篠塚刑事!」烈馬は人山の向こうに見知った顔の人物を見て言う。
「あれ?烈坊やんか」その中年の男が振り向いて言う。「どないしたんや、こんなトコで」
「え?あの刑事さん、烈馬の知り合い?」千尋が聞く。
「ああ、丞おじさんの後輩で、篠塚刑事って言うねん」
篠塚は人山を分けて烈馬らの元に来る。「久し振りやなぁ、烈坊」
「なぁ篠塚刑事、此処でヒトが死んでるってホンマなん?」
「ああ、此処の一人息子の橘 和人っちゅう子が壺で殴り殺されてたんや」
「ほ、ホンマに和人が…?」震えた声で言うあゆみ。「しかも殺されたって…?」
「え?何や烈坊、お前らの知り合いか?」と篠塚。
「ああ、俺らの同級生やってんけど…」烈馬が言う。「よかったら、中入れてくれへんかな」
「あ、ああ、構へんけど…」

現場は骨董品が陳列された部屋であった。棚と棚の間の床に死体の跡をなぞった白い線が描かれ、其処には少量の血液と携帯電話、そして多くの壺の欠片が散らばっていた。
「死体はご両親に本人と確認してもろてから、司法解剖のため病院に運んでしもてんけど、他はまだ遺体発見時のままにしとる」篠塚が言う。
「親御さんは彼が殺されたんに気づかへんかったんですか?」里夏子が訊く。
「今日は商品の買い付けなどで昼から出かけとって、夜7時頃に帰って来て死体を見つけたそうや。ちなみに鍵はかかってへんかったそうやで。死亡推定時刻は午後6時から7時までの間っちゅうトコやな」
「死因は、やっぱ頭を壺で殴られて、っちゅうことなんか?」と烈馬。
「死体の後頭部に殴られた跡もあったし、破片の飛び具合から言うてもまず間違いないやろな」
「ほ、ホンマに橘君が…?」と万智子。
「えっと、一応聞いときたいんやけど」篠塚が言う。「烈坊らはその時間どこで何しとった?」
「ちょっ、それってどういう…」ちょっと怒った風の良介が言う。
「形式的なモンやから、気にせんといてください」と篠塚。
「俺らは、6時に阿部野橋の居酒屋で待ち合わせしとったんや。橘君も含めてな」と烈馬。「せやけど橘君は来ぇへんかって、可笑しいなぁと思てたら橘君が死んだって知ったんや」
「ほな、全員6時からずっと一緒におったんか?」
「いや、オレは15分くらい遅れて着いたで」良介が言う。「店の近くで会うた正継と一緒にな」
「あ、僕は5時50分くらいに来たんやけど、ちょっと席外しとったんや」と正継。
「その間、何処に行っとったんですか?」篠塚が尋ねる。
「どっかで落とし物をしたことに気づいて、探しに行っただけや。んで、見つかって店に戻っとる途中で良介に会うたんです」
「なるほど…」と篠塚。「他には?」
「あ、私…」志帆が言う。「携帯かかってきて、店ん中やと話でけへんかったんでちょっとだけやけど店の外に出てました…」
「それはいつ頃、何分くらいでしたか?」
「確か、6時40分頃やったと思います…5分かそこらで戻ったと思いますけど…」
「それは間違いちゃうよ」とあゆみ。「確かそん時あたし時計見とってんもん」
「私と矢野さんは宇治原さんと一緒に5時45分頃店に着いて、それからずっと店からは出てません」万智子が言う。「ちなみに矢吹君と仙谷さんは6時ちょっと前に着いとりましたよ」
「なるほど…ちなみに、こん中でバイクや車の免許を持っとるヒトは?」
「あ、オレ、バイクの免許持ってんで」と良介。
「私は車の免許を」万智子が言う。他の面々は何も言わない。
「そうでっか…」篠塚はメモする手を止めて言う。「ちゅうことは、烈坊と千尋ちゃん、三上さんに平繁君、矢野さんと宇治原さんには犯行は不可能っちゅうこっちゃな」
「ちょ、ちょい待てや!」と良介。「なんでオレは入ってないねん?!」
「阿部野橋からこの小松川町までやったら、片道は徒歩で20分やけどバイク使たらもっと短こなるやろ。6時以降此処で橘君を殺し、阿部野橋に帰ってくるっちゅう芸当は、この中やと君にしか出来へんねん」
「そ、そんなコト…」冷汗をかく良介。「そ、それに、カズ殺したんがこん中におるって決まったワケやないやろ」
「そうやそうや」あゆみが言う。「それに良ちゃんと和人はむっちゃ仲良しやったんやもん、犯人なワケないって」
「…まぁ、とりあえず署の方で話は聞かせてもらおか」と篠塚。
「お、おい、刑事さん…」正継が言う。
「あ、もしもし、丞おじさん?」
「…え?」振り向く篠塚。烈馬が携帯で話していた。
「あー、今篠塚刑事おんねん。…え?何かあったら"マッチの話バラしたろか"って言えって?」
「わっ、わーっ!」焦って烈馬の携帯を奪い取る篠塚。
「…どないしたんや、篠塚刑事」呆れ顔の烈馬。「電話、つながってへんで」
「…へ」奪った携帯を見る篠塚。待ち受け画面のままである。「…なんや」
「まーせやけど、"マッチの話"やったら俺も丞おじさんから聞かせてもろてるしー…」
「わかった、わかったから…」顔を真っ赤にする篠塚。「で、要求は何なんなんや?」
「要求っちゅう程やないケド、やっぱ甲島君には犯行無理やで」
「え…?」
「篠塚刑事の話やと、甲島君はバイク使こて此処に来て此処から『塑螺』に行ったコトになるケド、この辺り一帯は人通りも多いし、静かな住宅街やからバイクなんか飛ばしよったらすぐ近所のヒトにバレてまうやろ?」
「た、確かに…」
「それにそもそも、甲島君は店の近くで平繁君に会うてる。この時点でその推理に穴があるって分からへんか?」
「え?」首を傾げる一同。
「なるほど」と里夏子。「そもそも彼はバイクに乗ってなんかなかったっちゅうこっちゃな」
「あ、そっか」正継が言う。「僕に会うた時良介歩いとったもんな」
「バイトが金崎駅の真ん前やから電車でバイト行ってんねん」と良介。「その足で『塑螺』に行ったから、オレはバイクなんて使てへん」
「ま、そんなワケでや」烈馬が咳払いをして言う。「甲島君が犯人である可能性は低いっちゅうこっちゃ」
「…な、なるほど」と篠塚。

「それにしてもさー、先刻の烈馬の推理むっちゃスゴかったね」
結局簡単な事情聴取のみで解放された一行。あゆみが言う。
「ホンマ、中3の修学旅行ん時思い出してしもたもん」と志帆。
「え?修学旅行?」千尋が言う。
「阿呆、あれは橘君と甲島君が月宮(つきみや)先生の財布抜き取って遊んだだけの話やろ」
「そんなコトしてたんだ…」呆れ顔の千尋。
「和人と良介はガキん頃からしょっちゅうツルんで悪さしよったもんなぁ」笑顔で言う正継。しかし、その瞳には次第に涙が溢れてくる。「…ホンマに、和人は…」
「平繁君…」志帆が言う。彼女の瞳にも薄らと涙の雫があった。
「…や、ヤやわぁ、みんな…」とあゆみ。「そんな神妙な雰囲気やったら、和人も浮かばれへんよ…」
「そうそう」万智子が言う。「ほら、今日は遅くなったから、みんな家に帰らな」
烈馬はふと良介を見た。少し顔色が悪い。
「…どないしたんや、甲島君?」
「え…」ちょっと驚いたような表情で烈馬を見る良介。「な、何でもないで…」
「……?」烈馬は怪訝そうに良介を見た。
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おまけ
今回の話は結構進むのが速いんですが、此処らへん結構そんな感じですよね。
ま、焦らずゆっくり読んで戴いて(笑)。
千尋をちっひー(本来米倉千尋サンの愛称)と呼ばすのはちょっと抵抗あったんですが、まぁいいかなぁと思ってやってみちゃいました。
「G線上のアリア」ってそのまま使ってみちゃったんですが、実はどんな曲だったか覚えてません(爆)。
篠塚刑事の「マッチの話」は特にどんな話かは決めてません。ご想像にお任せします(笑)。

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