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ときのうた

Day 2 〜ガールズ・パニック〜


「当時の新聞にメイロや点つなぎを連載していたサム・ロイド。素晴らしい。芸術といっていい。」
ニコリ『月刊ニコリスト』2006年7月号より

…たとえば、こんな言葉を聞いたこと無い?「歴史は常に勝者の歴史である」って。こう言ったのはヒトラーで、チンギスハンの事跡を見ながら言ったんだっけ?記憶が曖昧だけど…。もちろんチンギスハンとフビライハンが作り出したモンゴル帝国は、史上最大の領土を誇った大帝国なの。侵略戦争も数多く行って、元寇はもちろんのこと、何とヨーロッパまで行ってワールシュタットの戦いも起こしていたりするのよ。こういうのが試験に出そうだけど、でもでも、それに気を取られて、影の事実を見逃すこともよくある事なの。例えばこの時、元が大理国に攻め込んだけど、この影響で大理国の人は更に南に逃げて、パガン朝やスコタイ朝を建国していくの。これはちょっぴり前に、あの東京大学の入試問題でも出たんだからね。でも、そういう意味じゃなくったって、いわば「敗者の歴史」は語られないのよね。例を挙げると飛行機!現実にはライト兄弟がその第一人者とされているけど、実はその数十年前に、愛媛県出身の日本人が飛行機の原案(しかもライト兄弟のものより精密らしいの!)を作っているんだから!他にも例えば、コロンブスの前にはアメリゴ=ヴェスプッチも形無しでしょう?そういう事実が、歴史には多いのよ。表面的な事実だけを信じてしまって、真の事実があまり知られないのよね。だいたい歴史に限らなくても、今だってそうじゃない。一応華々しいって言われてる政治の世界でも、政策を考えるのは基本的に表に出ない官僚なんだし。それに食品1つ取ってみても、その後ろには作った人、運んだ人、いっぱいいるでしょ?いわゆる「生産関係」だよね。こういうの、常に意識しなくちゃいけないよね。
それからさ、「綺麗な花には棘がある」って言葉を知ってる?具体的にはバラなんだけど、バラの花は綺麗だけど、茎には棘がある。つまり、花だけに見とれて油断していると、後で怖いことになるって事。それからクリスマスローズとかトリカブトとかね。どちらも花は綺麗だけど、その根には毒素がたまっているんだから!
ほら、泡坂妻夫か誰かも言っていたでしょう?「私たちはたとえ推理小説の中といえども、明らかに人格を破壊しているのである。自作で私たちが殺してしまう彼らに対しては、常に敬意を表していなければならない」って。そうやって切り捨てられる人のこと、どうしても日陰で咲く花になってしまう人も、絶対同じくらい大事なんだから。その人たちのことを大事にしないなんて、ヒドイじゃないの!!

「…もう、美寛さ…」
私の横で、疾風がため息をつく。
「美寛の言いたい事は分かったよ。アーロンも同じ事を言うよね、『勇者と呼ばれるものの影には、勇者になれなかったものが無数にいる。それを忘れるな』って。でも…それとこれとは、ちょっとズレてない?」
「璃衣愛ちゃん、ごめんなさい…でも、あれは…ちょっと…」
「もう、実玖も疾風くんも、そういう男だったんだね〜」
璃衣愛が珍しく私に加勢してくれる。私と璃衣愛の意見が一致すると、疾風と実玖は頭が上がらないみたい。
「なあ、実玖…美寛と璃衣愛って、アニキとリュックみたいだな…」
「そうですね…。『兄と妹の意見が合うと、ろくな事が起こらないし』」
「何ですって〜!?」
あ、みんなには何で私と璃衣愛が怒っているか分からないよね。それは今日の朝、疾風と実玖が私たちを迎えに来てくれた時のこと。そうだ、まだきちんと説明してはいなかったよね。実玖と璃衣愛は今回、旅行でK県方面に来たの。宿代を浮かせるために、5月の交換留学で親しくなった私たちの家に…つまり実玖は疾風の家に、璃衣愛は私の家に泊まっているというわけ。2人も高校3年生なのに…って思うでしょ?でも実玖は推薦でE大学に入れるらしいし(実際、実玖は私と比べればとても頭がいい)、璃衣愛は大学に行かないらしい(隣のS市のデパートで働くことに決まったんだって)から、勉強しなくていいんだって。ホント、羨ましいよねぇ。…それはともかく、疾風と実玖が今日私たちを迎えにきてくれたの。それはいいんだけど、問題はそこで私のお姉ちゃん…雪川雅が2人を出迎えたことにある。お姉ちゃんは美人でスタイルもいいし、おまけに性格もいい(動作は鈍くて運動はからっきしだけど)。しかも今日に限って、お姉ちゃんにしては珍しいほど薄着だったの。ノースリーブの白いシャツに黒のミニスカートをはいていて、そんなお姉ちゃんがいつもの笑顔で2人を出迎えて…みんな、分かったよね?私たちが二階から下りてきた時、実玖と疾風は雅お姉ちゃんに露骨に見とれていたの。…それで私たち2人の機嫌は今、かなり悪いわけ。
実玖は右の耳の辺りに手をかざしながら、小さな声で言う。
「でも…本当、咲さんみたいな人でしたね。まさか予知能力が…なんて言わないでくださいよ?」
「あっ、璃衣愛!…実玖の今の言葉、お姉ちゃんに対する、ものっすごい褒め言葉だからね!!」
私は璃衣愛に告げ口する。こういうときの二人の息は、自分でも驚くほどピッタリだった。
「えっ!?…実玖〜?」
「ご…ごめんなさい……美寛さんがいるとやりにくいですよ…」
璃衣愛は冗談半分に、実玖の首を絞める。実玖が「うぎゃ」とか言ってる間に、私は疾風に攻撃する。
「疾風もだよ!何でいつもなら自然に見てるお姉ちゃんに、見とれてるわけ〜?」
疾風は視線をそらす。…疾風と私は、目と目で基本的に会話が出来る。だから、お互い気持ちを悟られたくない時は、こうやって視線をそらす癖がついてしまっているの。私は無理やり、疾風の目を覗き込む。
「それは…」
「な〜に?」
疾風は目をあわそうとしない。頬は真っ赤だった。
「正直に言ってくれたら、怒らないよ」
私はやさしく鎌をかける。
「本当、ティファにそっくり…って思っただけ」
私は、やっと璃衣愛から解放された実玖に詰め寄る。
「ねえ実玖、ティファってどんな子?」
「えっ?あ、その…『料理が上手』で、『胸が大きく』って…」
私は思いっきり疾風の首を絞めた。

さて…今日は隣のY市にあるブルータワーに来たの。天気は快晴。これならこのタワーの由来でもある、展望台からの青い空と眼下に広がる青い海を満喫できるね。実玖と璃衣愛はまず展望台に上がりたいらしい。そこで私が提案してあげる。
「じゃあ2人で行ってきたらいいよ」
「え?でも…」
実玖の声を璃衣愛が押し切る。
「は〜ん…美寛、私たちに疾風くんとのデートを邪魔されたくないんでしょ?もう、美寛はしょうがないなぁ。…実玖、こんな2人は放っといて、さっさと行こうよ」
璃衣愛は実玖の背中を押す。璃衣愛は振り返って、私に口パクで「ありがと」って言ってくれた。
「…璃衣愛って、素直じゃないよね。フラメシュみたい」
「だよね。ちょっぴりユイちゃんみたい」
私と疾風は1階のテラスのような場所に出る。潮風が気持ちいい。白一色のテラスには、同じ色の椅子とテーブルが何台もおかれている。雰囲気的に、思わずエンドハウスを想像しそうになるけど、止めておいて…。私と疾風は空いている席に座った。やっぱりカップルが多いなぁ…。本当に誰かの帽子に穴が開いていたりして。
「飲み物、買ってこようか?」
疾風が気を利かせて、そう言ってくれる。きっとさっき首を絞めたのがきいているのね。
「うん、お願い!オレンジジュース」
「分かったよ。…席、取られるとまずいよね…。ごめん、美寛、残っててくれる?」
「は〜い」
私は笑顔で疾風を見送った。

私は1人、海を見ながら思いを馳せる。…海、かぁ。このY市の海はその昔、かなり大きな商港だった。つまり、海外との貿易の中心地だったわけね。そこからイギリスや中国を筆頭に、色々貿易していたわけで…その頃は19世紀、だったかな?つまり、イギリスとラテンアメリカと中国…清だっけ…の間で、綿花や奴隷、銀の三角貿易が…って、そんな話をデート中に思い出したくないなぁ。ああ、でもあの時代の世界史、まだ全然わかんないよ…。そう、私、あの時代のイギリスって嫌いなんだよね。完全に帝国だもの。特にブーア戦争の話とかを聞いちゃうと、やっぱイメージ悪くなるよね…。あ、それに産業革命の頃も…うん、技術的には評価できるけど、そのときの非人道的な行為は、やっぱりマイナスイメージだな…。国教会制定直後くらいのイギリスはちょっぴり可哀想でまだ好感が持てるし、現代の文化的にはすごく評価しているんだけどなぁ。もちろん、ドイルやクリスティが活躍したから…って言うのがその9割を占めているんだけど。あ、そう言えば実玖も文系だよね…。璃衣愛はともかく、実玖なら事細かに覚えてそうだし、今度質問しようかな…私がそんな事を考えていたその時…。
バシャッ。
「…あっ!!?」
私は一瞬止まった。幼稚園くらいの女の子が、私のスカートにジュースをこぼしたの。…ちょっと、これ今日のためにおろした新品なのに〜!私は慌ててその女の子を探す。水色の制服を着た、きっと幼稚園の女の子だ。…って、その子、逃げ出した!?
「ちょっと…待ちなさいよ!!」
私は疾風のことを忘れて、思わずその女の子を追いかけてしまった。

「あれ…?美寛、どこに行ったんだ?…カバンはあるから、トイレ?」
思わず言葉が漏れる。俺は2人分のジュースをテーブルの上において、とりあえず腰を下ろす。向かいのテーブルに美寛はいない。ただ、美寛のカバンも俺のカバンも取り残されていた。…全く、無用心だな…。それとも美寛、まだ怒ってて、悪戯でもしようとしてるのか…?だいたい実玖、ティファに関してもっと他の説明の仕方があっただろ…。あんな美寛に無いところだけ強調して取り上げなくても、「某ゲームの主人公の幼なじみ」で十分だって…。
「ねえねえ」
その言葉に驚いて、俺は振り向く。…5歳くらいの女の子だ。水色の制服…制服と言うよりは作業着か。図工の授業で服が汚れないように前にかける水色のエプロンのようなもの…それを着た女の子だった。襟元から白いTシャツが覗いている。まさかこれが…美寛の悪戯?
「え?どうしたの?」
俺は出来るだけ平静を装う。楽屋でセリスと話すロックのように顔を赤らめでもしたら、タンケットの「ラッシュアタック!」のように美寛に攻撃されかねない。目の前にいる女の子は、何も話さない。…迷子か? 俺は女の子に聞く。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「私の名前は、ゆい」
おかっぱで色白の女の子だ。…これでオレンジ色のスカートをはいていたら、幼少時のガーネット…って感じだな。
「そっか…ねえ、ゆいちゃん?ここにいたお姉さん、どこに行ったか知ってる?」
「うん、知ってる」
ゆいちゃんは素直に頷いた。
「本当?お兄ちゃんを、そこに案内してくれない?」
するとまた、ゆいちゃんは頷いて歩き出す。俺は美寛と自分の荷物と美寛のジュースを持って、自分のジュースをゆいちゃんに手渡して、彼女の後についていった。

「ゴメン、ちょっとトイレ!」
そう言って駆け出していく璃衣愛ちゃんを、ウチは見送ったの。ん〜、でもやっぱり、こんな大都市まで来ると、人の数がすごいなぁ…。Y市って言ったら人口350万人を超える、日本で一番大きな市ですし、やっぱ当然かな?ふ〜ん、でもブルータワーって、本当に綺麗な塔。K県にあるわりには、斜めにも傾いていないしひなびた遊園地もそばに無いし…。でもやっぱり、この人の多さは…ちょっとキツイかも。こんなにたくさんの人を一度になんて、ウチ、初めて見るかもしれない。戦艦リヴァイアサン内のアルケイディア帝国軍兵士じゃないんだから…。ウチがそんな事を考えていた時…。
「いやああぁ…」
…えっ?振り返ると、ウチの白いジャケットの袖を女の子が引っ張ってるの。しかも大泣き。思わずウチは、号泣している女の子に声をかけた。…過去の自分を重ねながら…。
「え?…ねえ、どしたん?もしかして、キミ…迷子?」
「ヒック…」
すすりながら、女の子は頷く。水色の服で、おかっぱ頭の女の子。ん〜…黒死蝶殺人事件の瑠璃ちゃん似かも。
「そっかぁ。ねえ、名前は?」
「……」
「…えっと、誰と一緒に来たの?」
「みんな」
女の子は泣きながら答える。…う〜ん。でも、「みんな」と来てるならきっと保護者もいるよね。なら…迷子センターみたいなところに届け出て、引き取ってもらった方が早いかな。ウチはすぐに璃衣愛ちゃんにメールする。女の子の泣き声は大分小さくなってきたけど、まだ止まない。時折みんなの注目を集めたいみたいに、大声で叫ぶその姿は…なんか…昔の、ウチみたい…。いたたまれなくなって、すぐにウチは声を掛けてあげる。そうしながら、優しく彼女の肩に手を掛けてあげた。そう…昔のウチも、こう…されたかったのに…。
「ほら、おいで?今からおにいちゃんと、下に行こう?そしたら、すぐお母さんたちとも会えるから…ねっ?いい子だから泣かないで」
ウチはケータイを取り出しながら、女の子と一緒に歩き出した。…璃衣愛ちゃん、ごめんね、ちょっと待ってて…。

トイレから出たときに、私はメールに気がついた。…実玖からのメール?どうしたんだろ?読んでみると…。
「璃衣愛ちゃん、ゴメン!迷子の女の子に泣きつかれちゃって…ちょっと、1階のインフォメーションセンターに行ってきますね。すぐ戻るから、待っててください」
もぉ!実玖は優しすぎるんだよ…。せっかくのデート中なのに、迷子の女の子1人くらい、放っておけばいいのに!でも…それで放っておく実玖も、実玖らしくないよね…。でも、でも!こんな場所に私1人なんて…心細いよ…。
「ねえねえ、お姉ちゃん?」
急に声を掛けられた。私は驚いて辺りを見る。すると、私のシャツを、女の子が引っ張っている。水色の服を着たおかっぱ頭の女の子だ。
「えっ?どうしたの?」
…まさか、この子も迷子だったりして…。すると女の子は、意外なことを言い出した。
「あのね、迷子になった私のお姉ちゃんを探しているの。私と同じ髪型で、私と同じ水色の服を着ているの。知らない?」
…はっは〜ん。さては、実玖がインフォメーションセンターに連れて行った女の子が、この子のお姉ちゃんなのね。それならちょうどいいや、私も実玖のところに行こう!そのほうが、不安じゃないもんね。
「あ、そのお姉ちゃん、知ってるよ。私の彼氏が、下の迷子センターみたいなところに連れて行ったみたい。一緒に行こうか?」
「うん!」
私はその子を連れて、下へと降りていった。

こうして三者はナルシェに集結…じゃなくって、こうして四者は1階のインフォメーションセンターに集結…。

「こらっ、待ちなさい!!…って、あれっ!!?」
私が部屋に入ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。なぜかそこに疾風がいる。実玖もいる。璃衣愛もいる。
「あっ、美寛!…どこ行ってたの?」
「疾風!何でここにいるの!?実玖も、璃衣愛も!?」
私が聞くと、みんなが順番に口を開く。
「美寛を待ってたら、女の子が『美寛がどこに行ったか知ってる』っていうから、その子の後についてきたの」
「ウチは迷子の女の子をここに連れてきたんです」
「で、私はその迷子の子の妹を、ここまで送り届けに来たの。お姉ちゃんを探してるうちに自分も迷子になったみたいだったから」
それはよ〜く分かった。じゃあ聞くけど…。
「で?じゃあ何で、ここに女の子が『5人も』いるのよ!!?」
そう、私の目の前にいるのは、うれしそうにはしゃいでいる5人の女の子…。みんなおかっぱ頭で、色白だった。そしてみんな、水色の服を着ている。
「それがさぁ…」
疾風が口を開いた時、女の子たちが走り回り始めた。その後、女の子たちはみんな、上に羽織っていた水色の制服を脱いだ。下には全員違う色のTシャツを着ていたらしく、「赤い服の子」「黄色い服の子」「青い服の子」「黒い服の子」「白い服の子」の5人になる。…って、もう、これじゃ誰が誰だか分からなくなっちゃったじゃないの!
「俺もさっき聞いてビックリしたんだけど…5つ子なんだって。全員女の」
「は…はあっ!?5つ子!!?」
私は正直驚いた。…もう、岩崎亜衣・真衣・美衣の3つ子でも十分なのに…。実玖が詳しい話をしてくれる。
「この子達…近くにある青空幼稚園の、有名な5つ子ちゃんなんですって。愛ちゃん、圭ちゃん、舞ちゃん、唯ちゃん、玲ちゃんの5人姉妹。今言った順番がお姉さん順になってて、愛ちゃんが長女で玲ちゃんが五女だそうです。全員見た目じゃわかんないですよね…。親御さんは分かるそうですけど、初対面のウチらにはさっぱり見分けがつかないんです。で、幼稚園でも見分けがつかないから、花組、風組、雪組、月組、星組に1人ずつ分かれているんですって」
「ふ〜ん…って、それはどうでもいいよ!私はジュースをこぼした女の子を捜しているの!」
「え?…ホント、美寛スカートどうしたの!?」
そこで初めて璃衣愛が、染みのついた私のスカートに気付いてくれる。
「だから、さっきこの中の誰かにこぼされたのよ!!」
私は思いっきり5人を睨む。
「ちょっと話を聞いてみない?」
その疾風の言葉で、私たちは女の子たちと話をする事にした。私は目の前にいた、「赤い服の子」と話す。
「ねえ、お名前は?」
「私は、あい」
「愛ちゃんね?愛ちゃんは5人の中で一番お姉さんなんだよね?」
愛ちゃんは頷く。
「…まさか愛ちゃん、私たちの誰かとさっき会ってないよね?私のスカートに…」
「う…うわああぁん!!私、そんなことしてないもん!!私、ず〜っと迷子だったんだもん!!」
愛ちゃんは泣き出してしまった。…ちょっと脅しすぎたかな…。とりあえず私は愛ちゃんをなだめてから、疾風たちと集まる。その時ふと、「黄色い服の子」が提げているカバンに「つきぐみ」と書かれているのが見えた。
「どお?分かった?」
すると真っ先に璃衣愛からグチが漏れる。
「ううん、全然!何でこの子、あんな変な事いうの?」
「変なことって?」
璃衣愛は「黒い服の子」を指差してから言う。
「あの子…幼稚園児じゃないんじゃない?いきなりさ、『花鳥風月って知ってる?玲ちゃんはその中の、どのクラスでもないんだよ。それから黄色い服の女の子が圭ちゃんで、愛お姉ちゃんは風組じゃないのよ』だなんて言うんだもん!」
次に疾風が口を開いた。
「俺も…回りくどいことを言われた。あの青い服の子…『舞ちゃんは背の高いお姉さんと一緒じゃなかったよ。それから唯ちゃんは背の低いお兄さんと一緒にいたんだって』って。背の高いお姉さん、なら璃衣愛で、背の低いお兄さん、なら実玖だろうけど」
「何それ!?…あの子達、私たちをバカにしてるよ!」
「ホントだよね〜」
私と璃衣愛は頷きあう。その後の展開を恐れてか、実玖がすぐに口を挟んできた。
「まあまあ…。えっと、ウチは黄色い服の子と、白い服の子と話したんです。黄色い服の子は、『唯ちゃんは雪組』『黒い服の子は雪組じゃない』『私は女の人と一緒じゃなかった』って言いました。確かに、ややこしいですね…」
そして、次の実玖の言葉が、私たちの間に更なる波紋を呼ぶことになる。
「それから白い服の子が…『背の低い方のお姉さんと一緒にいたのは玲ちゃんだ』と『私は男の人と一緒じゃなかった』って。背の低いお姉さん、はきっと美寛さんのことでしょう」
なるほど…つまり、この中から玲ちゃんを探せばいいのね…と私が思っていたその時…。
「…えっ!?」
疾風から思わず、驚きの声が漏れる。でも、私は構わず白い服の女の子に聞いた。
「ねえねえ?玲ちゃんって、何色の服の子?」
「黄色だよ」
私は思わず黄色い服の女の子を睨みつける。私が詰め寄ろうとした時…。
「ねえ、美寛、ちょっと待って!!」
疾風が私を呼び止める。もうっ、この子を問い詰める方が先じゃ…。
「ねえ、もう1つ質問があるんだ」
疾風は白い服の女の子に話しかけていた。
「な〜に?」
「君、女の子?」
「ううん」

…えっ?私も、璃衣愛も、実玖も、動きを止める。疾風だけが悠然と振り向いた。
「聞いての通り。この子、さっきからずっとウソをついてたんだ。たぶん、俺と会った時からずっとね」
「え…えええっ!!?」
「おかしいと思ってたの。…俺、自分をここまで連れてきた女の子が、水色の服の下に白いTシャツを着ていたのを見てたんだ。それなのにこの子、今『男の人と一緒じゃなかった』って言っただろ?明らかにウソだよ。その上、この子に連れてこられた場所に、最初美寛はいなかったし」 私は改めて、この女の子たちを見る。な、何なのよこの子達〜!実玖が5人を見回しながら疾風に聞く。
「じゃあまさか…他にもウソをついた女の子がいるかもしれない、って事ですか?」
「試してみる?」
疾風は女の子たちに向かって質問した。
「ねえ、みんな?お昼の空は何色?」

「あお〜」「あお〜」「あお〜」「きいろ〜」「あか〜」

な…!!?何で2つも答えが違うのよ!!?
「今…誰か、明らかに赤と黄色って言いましたよね?」
実玖が念押しする。疾風は頷いた。な、何なのよ〜、この子達は!!
「ちょっと、いい加減にしてよ!!」
私が怒るとみんなして泣き出す。…もう、ムカつく〜!!!
「これは面倒だな…あのさ、今ウソをついたのは誰だか分かった?」
私たちは首を振る。どうやら誰も口元までは見ていなかったらしい。女の子たちは泣き喚いていて、私たちの質問なんて聞いてくれそうな状況じゃなかった。璃衣愛がみんなをあやしにかかる。実玖は頬杖をつく格好をとった。
「う〜ん…でも、とりあえずウソをついているのは2人で…1人は白の子、でいいんですよね?そして、この2人はウチらと会った時からウソをつき続けている…かぁ。ところで皆さん、最初にこの中の誰かと出会ったところから、詳しく聞かせてくれません?さっきの疾風さんの白い服、みたいな感じで、そこから割り出せるかもしれませんし」
私たちは実玖に状況を伝える。実玖はとりあえず条件を書き出して、さらに変な、階段を逆にしたような形の表を書き始めた。私たちは実玖の手元を覗き込む。
「実玖…?何、それ?この文字は…この子達の名前と、服の色と、クラスと…私たちの名前、ってこと?」

マトリックス出題

「ええ、そうです。これはマトリックス。○と×をつけることで条件に整合するものを決めるための表ですね。こういう面倒な論理パズルでは、使うとかなり楽になりますから。あ、今の段階で既に表に書かれている×は、ウチらの誰とも会ってないって事ですよ」
「そうか…あとは実玖に任せていい?」
「ええ。…条件が不足していなければ、きっと大丈夫です」
実玖がペンを走らせ始める。私はため息をつく。璃衣愛は飽きずにそれを眺めていた。
「でも…やっぱり私は、こういうのは苦手だなぁ」
「う〜ん…慣れると面白いですけどね。璃衣愛ちゃんは前みたいなのが、やっぱり好きですか?」
前、というのは昨日のクイズのことね。
「うん、そうだね。例えば、『足が1本で目が3つのものはなんでしょう?ただし、目のうちの1つは赤い色ではありません』みたいな」
思わず「信号機」と答えそうになった私は、あわてて口をつぐんだ。…目のうちの1つは、赤じゃないの…?その時、目の前で白い服の女の子が喋る。
「おばけ〜」
「やっぱりそれが正解だよね」
私は疾風にそう聞いた。そうだよね、それも常套手段なんだから。…すると疾風は、意外にも首を振る。
「忘れたの、美寛?白い服の女の子はウソしか言わないんだよ」
「…えっ!?…えっ、でもじゃあ答えは?」
「ん?信号機」
私は驚いて口をあける。
「え…?どうして!?」
「だって…『目のうちの1つ』は赤じゃないんだよ?黄色も青も、赤じゃないでしょ」
う…そんな、そんなのって…。ヒッド〜イ!!
「あれ〜?美寛ちゃん、どうしたの〜?」
璃衣愛がにやけた顔で私を見てくる。むか〜っ!!
「あ…条件、足りたみたいですね。分かりましたよ」
私の怒りは、そのまま実玖の声に遮られた。
「ホント!?で、誰だったの?」
「えっとですね…」
その時、扉が開いた。そこには2人の女性。1人はさっき見た、インフォメーションセンターの受付のお姉さん。そしてもう1人は、40歳に届かないくらいの女性。どうやら5つ子の母親らしい。
「ああ、ありがとうございます!」
母親は子供たちの元へと近づく。後ろから受付のお姉さんの声がする。
「この方たちがみんなを見つけて、今まで遊んでくれていたんですよ」
遊んでた?…っていうか、遊ばれていた気がするんですけど…。
「本当ですか!?どうもありがとうございます!ほら、みんな、お兄さんお姉さんにお礼を言いなさい!」
「ありがとうございました〜」
ここではみんなが、素直にお礼を言う。…本当にこの子達の、特にウソをついていた2人の子は、演技だった気がする…。だいたいそうじゃないと、こんな状況に説明がつかないじゃない…。きっともう、みんなウソをついてないのね。
「うん、バイバ〜イ」
実玖が手を振っている。…って、ちょっと待ってよ!私、スカート…。
「美寛、諦めた方がいいんじゃない?」
璃衣愛の声がする。そんな…だって、これ…。
「また遊ぼうね」
疾風の口から、そんな言葉が漏れる。その声に、女の子たちは次々と笑顔を見せて、感謝の言葉を口にしてくれた。その笑顔や言葉に、私の心は、自然に洗われていく。そして、最後にある女の子が、私に近づいてきた。その子はそっと、私の前で口にする。
「お姉さん…さっきはごめんなさい」
もぉ…しょうがないか…。

さて問題。美寛ちゃんのスカートにジュースをこぼした女の子は、一体何色の服を着た、何組の誰だったのでしょう?相当頑張れば頭だけで解けるかもしれませんけど、深駆はマトリックスを使うことをオススメします。それから、こういった推理パズルを解く際には、前提条件として「自分の事を他人の事のように話す人はいない」という条件があります。ただし、ウソをついている女の子たちは、自分のことを他人のように話している可能性がありますよ。ご注意を。


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