inserted by FC2 system

綻びゆく絆

第3話 Requiem
――タ、スケテ…――

「……!!」
烈馬はベッドから飛び起きた。
「…なんや、夢か…」額に手を宛てる烈馬。「…あれ、誰やったんやろ」
夢の中で聞こえた男の声…何処かで聞き覚えのある…
「橘君…やろか」烈馬は再び枕に頭を沈めた。「…って、何でお前此処におんねん!!」
「…ふにゃ?」烈馬のベッドで安らかな眠りに堕ちていた千尋の瞳が少し開く。「あ…おはよ」
「"おはよ"ちゃうやろ?!お前、隣の部屋で寝とったんちゃうんかい!」
「ふぁあ…だって、眠れなかったんだもん…」
「…阿呆か」顔を真っ赤にする烈馬。そう言や千尋の寝顔を間近で見たの初めてかも…
「ねぇ、折角だからも少し寝てようよ」眠そうな声で言う千尋。
「…あのなぁ」口ではそう言うものの、烈馬も再び蒲団の中にもぐりこもうとする。
その時だった。
「れっ、烈馬!!」ドアを乱暴に開けて、里夏子が入ってくる。「大変やねん…って」
洞察力の良い里夏子は、入った瞬間状況を自分なりに解釈した。「…あ、邪魔やった?」
「べっ、別にそんなんちゃうわ!」思わず飛び起きる烈馬。「ったく、部屋に入る時はノックぐらいせぇや…で、何が大変なんや?」
「あ、せや、そんなぷちコントやっとる場合ちゃうねん」里夏子は真面目な顔になって言う。「…甲島君が、死んだそうや」
「なっ…?!」

大阪府警の一室に、烈馬達は集められた。
「和人の次は、良介か…」と正継。「…なんで、なんでや…」
「……」鬱向いている志帆。烈馬と千尋、里夏子、万智子も何も言わなかった。
その時、ドアが開いた。あゆみだった。
「…し、志帆…」あゆみの口唇は少し引き攣った笑いを含んでいたが、声は既に震えていた。「良ちゃんが死んだやなんて、嘘やろ?なぁ?」
志帆は何も言わず、首を横に降った。
「う、嘘や、嘘や…」あゆみの頬に水が流れる。「なぁ、嘘やろ?嘘やって言うて!志帆!正継!…烈馬…!」
「…矢野さん」万智子が嗜(たしな)めるように言う。
「皆さん、揃いはりました?」再びドアが開き、篠塚が入ってくる。
「あ、はい…」と里夏子。
「なぁ刑事さん」あゆみが涙を流しながら言う。「良ちゃん、死んでへんよね?なぁ?」
「…残念やけど、甲島君は昨晩10時頃に、幹町(みきまち)の自宅の部屋で毒を…」
「そんな…嘘やあぁぁっっ…!!」あゆみはその場に崩れ込む。
「あ、あゆみちゃん…」肩に手を添える千尋。
「千尋、ちょっとあゆみちゃんと一緒に外出といてくれへんか」と烈馬。
「う、うん…」千尋とあゆみは部屋を出て行った。
「矢野さんと甲島君って、あそこまで親密な仲やったっけ」万智子が言う。
「…あの二人、付き合っとったんです」と志帆。「せやから、屹度…」
「そう、やったんか…」烈馬が言う。「そういや篠塚さん、先刻甲島君が死んだんは10時頃や言うてたケド…」
「ああ、烈坊らが小松川町の現場から帰ったんが9時頃やから、あの後割かしすぐっちゅうこっちゃな」と篠塚。「ちなみに毒は青酸系のモンや。傍に置いてあったコーヒーカップから同じ毒が検出された」
「アイツ…落ち着かへん時はよくコーヒー飲んどったんや…」と正継。
「とりあえず、昨夜あの後皆さん何処におったか教えてもらえますか?」
「俺らは丞おじさんの家におったで」と烈馬。「千尋もな」
「私は、そのまま幹町の家に帰りました」万智子が言う。「別に誰かが一緒におったワケやないですケド」
「わ、私も、家に…」と志帆。「両親は居ましたケド…」
「…僕もです」正継が言う。
「なるほど、今度は烈坊達以外アリバイなしか…」と篠塚。「ほな誰か、橘君や甲島君が殺されるとしたら理由に思い当たる節はないやろか?」
「うーん…俺はしばらく大阪(こっち)おらへんかったから分からへんケド…」と烈馬。「あの二人、しょっちゅう色んな悪さしとったから、何かしでかしてしもてたんかも知れへんな…」

大阪府警近くの公園のベンチに、あゆみは腰掛けていた。
「…良ちゃん」その瞳から涙は涸(か)れることなく流れてゆく。
「あゆみちゃん」千尋が声を掛ける。「ほら、アイスクリーム買ってきたよ」
「…おおきに」アイスクリームを受け取ったあゆみの腕は、震えていた。
「…横、座るね」千尋はもう1つ買ってきていたアイスクリームに口をつける。
沈黙。
千尋はあゆみに掛けるべき言葉を必死で模索していたが、その沈黙を破ったのはあゆみであった。
「…なぁ」
「え?」
「ちっひーって、烈馬のコト、大事なん…?」
「え?」突然の質問にちょっと戸惑う千尋。「う、うん…大事、だよ?」
「あたしもな、良ちゃんのコトむっちゃ大事やってん…」舗装された道を見つめながら言うあゆみ。「最初はな、ただの友達やったんやけど、いつの間にか好きになっとって…この夏遂に告白して、ほんで付き合い始めててん…せやのに、良ちゃん…」
「…スゴイなぁ」
「え?」指先で涙を拭って言うあゆみ。
「わたし、ホントに烈馬のコトを大事にしてるかって言われると、どんなに大事だって思ってても、なんか不安になってちゃんと答えられそうにないって思うんだ…だから、はっきりそう言えちゃうあゆみちゃんは、スゴイなぁって…」
「ち、ちっひー…」
あゆみは、千尋に抱きついて涙を流し始めた。
千尋は、服が多少濡れようと気にはならなかった。ただあゆみの髪を撫でてやっていた。

府警からの帰り、一行は志帆の家で昼食を摂ることになった。
「志帆ちゃん家、甲島君家の近くなんやな」と烈馬。
「うん…」志帆がお盆の上に載せた急須や猪口をテーブルに置きながら言う。「今お茶淹れるね」
「お父さんやお母さんはおらへんの?」と万智子。
「今日と明日は仙台で同窓会があるとかで、帰って来ぇへんのです」お茶を淹れた猪口をそれぞれに渡す志帆。
「ふーん…そうなんや…」正継はお茶を飲みながら言う。「…あ、志帆、あの机の上のって…」
「あ、もしかしてアルバム?」千尋は机の上のソレを手にとり、テーブルの上に持ってくる。「これって志帆ちゃんが転校してきてからのヤツ?」
「う、うん…」と志帆。「ちょっと昨夜見てて…」
「見てみていい?」志帆が頷くのを見てから、千尋はアルバムを開く。「あ、烈馬だ」
「あー、これみんなで咲花島(さいかじま)に行った時やな」烈馬もアルバムを覗き込む。「懐かしいなぁ」
「そうそう」とあゆみ。「正継が港の波止場から落ちそうになったんを皆で必死で助けたったんよね」
「あはは…そんなコトもあったなぁ」バツが悪そうな表情の正継。「あ、こっちは修学旅行ん時やな」
「修学旅行って何処行ったの?」と千尋。
「長野と日光や」あゆみが言う。
「長野?あー、そうなんだぁ」千尋は嬉しそうに言う。「わたし、長野出身なんだよ」
「あ、そうなん?」あゆみはすっかり元気を取り戻した様子である。「確かあん時泊まったん、桃仙境(とうせんきょう)っちゅう旅館なんやけど」
「えっ…」ちょっと言葉を詰まらす千尋。「あ、あぁ、あそこねぇ…」
「あん時も楽しかったなぁ」と烈馬。「昨日も言うた月宮先生の財布事件とか…」
一瞬の重い間があった。烈馬は不用意な発言に後悔した。
「あー…あ、せやせや、志帆ちゃんピアノだいぶ上手なったんちゃう?」
「え?あ、ま、まぁ…」と志帆。
「あ、じゃあ折角だからさ、何か聴かせてよ」千尋が言う。
「あー…僕も志帆のピアノ最近聴いてへんなぁ…」と正継。
「そうやね」と万智子。「丁度部屋にピアノあることやし」
「う、うん…」志帆はピアノの前の椅子に座る。「じゃあ、"スカボロー・フェア"を…」
「あっ、その曲好きなんよー」とあゆみ。「聴かせて聴かせて」
志帆は鍵盤に両手を乗せ、一つ深呼吸をしてからメロディーを奏で始めた。
「うわぁ…綺麗…」恍惚とした表情の千尋。
「流石やわ…」と烈馬。後から考えると、これは彼女が死んだ二人のために奏でた鎮魂歌だったのかも知れない。
そして、3分程のメロディーを奏で終えると、志帆は再び大きな深呼吸をした。
「すごーい!」あゆみは大きな拍手をした。他の一同もそれに続く。
「お、おおきに…」照れくさそうな表情でテーブルに戻る志帆。

夕方、心斎橋の矢吹家に篠塚刑事がやって来た。
「おー、篠塚やん」と丞。「元気しとったか?」
「先輩…」ちょっとたじろぐ篠塚。
「どないしたんや、篠塚」丞が言う。「折角久々に会うたんやから、もっとこう腹割って話そうや」
「別にワシは先輩と話しに来たんちゃいまんねん、烈坊と話をしに…」
「俺に?」烈馬と千尋が顔を出す。
「ああ、君も、事件のコト色々知りたいやろ」

「え?平繁君はホンマは甲島君が殺された時全然アリバイなかった?!」
「ああ…」烈馬の部屋で茶をすする篠塚。「親御さんに確認取ったんやけど、彼が帰宅したんは12時過ぎやったそうや」
「平繁君の家は確か寺月町やろ?小松川町からやったら、歩いても1時間はかからへんよな…」
「ああ、親御さんは烈坊らと遊んでたんやと思って別に追及もせんかったらしいケドな」
「……」考え込む烈馬。
「あのー…」と千尋。「別にあゆみちゃん達の中に犯人が居るって決まったワケじゃないんですよね?良介クンだって毒で死んだんだから他殺とは限らないし…」
「いや、アレは他殺の疑いの方が濃いんや」と篠塚。「毒を入れておいた容器が見つかってへんし、一人暮らしをしていた家の鍵は開いとったし、流し台にもう1個コーヒーカップが置いとったしな」
「つまり、誰かと一緒にコーヒーを飲んどって、その誰かに毒を盛られたっちゅうコトやね」
「姉貴!」烈馬は部屋のドアの所に里夏子が居るのを見た。「ったく、ノックぐらいせぇって今朝も言うたやろ」
「んなコト言うたかて、ドアが開けっ放しになっとったんやからしゃあないやろ?」里夏子は部屋の中に入ってくる。「んで?他に容疑者がおるんちゃうかっちゅう話はどないなったんや?」
どっから話聞いとったんや…と烈馬は心の中でツッコんだ。
「あ、ああ…」と篠塚。「バイト先や、甲島君の学校などを当たってはみたんやけど、これと言って怪しいヤツはまだ見つかってへんねん」
「ふーん…」
その時、リビングから丞の声がした。
「おーい烈馬!三上さんってヒトから電話やでー」
「万智子先生から?」烈馬はリビングに向かい受話器を取る。「もしもし、替わりましたケド」
「あ、烈っちゃん?」受話器の向こうからは、確かに万智子の声がする。「ちょっと急な話なんやケド、明日の昼12時から『緋柳』で橘君と甲島君の合同告別式をやることになったんや」
「え?そうなんですか?」
「二人の親御さんが話し合って決めたんやって。矢野さんや宇治原さんや平繁君にも私から連絡したんやケドな。んで、準備手伝って欲しいらしいから、1時間くらい先に来て欲しいんや」
「そうですか…ほな、明日千尋や姉貴と一緒に行きます」
「そうしてくれると二人も喜ぶやろね。ほな明日な」
万智子は受話器を置いた。すると、すぐにベルが鳴った。
万智子は戸惑いながら、受話器を手に取った。

「万智子先生何やって?」
部屋に戻って来た烈馬に、里夏子が尋ねる。
「明日、橘君と甲島君の合同告別式やるんやって」
「へぇ…」と千尋。「万智子先生も、こないだ小学校で見つかった死体の女の子のお葬式あったばっかりだろうに、大変だね」
「…そう言えば篠塚刑事、その小学校の女の子のコトは何か分かったんか?」烈馬が聞く。
「え?ああ…」篠塚刑事は警察手帳をめくって言う。「あの女の子――窪田 優が殺された21日の午後8時頃、近所で…」
「お、おい…」烈馬は話を止める。「その子、殺されとったんか?!」
「ああ、他の小学生らには刺激が強いやろうっちゅうコトで伏せておいとったんやけどな」
「ふーん…」と里夏子。「で?その8時頃何があったって?」
「あ、えっと、近所のスーパーマーケットで金庫の金が2人組の人物に盗られるっちゅう事件があったんや。防犯カメラの映像によるとそれがその日の午後7時45分。そのスーパーから小学校までは子供の足でも10分懸からん距離やから…」
「その子はその強盗犯の顔を見てしもて、それで殺されたんかもしれへんっちゅうこっちゃな…」と烈馬。「せやけど、なんでその子はそんな時間に夜道なんか歩いとったんや?」
「その日はピアノの塾で稽古があって、その帰りやったそうや」
「…もしかしたら、その事件と今回の事件が何か関係しとるかも知れへんな」と里夏子。「譬えば…」

万智子は、少し震える手で受話器を置いた。そして、一つ溜め息をついた。
最初に戻る前を読む続きを読む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
おまけ
遂にやっちまったよ、ベッドシーン(笑)。
まぁでも全然刺激強いモンではないですし(笑)。
色々と伏線張ってます。読み終えてから叉読み返すと幾つか気づくかも?
「スカボロー・フェア」は「G線上の〜」と違って何度も聴いた曲です。丁度いい選曲でしょ?(笑)

inserted by FC2 system