トライ・トーン
File3 黒い馬の秘密「高校の前の喫茶店っていうことは…此処であってますよね」
13時55分。たどり着いた私立高校の前は、春休みの最中ということもあり比較的静かだった。そして、その高校の前には小さな喫茶店があった。
「ああ、見事におあつらえ向きって感じさ」あとから追いついた時哉が言う。
「入ってみましょう」美弥子のその言葉に引っ張られるように、5人は喫茶店の中に入っていった。
「いらっしゃいませ」ポニーテールにした茶髪の女性のウェイトレスが笑顔で言う。「そちらのテーブル席へどうぞ」
店内にはウェイトレスの他に中年の男性店員、それからカウンター席に座ってオレンジジュースを飲んでいる少年が居た。
「…別に犯人とか暗号とかはなさそうですね…」ウェイトレスに促されたテーブル席に腰をかけながら、小声で言う悠樹。
「そうねぇ…」と深穂。「…ん?」
5人が腰掛けると、カウンター席に座っていた少年が5人のもとにやって来た。
「ねえ、あんたら、桜本ってヒトの知り合い?」少年の目つきは、その生意気な口ぶりと呼応するように妙に大人びていた。
「え…」虚をつかれたような表情の美弥子。「う、うん…そうだけど…」
「なんか、あんたらにコレ渡してくれって言われたんだけど」少年はそう言うと、1枚の紙を美弥子に手渡す。
「こ、これって、犯人からの…?」
「な、なぁボウズ、これ渡すように言ったヤツの事、なんか覚えてねえさ?」時哉が少年に尋ねる。
「別に。オレそろそろ行かなきゃいけないから」少年はふいと顔を背けると、さっさと店から出て行った。
「あ、ちょっと君っ…」呼び止めようとした悠樹は、結局立ち上がっただけに終わってしまった。
「ったく、また暗号かい…」時哉は少年に渡された紙を見る。「んー…上半分はこのへんの地図っぽいさね」
「そうですね…さっきこの郵便局通り過ぎましたし」手持ち無沙汰に座る悠樹。「じゃあ下に書いてあるアルファベットが何か意味してるってことですか?」
「でも、全然意味わかんないよ?」と深穂。「知ってる英単語どこにもないし…あっ!」
「えっ?!分かったんさ?」
「ねえ、この中にある“IV”ってさ、確か数字の4のこと指すんだよね?てことはこの地図の4番だったりとか…」
「それじゃあ、それ以外のところはどういう意味なんですか?」美弥子が言う。「1を表す“I”も2つ入ってますけど…」
「…あ、そっか」うつむく深穂。「あ、じゃあ最初の“GS”がガソリンスタンドの略で…」
「地図にガソリンスタンドなんて書いてないですけど…」
「そ、そうね…」
「うーん…」紙をじいっと見つめている悠樹。「なんっかこういうの、どこかで見た事あるような気がするんですけど…」
「本当ですか?!」と美弥子。「それって、どこでした?」
「そうですね…えーっと」
「あのー…」
「え?」悠樹はふと声をかけられ、その声の方を見た。先程のウェイトレスが、料理の入った皿を持ってやって来たのだ。「あ、そう言えば注文してませんでしたね、えっと…」
「あ、いえ、そうじゃなくて…」ウェイトレスは皿を悠樹たちのテーブルに置きながら言う。「このサラダを、お持ちしたんですけど…」
「えっ…?」きょとんとする深穂。「わたし達、そんなの注文してないですけど…それにお金も…」
「あ、それが…」ウェイトレスはやや言いにくそうな様子である。「さっきの男の子にその紙を渡した人が、注文してきたんです。その紙を受け取った人に、このサラダを出すようにと…それも代金前払いで」
「そ、それってどんな人でした?!」ウェイトレスに詰め寄りそうな勢いで聞く悠樹。「あと、それっていつ頃のことですか?」
「あ、えっと…」戸惑うウェイトレス。「サングラスやマスクをしてたので顔はよく分からないんですけど、男の人の声だったと思います…時間は、確か11時半くらいだったかと」
「そう、ですか…」
「あ、それではこれで失礼しますね」そう言ってウェイトレスはテーブルから離れていった。
「てことは、これも犯人からのメッセージの一部ってことね…」深穂はテーブルに置かれた4枚の皿を見ながら言う。「しかも、全部サラダばっかり…」
そう、4枚の皿に入っていたのは全部、同じサラダだった。レタスやベーコンなどの上に、クルトンや卵、摩り下ろしたパルメザンチーズがかかっている。空腹の彼らには食欲をそそるようなものではあった。
「そうですね…それに、4皿来てるというのも不可解ですよね」と悠樹。
「え?それって、どういう…?」美弥子が聞く。「私達さっきまで4人でしたけど…」
「だって、犯人がこのサラダを頼んだ11時半の時点で、ボク達がついて来るなんてことは予想出来なかった筈じゃないですか。もし仮に美弥子さんたちの動向を見ながら頼んだとしたって、ボク達は最終的に5人になってるわけですし、4皿である理由はよく分からないです」
「もしかしたら、4皿っていうのも暗号の一部なのかも知れねぇさ」フォークを手にしながら時哉が言う。「まぁでも、このまま放っとくのも勿体ねぇし、腹も減ってきた頃だろうから、とりあえずこのシーザーサラダ喰っとかねぇさ?」
「…え、今何って…?」はっと目を見開く悠樹。
「え、いや、だから勿体ねぇから喰おうって…」
「そうじゃなくて、このサラダの名前です!何って言いました?」
「え…シーザーサラダ、って言ったけど」時哉はメニューを開きながら言う。「ほれ、メニューにも“シーザーサラダ”って書いてあるさ」
「…そうか、そういうことだったんですね」
「えっ…もしかして、分かったんですか?悠樹さん」と美弥子。
「はい、分かりましたよ。この暗号の意味が」自信満々といった表情の悠樹。「ヒントは、4人前のシーザーサラダです」