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綻びゆく絆

第4話 To the Light
次の日の朝10時、烈馬達は『緋柳』に居た…と思ったら実は石橋坂小学校に居た。
「…ちっくしょう」
烈馬は壁に拳を打付(ぶつ)けた。目の前にあったのは、上の階へ続く階段の手前で頭から血を流して倒れている女の姿であった。掛けていたらしい眼鏡は砕け散り、身体の周りで朝陽に照らされキラキラと輝いていた。
「…宇治原、志帆さんに間違いないですね」篠塚は神妙な面持ちで言う。
「…ああ」烈馬の声には悔しさと不甲斐なさが滲んでいた。
「し、志帆まで…」正継が言う。あゆみは彼の後ろで、顔を手で抑えて泣いている。
「…階段から落ちたんですか」烈馬が篠塚に聞く。
「階段にも少量やけど血がついとるし、恐らくな…」と篠塚。「死亡推定時刻は昨夜の7時頃、その日の当直の先生が帰ってしもてからっちゅうことやな」
「その時間やったら…」万智子が言う。「私は家で夕食を摂っとったと思います…」
「あたしも、親と一緒に…」あゆみが涙を堪えながら言う。
「ぼ、僕も…」正継がそう言うと、篠塚は彼に近寄った。
「ホンマにそうなんか?」
「え…それってどういう…」正継は少し戸惑う。
「君は、甲島君が殺された時のアリバイで嘘をついとったよな?」と篠塚。「親御さんに確認とったで」
「あ、そ、それは…」
「君は橘君の時もなんや厄介な行動取っとったよな?そのヘンのコト、ちゃんと説明してもらえへんやろか?」
「……」鬱向く正継。
「平繁君」と烈馬。「君が橘君や甲島君を殺してへんのやったら、ちゃんとその時何しとったか言って、君やないってはっきりさしたらどうや?」
「……」正継はしばらく口を閉ざしていたが、言った。「…バイト、しとったんです」
「バイト?」烈馬は怪訝そうな顔で尋ねる。「せやけど、君は塾に行っとるんや…」
「親にも黙って、こっそりバイトしとったんや…妃(きさき)町にある『おとね』っちゅうホストクラブで、経歴も偽って…」と正継。「僕の家、貧乏やろ?今でも両親がどっちも夜まで働いとって、せめて自分の使う分くらいはって思てな…」
「ほな、あの後は…」
「妃町行って、11時半頃までバイトしとって、それで家に…」躊躇いながら言う正継。「ちなみに6時頃に店出たんは、その晩は遅くなる思たから、店に行ってそう伝えたんや…」
「阿部野橋から妃町へやったら、徒歩で片道10分弱か…」と篠塚。「店に確認さしてもらうけど、ええやろか?」
「はい…店では『リク』っちゅう名前使てます…」
烈馬はふと志帆の死体を見た。眼鏡の欠片が反射する光が眼に飛び込んできた。

午前11時。骨董品店『緋柳』の中。
「平繁君、そっち側もう少し左やないか?」大きな棚の片端を持ち上げながら言う烈馬。
「そ、そうか…?」もう片端を持っている正継。「こ、こんなトコで、どや…?」
「うん、そんなトコじゃない?」とあゆみ。
「よいしょっと…」棚を下ろす二人。「ふぅ…疲れた」
「ホンマに、ありがとうな」和人の母親、由香里が、お盆に湯飲みを載せてやって来る。「和人や良介君のために手伝ってくれて…」
「いえいえ…」と万智子。
「棚の並び替えとかは大体済んだみたいやから、お茶でも飲んで一休みしといて」由香里は湯飲みを置き、その場を立ち去った。
「あ、わざわざすんません…」と正継。
「それじゃあ遠慮なく…」千尋は湯飲みを手に取って言う。「…そう言えば、この陳列室で和人クン…」
「千尋ー?」烈馬が強い語調で言う。
「あ、ご、ゴメン…」
一同は此処に来る前、二つ決めていたことがあった。
それは、特に彼らの親の前では明るく振舞うこと、そして事件のことは口にしないということであった。息子を亡くした親のために、志帆が死んだ直後で気分が滅入りそうな一同のために、烈馬が敢えて決めたことであった。
「ふぅ、美味しかった」
「あゆみちゃん、もう飲んでしもたんか?」と烈馬。
「うん、とりあえず此処にでも置いとこか」あゆみは飲み終えた湯飲みを、部屋の隅に寄せた棚の一つに置いた。すると、湯飲みは傾き、棚を緩やかに転がって落ちた。
「あっ!」烈馬は素早く棚に駆け寄り、地面スレスレのところで湯飲みをスライディングキャッチした。
「せ、セーフ…」小さく呟く烈馬。
「おー、大したもんやなぁ」と里夏子。
「あのなぁ…」烈馬は立ち上がる。「あゆみちゃんも、ちゃんと湯飲み置かなあかんで」
「え?あたし別にヘンに置いた積もりはないんやけど…」
「え?」烈馬は改めて棚を見てみた。「この棚、ほんの少しやけど傾いとるで…」
「あ、ホントだー…」と千尋。「何で傾いてるのかなぁ…ちゃんとしといた方が安全なのに」
「商品を見やすくする為や」由香里が入ってくる。「少し斜め上から見た方が見やすいやろ?」
「あー、なるほど…」烈馬は感心した表情である。「ところで、何持ってはるんですか?」
「あ、これ…」由香里の手には、硝子飾りのついたネックレスが握られていた。「和人が、死んだ時につけとったんやって。司法解剖が終わって、刑事さんが別個に返してくれはったんです」
「あー、確かにこんなのつけてたの見覚えあるなぁ」と正継。「傷一つついてない綺麗な硝子飾りやね」
「え…?」烈馬と里夏子は、そのネックレスに駆け寄りそれを凝視した。
「れ、烈っちゃん?」驚く万智子。
「これ、むっちゃおかしいで…」と里夏子。
「ああ…」烈馬が言う。「こんなんになってるっちゅうことは…」
烈馬は部屋を見廻した。そして、あることに気付く。
「ま、まさか…」烈馬は携帯を取り出し、店の外へ駆け出す。
「な、何か分かったの?」千尋は後を追いながら言う。
「もしかしたら、分かったかも知れへんねん」烈馬は携帯のボタンを押しながら言う。「犯人が使た、アリバイトリックがな」
「あ、アリバイトリック…?」
「あ、もしもし、篠塚刑事」烈馬は携帯の相手と話し始める。「ちょっと、調べて欲しいコトがあるんですケド…」

12時。告別式が始まる。
(もしも今篠塚刑事に調べてもろてるアレが俺の推理通りやったとしたら、犯人は…)
烈馬は自分の隣に並んで座っている人々を見た。
すぐ隣の千尋を通り越して座っているのは正継である。ホストクラブでバイトをしていると言った。気付かなかったが、確かに顔は悪い部類ではない様に思えた。両手の爪は綺麗に整えられ、鈍い光を灯していた。
その隣にはあゆみが座っている。良介と付き合っていたということは彼がこの世を去ってから知らされた。右手の中指で光を反射させる指輪。くっ付いているのは宝石に模した安い硝子細工の様に見えた。良介との想い出の品なのかも知れない。
その隣に座っている万智子は、その2人よりも神妙な面持ちに見えた。母を亡くした烈馬にとって、小学校時分母の様に慕った人。左手の小指には絆創膏が巻かれている。そう言えば万智子はまだ独身であったか。
烈馬は正面に飾られた和人と良介の写真に目をやったが、ふと或る事に気付いた。そして再び或る人物の手を見た。
(…まさか、あのヒトのアレは、あん時の…?)

「まず、烈坊が調べてくれ言うてたアレやけど、確かにあのヒトのが最後やったで。それと、平繁君のアリバイは彼がバイトしとったホストクラブに確認取ったんやけど、確かに彼の証言通りやったわ。それから、これは甲島君の親御さんの証言なんやけど、甲島君は21日の夜、汗だくで何かに怯えた顔で家に帰ってきたらしい。その形相が余りに怯え切っとったから、親御さんも何があったかは聞かへんかったらしいんやけど…」
「…なるほどな」烈馬は呟く。「あ、それともう1個聞きたいんやけど…」
「…え?ああ、確かにあの中には被害者と同じ血液型の血がついたモンがあったけど…それがどないしたんや?」
「…そういうことやったんか…」と烈馬。
「え?」電話の向こうの篠塚と、電話のこちら側の千尋が同時に言う。
「あ、いや…こっちの話や」烈馬が言う。「ほな、おおきにな」
「ちょっと…」と里夏子。「今の何やったん?まさか、犯人でも分かったって言うんとちゃうやろな」
「……」何も言わない烈馬。その表情は、何かを思いつめた様であった。
「れ、烈馬…?」千尋は、消えそうな声で言った。
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おまけ
いよいよ次が解決篇というところ。
ヒントはこの辺にいっぱい散らばってますよん。
ちなみに正継がホストクラブで働いてるなんて設定は最初ありませんでした^^;

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