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綻びゆく絆

第5話 Crazy Heart
「ほんなら、またな」
午後4時、寺月町の平繁家の前。大きな荷物を持った烈馬と千尋が、正継に言う。
「もう少しゆっくりして行けたらよかったのにな」と正継。「志帆の葬式まで待たれへんのか?」
「もう新幹線の切符買うてしもたからなぁ…」烈馬が言う。「まぁ、近いうちに連絡するし」
「ああ…ちなみに、あゆみや万智子先生には別れの挨拶したんか?」
「あゆみちゃんの家は先刻行ってきたんだ」と千尋。「万智子先生には今から会いに行くんだよね」
「ああ」と烈馬。「ほんなら、もう時間やから…」
「そうか…」正継の声は何処と無く淋しげであった。「叉、絶対来いよ」
「分かっとるって。ほんならな」
烈馬と千尋は、里夏子の車に乗って走り去って行った。
「……」正継は車が走り去るのを、じっと見つめていた。

車は石橋坂小学校の前に停まった。烈馬と千尋、里夏子の3人は車から降り、校庭に歩いて行く。丁度真ん中あたりに、万智子が立っていた。
「あ、万智子先生」烈馬は大きめに声を掛ける。
「烈っちゃん」万智子は烈馬達の方を向く。「もう帰ってまうんやね」
「そうなんですよ、千尋(コイツ)のバイトの都合とかあって…」烈馬は笑って言う。「先刻、志帆ちゃん家に線香上げに行って、あゆみちゃんや平繁君にサヨナラ言うて来たトコです」
「そう…」と万智子。「…ほんで?私をこんなトコに呼び出して、どないしたん?」
「……」少し間を置く烈馬。「…自首、してもらおうと思て」
「え…?」少々驚いた表情の万智子。
「橘君と甲島君、志帆ちゃんを殺したんは万智子先生、アンタなんやろ…?」
「な、何言うてんの、烈っちゃん…何で、私が橘君達を殺さなあかんの?」焦った様子で言う万智子。「そ、それに忘れたん?橘君が殺された時、私はみんなと一緒に『塑螺』におったんやで?私に橘君を殺せる筈が…」
「そのトリックやったら、もう解けてもうてんねん…」と烈馬。「あの時犯人は、橘君の家におる必要すらなかったんや」
「え…?」
「携帯電話や」烈馬ははっきり言った。「アンタは予め薬かなんかで橘君を眠らせ、床にうつ伏せで寝かせた。んで、その頭の真上にあたる様に、棚の一番上に壺を置いたんや。下に、マナーモードにしてバイブを有効にしといた橘君の携帯電話を敷いてな。『緋柳』の陳列棚って、商品が見え易い様にちょっと傾いとったやろ?せやから後は、その携帯に電話をかけるだけで壺がその振動でバランスを崩し、橘君の頭に直撃するっちゅうこっちゃ。ちなみに携帯も振動によってそのまま棚から落ちて床にあることになる…。これで、現場におらんでも犯行は可能になる」
「ちょ、ちょっと待って烈っちゃん…」と万智子。「今の推理は確かに面白いけど、それやったら何も私やなくてもええっちゅうことになるんやない?ちゅうか寧ろ、橘君の携帯の番号を知らん私は逆に犯人やないってことになるんと…」
「確かにこれだけだと、正継くんでもあゆみちゃんでもいい様に感じるけど…」千尋が言う。「橘君の携帯に最後にかけたのは良介くんなんだよね」
「え…?」万智子は少し考え、目を丸くした。「…あ…」
「"犯人が直接電話をかけた"と考えると、犯人はもう死んでもうた甲島君になってまう…」と里夏子。「せやから此処は、"犯人が他の人に電話をかけさせた"って考える方が自然なんや」
「そうなると今度は、橘君の携帯の番号を知らへん方が怪しくなるやろ?万一トリックがバレてしもても、疑いを逃れ易いからな」烈馬が言う。「それにあの時、橘君の携帯に電話をかけてみればって言うたんは確か万智子先生、アンタやったよな?」
「…そない言うんやったら、証拠でもあるん?」万智子は髪を掻き上げながら言う。「今まで烈っちゃん達が言うたんはあくまで状況証拠…私が犯人やっちゅう証拠にはならへんで」
「証拠やったらあるで」烈馬は強い語調で言う。「アンタの左手にな」
「え…?」万智子は思わず左手を背中に隠す。
「志帆ちゃんの現場には砕けた眼鏡の破片がぎょうさん落ちとった。多分アンタは思わず志帆ちゃんの死体に駆け寄ったんやろ?そん時、誤ってその破片に触ってしもて…」烈馬は万智子の左手を掴む。「つい、指先を怪我してしもたんや」
「……」顔を背ける万智子。
「篠塚刑事に確認取ったんやけど、あの現場に落ちとった破片の中には志帆ちゃんと同じ血液型の血がついた破片があったそうや。確か志帆ちゃんと先生は、同じ血液型やったよな…?」
「……」万智子は何も言わない。
「信じたくないんやけど…もう諦めてくれませんか…?」
「…いつから、分かったの?」万智子は枯すれた声で言った。「私が、犯人やて…」
「橘君のお母さんがネックレス見せてくれたやろ?橘君が死んだ時に身につけてたっちゅうヤツ」
「それは覚えてるけど…それがどないしたん…?」
「橘君が背後から殴られてうつ伏せに倒されたんやったら、あのネックレスにも相当の衝撃が加わってた筈やろ?せやけど、あのネックレスには傷一つついてへんかった。せやから、もしかしたら橘君は殴り倒されたんやなくて、横たえた状態で殴られたんやないかって思て…」
「…流石、クラス一の成績をキープしとった烈っちゃんやね…」と万智子。「せやけど、一つだけ間違うてるトコがあるで」
「え?」
「宇治原さんは死なす積もりなかったんや…あの子はあの晩、自分の近くの甲島君家に私が入ってくのを見てしもて、私が犯人やと気づいて自首する様に説得しようとしたんや。学校に呼び出したんはあの子の方やったんよ。ほんで、勢い余って階段から…」万智子が言う。「まぁでも、私が殺してしもたんに変わりはないか…」
「矢っ張り、そうやったんか…」と烈馬。「志帆ちゃんがアレに関係してるとは思えへんかったからな…」
「それじゃあ、私が橘君と甲島君を殺した理由も分かっとるんやね…」
「もしかしたら、っちゅうレヴェルやけどな…」烈馬は躊躇いながら言う。「…あの2人が、此処で女の子を殺してしもたから、やろ?」
「ホンマ、烈っちゃんはスゴいな…」と万智子。「そうや…橘君と甲島君が優ちゃん殺したんや…スーパーマーケットで強盗を働いた後、あの子に顔を見られたから殺したんや」
「で、でも、どうして分かったんですか?あの2人が女の子を殺したって…」と千尋。
「事件のあった日の夜遅く、甲島君から電話があったんや…甲島君は私を信頼しとったからね」万智子が言う。「私は甲島君から事の一部始終を聞いた。口では『どないしよう』言うて狼狽(うろた)えとった彼を宥めとったのに、心ん中では2人への殺意がどんどん芽生えとったんや…」
「でも、何でや…?」と烈馬。「アンタは、人殺しなんかするヒトやなかったやないか…幾らその子のことが可愛かったから言うても…」
「あの子は、優ちゃんは特別やったんや」
「え…?」
「クラスの他の子には言うてなかったことなんやけど、優ちゃんは脳に先天的な障害があったんよ。せやけど、素直で名前の通りむっちゃ優しい子やってん。夏休みの或る日にはウサギ小屋のウサギを一日中世話したり、枯れてゆく向日葵を悲しげに見たりして…」万智子は黄昏色に染まる天を仰いだ。「気がついたら、あの子しか見えてへんかったんや。まるで、恋人を見とるみたいに…あの日までは」
烈馬達は黙って聞いている。
「優ちゃんが死んでもうたなんて、しかもそれが橘君と甲島君の手によってやなんて…」万智子の瞳には薄ら涙が映っていた。「私はしばらく頭の中が真っ白になってもうてたんやけど、優ちゃんの葬式に出た時に、声を聞いたんや」
「声…?」
「線香を手向けた瞬間、頭の中に『せんせい、くやしいよ』って声が聞こえたんや…今から考えるとおかしいくらい、それが全然気の所為に思えへんかって…私は葬式の直後、通っとった大学の薬学部に行って睡眠薬と青酸カリを手に入れた。ほんで烈っちゃん達が帰って来たあの日、『緋柳』で隙を見て橘君に睡眠薬飲まして、例のトリック仕込んで『塑螺』に行って…」
万智子はハンカチを取り出し、目頭を押さえる。
「まさかあない上手く行くとは思わへんかったんよ?で、甲島君も青酸カリで殺して…あの夜、こっそり優ちゃんに花あげたんや、『敵は討ったで』って」万智子は涙目のまま言う。「せやから烈っちゃん、見逃してくれへん…?せやないと私、宇治原さんみたいにあなたを殺してまうかも知れへん…お願い…」
「……」黙り込む烈馬。
その時、一同の背後から声がした。
「あかんよ」
「え…?」振り向くと、其処にはあゆみが立っていた。「な、何で…?」
「あかんよ、先生…」あゆみの声は震えていた。「ちゃんと…償わな」
「や、矢野さん…」
そして、あゆみとは反対の方向からも声がした。
「そうや…先生は、そんな事言うたらあかんねん」
「ひ、平繁君まで…?」烈馬は目を丸くする。「ど、どうして、此処に…」
「先生、いっつも僕達に言うてくれてたやないですか、『悪い事をしたらすぐに謝まらなあかんよ。つらい思いをするんは結局自分なんやから』て…」
「それに、花や動物を慈しむ様な子が、復讐なんかされて喜ぶ筈ないと思うで」あゆみの瞳に映る涙が、夕陽を反射して煌めいた。「せやから、せやから…先生…」
「矢野さん…平繁君…」万智子は、手に持っていたハンカチを地面に落とした。そして、彼女はその場に跪いた。「…そうやね、先生が、間違うてた…ゴメンね、ゴメンね…」
万智子はその言葉を何度も何度も繰り返した。その場に居る者へ向けて、自分が殺(あや)めた者へ向けて、そして、自分が愛した者へ向けて…

万智子は、校門の傍で待機していた篠塚によって連行された。 「それにしても…」と里夏子。「何でアンタら呼んでもないのに此処に来れたん?」
「烈馬が何か大きな事をしようとしてたのは、先刻逢った時にすぐ気付いとったから…」あゆみが涙を拭いながら言う。
「僕もや」と正継。「烈馬、芝居とかするん下手なんやもん…」
「悪かったな、演技下手で」苦笑する烈馬。
「ところでさ…」千尋が校舎の時計を見ながら言う。「新幹線の時間大丈夫なの?」
「え?」と烈馬。「あっ!ホンマや、全然時間ないやん!」
「あれ?新幹線の時間がどうのこうのはホンマやったん?」あゆみが言う。
「ああ、もうあと30分もないわ…」烈馬は彼らに背を向けながら言う。「ほな、今度こそホンマにサヨナラや」
「また、帰って来いよな」と正継。「あと、年賀状も忘れんといてな」
「分かっとるって、ほんならなー!」烈馬達は、里夏子の車に向かって走っていった。
「…今の烈馬、ええ表情しとったね」あゆみがぽつりと言う。
「…ああ、せやな」正継は、涙目の笑顔を見せて言った。
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おまけ
切ないですねぇ…自分でもこんなにこの話が切なくなるなんて思ってなかった、というとちょっと嘘になりますが(爆)。
この後はエピローグ。多分皆さんの予想を裏切るかと思います(笑)。

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