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つきのうた

第4幕

「『しかしやな、日本中が戦々兢々としてる。犯人は、マスメディアを通じてそれを楽しんでるのかもしれん』
『犯人自身よりマスメディアの方がもっと楽しんでるんじゃないか?』」
有栖川有栖「ABCキラー」より

〜新月〜
事件がゲームを模倣した見立て殺人だ、という事はすぐに広まった。私がパパに伝えた、という事もあるけどネット上でその手の書き込みがなされていたのを、別の刑事が見つけたという事もあったらしい。ちぇ、私と疾風だけのお手柄かと思っていたのに。でも、その反響はすごいものだった。このゲーム“STORY OF MOONLIGHT”に登場する敵の名をとって、この殺人鬼は「the lunatic」と呼ばれる事になった。直訳すれば「狂気」。確かに、その方法は狂気的に思えた。…混乱に拍車をかけたのは、これが「無差別連続殺人」だと思われたため。結局未だにミッシングリンクはみつからず、当然ながら警察は非難された。
こういう事件こそ、マスコミがもっとも望むものだ。それは、何の関係もないはずの被害者の親族にまで及ぶ。理菜、理沙の姉妹の父親は…不動産業をしているらしいけど…しばらく事務所を休まざるを得なかったが、それより大変だったのは天城潤の父親だ。彼は私や疾風が住んでいる市の、隣の市の市長だったのである。マスコミの取材熱が冷めるまでは連日、日光のようなフラッシュから逃げていた。こんな調子である。
「水無月市長!息子さんの事件をどう思われますか!?」
「仁司は…非常にできのいい息子だった。ああ…私が変わってやれれば…」
そうやってダラダラ続くインタビューも、私には何の感情も起こさせない。というより、見たくない。それが自分にも起こりうるんだって事を、忘れていたいのかもしれない。それに、ヒトの感情を利用してマスコミが得たいことといえば、結局は視聴率と発行部数の増加なのだ。そんなのに私は興味ない。ただ、天城潤が「オレ、自分の本名ヒトシなのがすっごいダサくてヤだったんですよ〜」と言っていた事だけ思い出した。
でも、それからしばらくは何も起こらなかった。マスコミは有名な某野党議員のスキャンダルを報じるのに手一杯になっていったし、新しい情報も何も入ってこない。最初は手ひどかった警察への批判も、ほとんどなくなっていた。それでもパパは毎日忙しそうにしている。一方の私は学年末テストにかかりっきりになって、事件の事はほとんど考える暇もなかった。大体私は…かわいさはともかく…勉強は平均以下。特に数学がダメ。国語が多少出来なくなってもいいから、西之園萌絵みたいな頭をしていたらなぁ…とよく思う。でも、ある意味でこれはチャンスだった。だって、疾風の家で「お勉強会」という名目でずっと一緒にいられるから…。きっと遥がいたら、「そんな事がなくても、美寛はいっつも月倉くんと一緒にいるじゃない!」っていわれるに違いない。
学年末テストが終わってから、私は疾風とデートした。最近の2人のデートコースは最初や途中はともかく、最後に寄るところは決まっている。それは、2人が子供の頃から一緒に遊んだ公園。…前の事件の時に、私の推理が実を結んだ場所だった。その公園のベンチに2人で座る。私は、自分がしていた白いマフラーを一度外して、疾風の首にもかけてあげた。そして、彼の茶色いコートに身を添わせる。
「やっぱり…このベンチが、落ち着くね」
「本当に?俺の隣ならどこでもいい癖して…」
そう言われると、ちょっぴり自分の頬が赤くなるのが分かる。それを隠そうとして、私はもっと疾風に近づく。その時だった。
「あ〜、おねえちゃんたちバカップルだ〜!」
一瞬心臓が止まった。視線を上げると、私たちのことを物珍しそうに見ている2人の子供。1人は男の子で、ちょっぴりはにかんだ笑顔でこっちを見ている。もう1人は女の子で、私たちを指差して笑っていた。私は思わず怒りそうになった。でも、それより先に私の横から、疾風の声がする。
「うん、多分そうだね」
「ちょっと、疾風…!」
思わず疾風を見て、私はますます赤くなった。ちょっぴり意外かもしれないけど、疾風は子どもに優しい。本人は「兄弟姉妹がいないからだ」って言ってるけど、私は違うと思ってる。…疾風のロリコン…。
「2人とも、名前は?」
「あたし?あたしのなまえは、ひゅうがゆうな!」
「えっと…ボクは、あづ…じゃなくって、ひめばらりゅうた」
私の予感は当たっていた。さっきから疾風は、ゆうなちゃんの方しか見ていない。…もっとも、私のやっかみかも知れないけど。子どもに嫉妬するなんて…子どもっぽいなぁ。
「2人だけでここに来たの?」
疾風のその質問には、りゅうた君が答えた。
「ううん、あそこにママたちがいるよ」
「じゃあ、近くにいたほうが良くない?」
疾風の次の質問に、今度はゆうなちゃんが答える。
「え〜?おにいちゃん、ホントはジャマされたくないんでしょ〜?」
子どものクセに目ざとい。…子どもだからこそ、か。
「うん、そうだよ。邪魔しないで。ね?」
疾風が素直に答えると、2人は行ってしまった。私が横で、今にも怒りそうな顔をしていたからかな?私たちは10分くらい話をしてから、公園を立ち去った。私はまた冷やかしに来られたらイヤだなぁ、と思っていたけど、その後2人は私たちの側にはやってこなかった。
…しかも、1人は…永遠に。

その1週間後、姫原硫太の死体が見つかった。死体が見つかったのは彼の家。6階建てのマンションの5階だった。そこにある姫原家の子供部屋で、事切れた硫太君は見つかった。室内、というのは新しい傾向だ。でもしっかりと、彼のズボンのポケットに、例の手紙が入っていた。死因は心臓を刃物で傷つけられたことによる失血死。部屋には凶器はなかった。死亡推定時刻は午前3時ごろだというから、アリバイなんて話は関係なさそうだ。一応これだけで十分、マスコミをひきつけることが出来る。しかし、私が引っかかったのは当然、マスコミは大して引き合いに出さない別のことだった。
硫太君の死体が見つかった子供部屋は…「準密室」だったのだ。
私はまた、パパと向かい合って話を聞いている。今月2回目のことだ。一月に2回もパパと何かの事件の話をすることは、今までにはなかったことだ。
「パパ…手紙、なんて書いてあったの?」
パパは一口コーヒーを飲んでから話し始める。
「ん…?ああ、手紙か?セーブルソード、とだけ言っておこう。あとは月倉くんに教えてもらいなさい」
どうやらパパも相当参っているらしい。…時間は前後するけどその方が分かりやすいと思うから、あとで疾風に見せてもらった、セーブルソードという敵のブレイブノートをここに書いておく。疾風いわく、「本当は風属性を吸収する装備で戦うと楽だ、って事のヒント」らしいけど、私にはよく分からなかった。

「セーブルはイタチの一種 セーブルサイズでかまいたち セーブルソードも同じだよ 見えない風の刃がね 空を飛んで人を斬る 斬られた人は安らかに でも確実に天へ行く 防ぎたいの?見えぬ剣 じゃあ材質を考えて いくら鋭い剣でもね 所詮は風の剣だから」

「ねぇ、便乗犯って事はないの?」
私はパパに聞いた。便乗犯とは、連続殺人の最中に別の殺人を、その連続殺人と酷似した状況を作り上げた上で行うものだ。つまり、本来の連続殺人犯と便乗殺人犯は当然、別人という事になる。
「ああ、それはないよ。手紙の内容は公表したけど、手紙の種類や字の色までは公表していない」
「え?どういう事?」
「ああ…あの手紙は赤のボールペンで書かれていたし、手紙も薄緑色のものだった。そのあたりの特徴も、細かく一致している」
そうか…そこまで同一だとしたら、それはきっと便乗殺人ではなさそうだ。
「それで?…密室は?」
「ああ…もっとも、発見当時は窓が開いていたから密室ではないね。しかし、窓の外に手すりやベランダのようなものは一切なかった。あの窓はかなり大きいから人自体が通ることは出来るだろうけど、あそこから人がどこかに移動するのは無理だ。飛び降りる以外はね」
つまり「準密室」だ。…前回の事件よりはちょっと狭いけど。
「子供部屋の鍵は?」
「1つしかなかった。そして、それは被害者のポケットに…手紙と共に、入っていた」
状況を整理しよう。子供部屋の中は、かなりきれいだったそうだ。つまり、争った形跡はない。勉強机やおもちゃ箱も、5歳の子供にしてはしっかり整頓されていた。…死体は部屋の中央にあった。その側には、一つだけ乱雑に投げ飛ばされた、とても大きなクマのぬいぐるみが落ちていた。大きさを聞くと、私のベッドにあるレッサーパンダのぬいぐるみより大きい。きっと、これで遊んでいる時に襲われたんだろう。この部屋には換気口などはないから、出入りする場所は2つだけだ。1つは廊下に続く扉、もう1つは北に面した窓。まず扉は普通の扉だった。異変に気がついたのは硫太君のお母さん。夜勤から帰ってきたお母さんが不審に思い、管理人のおじいさんを呼んで、二人で扉を破ったらしい。すぐに死体を発見して、お母さんが警察に通報したそうだ。ドアノブには硫太君の指紋や掌紋しか残っておらず、少なくともお母さんや管理人さんが扉に細工をした可能性はない。糸で細工した跡も今のところなかった。一方窓はかなり大きい。片側を全開にすれば、大人でも通れるだろう。しかし、この窓の外にはベランダや手すりは一切ない。…なんか、子供が住むには危なっかしい部屋のような気がするけど。屋上からロープをたらすにしても、人通りは少ないから人目にはつかないだろうが、このマンションの屋上には手すりもなく、杭を打ち込んだような跡も一切なかった。もちろん、5階から飛び降りるようなことをする人はいないだろう。
「なんで、鍵が硫太君のポケットに…?」
「今の所は、密室を作るため…としか答えようがないな。しかし、容疑者は大分限定されたといえる」
「…うん、そうだよね。硫太君の部屋に入らないと、少なくともあんな事、できない…」
「そう、かなり絞られる。まず怪しいのは被害者の父親だった安月夜達也。事件の二週間ほど前に妻、姫原霞と離婚している。その際、子供の親権問題で争っていたらしい」
ああ、それは動機としては十分だ。
「ただ、問題は残りの3人とどう結びつくか、だな」
「…それって、まさか『ABC定理』?」
私はパパにABC定理を説明した。もちろん、クリスティの名作「ABC殺人事件」の根幹に関わるトリックなのでここでは書かない。それに対するパパの答えは否定的だった。なんか、「ABCキラー」事件が起きた時の火村英生の意見に似ていた。まぁ、それが妥当だけど。
「警察ではもう1人、有力と見られる人物を追っている」
パパはいきなり、そう切り出した。でも…何か、違う。
「それは大神良一郎という人物だ。その…精神に失調をきたしていて…、とにかく前科もある。上層部は早急に逮捕するよう言ってるけどね…」
なるほど…世間が思うところの「狂人」か。確かに「the lunatic」を冠するには格好の的かもしれない。
「ただ…接点が、ないんでしょ?」
「そういう事だ。最後にはそこに戻ってくる。もっと…こんな言い方しかできないが…頭のいい人間の犯行だろうと思う。でも、そうはいかないのが警察でね」
そういう警察の体制はよく知っている。だからこそ私は、神崎のオジサマのような「名探偵」に憧れるのだ。警察の長所である組織力や機動力が必要とされない…むしろ、芸術を解するような独創性に溢れた犯罪(なんて失言!)を追うには、絶対に名探偵の力が必要だ。私はそう思う。
「あれから、何か…リンクは見つかった?」
「いや…動機になりそうな事柄は、天城潤に対してはかなり出ている。中には父親…ほら、隣の市の市長さ…がオーディションを斡旋していた、なんて疑惑もあるくらいだし、かなり敵もいそうだ。でも、どれもいわば…大人社会のしがらみ、だね。とても小学生や、まして幼稚園児につながるケースは存在しない」
結局、謎だけが増えた…という事だろう。
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